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祝福の鐘が昼の曇天に鳴り響く。
「新郎ヘクター、あなたはここにいるイヴェットを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を神に誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦イヴェット、あなたはここにいるヘクターを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を神に誓いますか?」
「はい、誓います」
そうして誓約書にそれぞれサインをする。
「ここに神への誓いが交わされました。両家の祝福を、皆様もお祈り下さい」
神師がそういうと参列者が同時に「神意のままに」と返す。
それが結婚式のお決まりの定句だった。
イヴェット・オーダムは今日、ヘクター・オーダムと結婚する。
ヘクターと父の要望で盛大に開かれた式はそれは豪勢なものだった。
一般的な貴族の結婚式のように、イヴェットとヘクターの間に愛はない。
それでもイヴェットは一般的な貴族のように、お互いの家を協力して盛り立てていこうと思っている。
「死ぬ前にお前の晴れ姿が見られて嬉しいよ。本当に、綺麗だ。エリザベトにも見せたかった」
「お母さまは天国で見て下さってるわ。お父様も、ありがとう。私幸せよ」
母親のエリザベトに似た蜂蜜のようにも見える金髪と美貌、父親の緑の瞳を受け継いだイヴェットの眩しいくらいの花嫁姿を見て、父親は車いすの上で涙ぐんだ。
「イヴェット、私はエリザベトとお前と出会えて幸せだったよ」
「私もよ、お父様」
イヴェットとヘクターの婚姻は父の意向でまとめられたものだ。
元々は娘を手放したくないが故に婚約者がいなかったのだが、安心したかったのだろう。
もう先が長くないと医者に宣告された父が望んだ夢。
慌てて探した結婚相手はあまり良い噂を聞かず一時は諦めようとしていたのをイヴェットが了承したのだ。
「私がお父様の夢をかなえられるのならそうしたい」と。
結婚式は恙なく進行し、お祝いの言葉を受け取りながらお披露目式に移る。
天気には恵まれなかったが花と趣向を凝らした料理、上等な酒が所せましと並ぶ様はオーダム家の資金力を感じさせた。
招かれた客は各々テーブルについたり歓談しながら、オーダム男爵家の将来に乾杯した。
「ふう、あいさつ周りも半分終わったわね。ありがとうヘクターさん」
「いや、これから僕の方があるから、よろしく頼むよイヴェットさん」
穏やかな時間だった。
「あら? あの方もヘクターさんが招待された方?」
「あ、ああ……。そうなんだ。古い友人でね」
「そうなのね」
ヘクターが歯切れ悪く答えたのは結婚式には珍しく露出が多めの不思議な女性だった。
黒く豊かな巻き髪と露出の多いイブニングドレス。正直昼間の結婚式には向いていない恰好だが、男性はチラチラと彼女を見ているようだ。
それもそのはず、視線を向けられると思わずドキリとするような妖艶な女性なのだ。
普通はいるはずのパートナーがいないのが不思議だが、おそらく何か事情があったのだろう。
「やあ、ジェ……えー……カウリング嬢。本日は来て頂き感謝するよ」
「こちらこそお招きくださってありがとう。楽しみにしていましたわヘクター。いいえ、今はオーダムさんね」
「そうとも。カウリング嬢、こちらは妻のイヴェット。イヴェット、こちらは友人のジェニファー・カウリングさんだ」
「こんにちはジェニファーさん。ぜひ楽しんでいらしてね」
ヘクターの様子がおかしい事には気づいたが、次から次へと挨拶が重なりイヴェットはすっかり忘れてしまっていた。