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女性から離婚の切り出しをするのは非常に困難だ。
まして成立させるとなると更なる混迷を極める。
「これからどうするかは改めて考えるとして、証拠があって困る事はないわ」
重い身体に鞭打ってソファから立ち上がった。
「奥様、大丈夫ですか? その、正直旦那様は連日お出かけなので追うのはいつでも……」
「ありがとうトレイシー。でも今ヘクターを追うわよ。相手が貴族ならだれか分かるかもしれないわ」
毎日出かけているのは知っている。
お風呂の準備まで指示されている。
しかしダーリーンが寝込んでいる今がチャンスなのだ。
結婚式の時に使った後仕舞ったままだった録画魔動機を手にイヴェットは外出の準備を始めた。
録画魔動機は魔力を原動力にして動くものだ。
四角い箱状でレンズを通して移された光景を記録として残す。
音声も録れるのだが、今回はそこまで近づくつもりはないから使うことはないだろう。
高価なものだがイヴェットの父が結婚式だからと奮発してくれたものだ。
(こんな事に使う事になるなんて)
心の中で父に謝罪しながらありがたく使わせてもらう事にした。
ヘクターは馬車で愛人の元へ向かっているらしい。
馬車の用立ても何もかも使用人に伝えているので、行先はすぐに分かった。
まずは食事、そしてやる事をやった後は愛人と共に朝からいかがわしいパブに入り飲んでいるようだ。
元気な事である。
「なんというか、旦那様って」
「隠す気あるのかしら」
とはいえ実際に気付いていなかったのだ。
それにバレたところでイヴェットには現状どうする事もできないのだから最初から足元を見ているのだろう。
「仕事もせずにそんな生活を続けていたら、困るのはヘクター自身なのに」
目先の蜜を舐めることに夢中でほかのこと。
「あ、奥様、旦那様が出てきましたよ」
トレイシーの声でイヴェットと護衛についてきた使用人は素早く物陰に隠れる。
二人が出てきたのは最近話題のレストランだ。
王城勤めの料理人が町で開いた店だと有名で、イヴェットとの顔合わせの時もここを使っていた、
ヘクターは思い出も何もかも踏みにじっていくのが上手いわね、と心中でこっそり思うイヴェットである。
「あら? あの方、どこかで……」
ヘクターと腕を組んで出てきたのはどこかで見覚えのある女性だった。
豊かな黒髪の、妖艶な美女だ。
「あ、結婚式にいた方だわ」
「えっ!?」
トレイシーも護衛も引いた声を出した後小さく謝った。
気にしないで、と声をかけながら式の事を思い出していた。
「確かえーっと、ジャ、ジュ……ジェ、ジェニファー! ジェニファー・カウリングってお名前だったわ」
彼女はヘクター側の招待客の一人だ。パートナーを連れず参加していたので珍しく思っていたのだが、ヘクターの愛人なら納得だ。
「愛人を結婚式に呼ぶなんてどういう了見よ。信じられないわ」
父がこの事を知らなくてよかったと心底思う。晴れ舞台に涙ぐんでいた父を思い出し、死のその時まで幸せでいてほしいとイヴェットは願った。
ヘクターはイヴェットどころか式に来て祝ってくれた人達も裏切っていたのだ。
さぞ気持ちが良かった事だろう。
「でも腕を組んでるだけじゃあ証拠にならないわね。取引先をエスコートしていただけとかなんとか言われそうだわ」
「しかし奥方様、ここから先は……」
護衛が心配そうな声を出す。
「それでもやらないと気が済まないわ。つ、つ、連れ込み……宿……? っていうのかしら? そこへ向かうんでしょう?追いかけて入る瞬間を収めるわ!」
ヘクター達は全く警戒していない。
道中で濃厚な口づけを交わし始めたので目を白黒させながら急いで録画魔動機を使用した。
「やるわね……」
「感心してる場合ですか」
他人がいちゃついている所などそうまじまじと見る事などないのだからどう受け止めればいいのかも分からない。
堂々としたヘクター達の態度には恐れ入るより他なかった。
「そんなに好きなら離婚すればいいのに。そうしたら私もお義母様と離れられて一挙両得よ」
ジェニファー嬢と結婚前から付き合いがあるのなら、きっとそのダーリーンが許さなかったのだ。
つまり身分差や持参金などがダーリーンの基準に見合わなかったのだろう。
(確かに社交界では見た事ない顔だわ)
熱烈なキスの後、ヘクターはジェニファーの胸元に何か光るものを挟んでいた。
遠目で分からないが贈り物のプレゼントだろう。渡し方が最悪だ。
「移動します!」
「追いかけるわ!」