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 魔動馬車は既に道に出ており、準備が出来次第各々乗り込んでいく手はずになっている。

 誰にとっても出立の時間だけあって人通りが多い。

 ひと際目立ち旅人の視線を集めている魔動馬車に乗り込むダーリーン達はひどく得意気であった。


(乗りたくないわ……)


 一番最初に馬車の元に着いたイヴェットは、すぐに乗る事はせずトレイシーと共に御者台の横で馬を眺めていた。

 昨日の今日である。グスタフにも、誰にも会いたくない。

 

 そもそもグスタフはどういうつもりなのだろうか。

 酔った上での事だから水に流せとでもいうのだろうか。

 それとも殴られた事を根に持つだろうか。


(今あの人の顔を見たらその場で吐いてしまいそう)


 寝不足と緊張と恐怖で体調も精神も最悪だった。

 しかし他の人達に感づかれるわけにもいかない。


「奥様、皆さんが揃われました。そろそろ……」


 こそりとトレイシーが気遣うように告げる。

 仕方なくイヴェットは馬車に乗り込んだ。

 想像通り、奥の方からそれぞれが座っていた。さすがに懲りたのか二階には誰も上がっていない。

 

 入り口周辺には誰もおらず、とりあえずイヴェットは安堵する。

 こっそりと乗り込み、連絡窓をノックして出発してもらう。


 道中、後ろではグスタフの頭痛について会話が為されていた。

 イヴェットはドキリとして思わず聞き耳を立てる。


「うう……いたたた。昨日転んだ時に打ち付けたようだな」


「あんなに飲まれるからですよ」


「あれ、おじさんあの後転んじゃったんですか? それは災難でしたね。一人で帰れると言っていたのでそのまま見送りましたけど」


「それがなヘクター、お前と飲んでいる途中からさっぱり覚えてないんだ。どうも宿屋の階段を落ちたらしいんだが」


「えっ、危ないじゃないですか。よくご無事でしたね。財布とかも大丈夫でしたか?」


 そこでバサバサと布をたたく音がする。グスタフが慌てて財布を探しているのだろう。


「あった、あった。いてて、中身も無事だな。何も取られちゃいない」


「倒れてすぐあの一階の人が部屋まで運んできてくれたのよ。良い人なんでしょうね。……あら? そういえばあの時は眠くて忘れていたけれどチップを渡すのを忘れていたわね」


「チップも受け取らずにただおじさんを運んだんですか? 随分変わった人ですねえ」


「旅人には親切にしてるんだろう、高い金を払って泊ってるんだから」


 宿泊料を払ったのはイヴェットである。

 それにチップも先に口止め料込みで異常な程渡しているのだ。

 別に親切ではない。


「奥様、顔色が優れないようですが……」


 一緒に聞いていたトレイシーが忍び声で心配をする。それを手で制す。


「平気よ。それより……昨夜の事は覚えていないみたいね」


「そのようですね」


「腹立たしくはあるけれど好都合ではあるわね。このまま「何もなかった」事にして、この旅行の後はなるべく関係を断ちましょう」


 トレイシーは納得いかないようだが静かに頷いた。

 一番納得がいなかいのはイヴェットだが仕方がない


 昼過ぎにはピスカートルについた。

 海辺の街特有の湿った空気の中に、生っぽい匂いがする。


(これが潮の匂いというものかしら)


 木々を抜けて現れた初めて見る海は日に照らされてキラキラとしており、いつまで見ていても飽きないだろうと思わされる。

 赤い屋根の街並みの向こうにどこまでも広がる深い青を白い帆船が横切って、それはもう美しい景色だった。

 その景色に車内の皆が見惚れる。

 御者が通行証を見せ、街道を進む魔動馬車はそのまま市街に入っていく。

 

 活気にあふれた街は至る所に露店が開かれ、まるでお祭りのようだった。

 非日常の風景に圧倒された事で、イヴェットの心も少しだけ落ち着く。

 それは無理に抑え込んだものなのかもしれないが、少なくとも今のイヴェットの救いにはなった。


 イヴェット達はピスカートルの海を見渡せる丘を独り占めするように建つ豪華な旅荘に滞在する事になっている。

 貴族御用達の一流ホテル「ドームス」だ。

 ここに七日ほど泊まり、その後オーダム邸に戻り解散である。

 

 馬車を降りると御者に感謝と別れを告げた。

 ピスカートルに滞在する間持て余すのもなんなので持ち主が別の人間に貸し出す事にしていたのだ。

 期日になればここに戻って、王都までまた乗せてくれる。

 その後すぐに日に焼けた顔のドアマンが笑顔で出迎えてくれた。


「オーダム様ですね。お待ちしておりました」


 部屋に案内される間にも馬車に積んである大量の荷物をベルボーイ達がてきぱきと運んでいく。

 部屋割りは道中の宿と同じなのでそれぞれ分かれて部屋に入る。

 一番いい部屋はダーリーン達のものであり、結果的に部屋が離れたのは幸いだった。


「まあ、素晴らしいわ。一つの絵画みたい」


 部屋に入ると大きなガラス窓からピスカートルの街と海が一望できた。

 窓の隣にバルコニーへ出るドアが別途用意されている。


「さすがですご婦人」


 イヴェットの言葉に案内人は非常に嬉しそうだった。


「特別な旅と海をテーマにしているこの「ドームス」は優しい白を基調としております。その白を額縁としてまさに部屋から見えるピスカートルの街と海を絵画に見立てているのです。それを一目で気づいて頂けて私も嬉しいですよ」


 ドームスの簡単な説明をした後案内人は持ち場に戻っていった。

 ヘクターは着いて早々ベッドに寝そべっている。二日酔いと馬車旅の酔いで気分が悪いらしい。


(この人、グスタフさんに話したのよね)


 夫婦生活について、男性だけの場で話す事があるくらいは理解しているつもりだ。

 だがそれを実際に聞かされ、襲われたのだからひたすら腹立たしい。


(許せるか許せないかで言えば全く許せないし顔も見たくないのよ。気持ち悪いわ)


 どうせ今から寝て夜には酒場に行くつもりだろう。それならそれで構わない。


(一緒にいたくないし陽が落ちるまでトレイシーと少し歩いてこようかしら)


 トレイシーは受け取った荷物を黙々と整理していた。

 とはいえイヴェットの荷物はそこまで多くない。

 ヘクターも自分で荷造りせず使用人が良いようにしていたのを持ってきただけだからすぐ済んだ。

 今頃ダーリーン達は大変な思いをしているかもしれない。

 

 まずはトレイシーに声をかけようとしたところでノックの音が響いた。

 思わずドキリとしてトレイシーと顔を見合わせる。まだ日は高く、部屋にはヘクターもいる。


(大丈夫、よね)


 覚悟を決めてトレイシーがドアを開けるとそこにはダーリーンとカペル夫人、パウラがいた。


「あら、いたのね丁度良かった。今から街を見てこようと思うのよ」


「はあ」


「あらなあに、その気合のない返事は。それでもオーダム家を守れるのかしら?」


「それで何かごようでしょうか」


 勝手に街を見て歩けばいいのに、という気持ちを押し殺してイヴェットはにっこりと笑う。


「あなたも一緒に行くのよ! あたりまえでしょう?」


「えっ」


 思わず声に出てしまった。

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