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「その……私の事を覚えておいででしょうか」
「もちろんですわ、フランシス様」
だからこそ顔をみてすぐ名前が出てきたのだ。
「ではあの時の庭園でのことも?」
「忘れるはずがありません。とても楽しいひと時でしたから」
イヴェットのその言葉でフランシスは肩の力が抜けたようだ。傍目にもほっとして、嬉しそうに微笑んでいる。
それを確認せずにあの時のように話すと確かに相手を怯えさせてしまうかもしれない。かくいうイヴェットもフランシスがあの時の事を覚えていた事が嬉しかった。
「昨日は魔獣討伐の処理でばたばたとしていてお話を伺えませんでしたが、改めて確認したい事があるのですが」
「構いません。ご協力いただくのは私の方ですから。昨日はお忙しい所無理を言いました」
それからイヴェットは今までのオーダム家での扱い、夫であるヘクターの愛人の存在と横領、そして昨日殺されそうになった経緯とその時の事を話した。
裏付ける証拠として昨日録った会話を流す。
フランシスは眉根を寄せて聞いているが、やや顔色が悪い。
(聞いていて気持ちのいい話ではないものね)
だが騎士団の協力を得るには騎士団長であるフランシスの協力を得るのが手っ取り早い。
今までイヴェットになかった「強力なカード」は目の前の人物なのかもしれないのだ。
「だからこそ、私は夫と離縁をしたいと思っております。そして彼らに二度と関わらずに済むよう、命と安全を脅かされないように日常を取り戻したいのです」
「分かりました。……辛い事をお話させてしまいましたね」
フランシスは自分の方が辛そうな顔をしている。
(優しい方なのね)
使用人以外にこんなにも心を砕いてもらった事は久しぶりな気がする。
(こんなにも心地よいものだったかしら)
「ああそうだ。ピスカートルに最近入ってきた滋養のある薬があるので用意させますね」
しばらくすると従騎士の少年がトレイにカップを乗せて病室に入ってきた。
フランシスはトレイごとカップを受け取りイヴェットに差し出す。
「あまり知らぬ人間から飲食物を受け取るのも恐ろしいでしょうから、こいうものがあるという事だけ知っておいて貰いたかったのです」
「いただきますわ」
「えっ」
カップに指を通してイヴェットはぐっと一口入れる。
(ウッ!!)
「大丈夫ですか? それはホット・チョコレートと言ってとても苦いのですが」
「ぐっ……ご忠告ありがとうございます……」
確かに、見た目も相まって泥水のような味だ。
あまりにも意外だったので少々顔に出てしまったかもしれない。
しかし飲んだ瞬間の華やかな香りはどうにもクセになる。