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「それでね、あなたから言わないから仕方なく私から言ってあげるんだけど、あなたに恩返しさせてあげたいのよ」
「……えーっと?」
あらゆる事が引っかかる言葉だった。
(まず整理しましょう。結論は「恩返しさせる」。つまり私がお義母様に恩返しをするのね)
……一体何の? 逆では? とイヴェットは思ったがダーリーンの中では「そういう事」になっているらしいので一度置いていく事にした。
(『私がお義母様に恩返しする』のであれば、私が言わないから仕方なくお義母様の方から教えてあげるという事で繋がる! なるほど、分からないわ!)
ダーリーンはおそらく常識を知らない小娘に仕方なく教えてあげたという認識なのだろう。
だから返す言葉は「ありがとうございます」になるはずだ。
理解するだけでも一苦労である。
(まあ言わないけれど)
感謝を述べないイヴェットに、ダーリーンは何か勘違いしたらしく言葉を重ねる。
「ヘクターから商会を奪ってるいるし私が面倒を見てあげているのだから恩返しするのは当たり前なのよ? 最近の子ってそういうのも分からないのかしら。世も末ね」
(じゃあヘクターに仕事させなさいよ!)
と思ったがこれ以上長くなると正直仕事の方に問題がでる。
イヴェットはこっそりとため息をついて用件だけ聞いてさっさと切り上げる事にした。
「具体的には何かご希望が?」
「そうねえ。あなたは何をくれるのかしら?」
(鬱陶しすぎるわ)
ダーリーンの中で答えが決まっている事に対して無駄な時間を使いたくない。
(お義母様が反論したくなるような事を言って希望を聞きだしましょう)
「絵画なんかどうでしょう。新進気鋭の画家が今とっても話題らしくて」
もちろんダーリーンは芸術に興味などない。
「絵画ァ? センスないわね。旅行よ、旅行! あなたからの恩返しは旅行がいいわ!」
「旅行、ですか」
正直なところ意外だった。
イヴェットの予想では自室の改装や宝石を望んでいると思っていたからである。
「家族みーんな、で行きましょうよ。もちろんあなたも家族に入れてあげるから安心しなさい」
「……ありがとうございます」
別に行きたくもないのだが、あのダーリーンが自分も頭数にいれて旅行をしたがるとは思わなかった。
「私旅行ってしたことないのよ。でもこの間いろんな場所のお話を聞く事があってしてみたくなったの!」
確かに、今までダーリーン達が遠出する事はなかっただろう。
旅行が流行りだしたのも道路が整いだして長距離移動が簡単になったここ最近の話であり、憧れるのも無理がない気がする。
(一緒には行きたくないけれどこんなにはしゃいでいるお義母様も珍しいし、旅行で何かを学んでくださるかもしれないわ)
旅行は非日常を味わえるがどうしようもない不便さもついてまわる。
今の不精に遊び暮らす日々よりはいい刺激になるかもしれない。
「わかりました。今から仕事なので帰ってきたらお話しましょう」
「あら珍しく物わかりがいいわね。待ってるわよ」