08.盗賊の隠れ家
ヒトツメオオコウモリを撒きシスティナの案内に従って到着したのは、中枢に近い正面通りと呼ばれる場所の路地だった。
また路地とは思わなくもないけど、そこは見渡す限り壁に囲まれた行き止まり。
「行き止まりだけど?」
何度も見渡せどもそこは行き止まりだ。
だけど俺の疑問に反してシスティナはこちらを振り向き不敵に笑う。
「私は盗賊よ? 目立つ場所を隠れ家になんて使わないわ」
そう言ってシスティナは石造りの壁に近寄り、迷うこともなく手を押し当てた。
するとシスティナが触れた壁の一部が押し込まれ、彼女の足下が動き出した!
地面の石畳みから現れた地下へ続く階段に思わず息を呑む。
システィナはそのまま地下へ降りてゆく。
俺は念の為に周囲を見渡して誰も視ていないことを確認してから地下に進んだ。
地下に降りると入り口が塞がれ、通路の蝋燭に火が灯る。
「うわっ! 勝手に火が付いた!」
「なに驚いてるのよ、こんな仕掛け珍しくも……あー、これも覚えてないのね」
システィナの冷静な態度からどうやら勝手に蝋燭に火が付くのは常識らしい。
そんな常識なことも忘れてしまってるのか。
「えっと、さっきのはどういう原理なの?」
「入り口が閉じると蝋燭に刻まれた術式が燃焼するの。逆に入り口が開くと火は勝手に消えるわ」
「それって魔術?」
「そっ。ここは魔術の仕掛けが施されてるのよ」
「魔術の仕掛けってことはシスティナは魔術が使えるってことか」
魔術まで使えるなんてカッコいい! 俺は尊敬の念を向けるとシスティナは顔を背けてしまった。
なんか気に触ったのかな? そう考えているとシスティナが溜息を漏らす。
「違うわ。私もエルフ族の血は流れてるけど、魔術は使えないのよ」
私も? それに魔術を使うのにエルフ族ってどう関係するんだろう?
疑問を抱くとシスティナは歩き出し、俺もそれに着いて歩く。
「これも忘れてると思うから話すけど、本来魔術はエルフ族とゴブリン族だけが扱える秘術だったのよ」
「今は違うんだ」
「1000年も昔、魔人によって人間は相当殺されて、魔人討伐後に起きた天変地異や地殻変動の影響で人間は絶滅寸前まで数を減らしたそうよ」
「200年続いたこれらを総じて大崩壊って言うんだけど」
そこまで聞くと自ずと想像が及んだ。
大崩壊による絶滅を回避するためにはどうするべきか。
たぶん人間は種の存続と繁栄のためにエルフ族をはじめとした長寿種と交わったんだ。
「じゃあほとんどの人間はエルフ族の血が流れてるってことか」
システィナは相槌を打ち言う。
「だからエルフ族の血が混じってる奴は魔術を使える可能性が有るのよ」
「うーん、そこは分かったけどどうしてエルフ族の血で魔術が使えるんだ?」
「エルフ族は精神に神秘を宿していて、その神秘は血にも流れてるそうよ」
血に流れる神秘が魔術行使を可能としてる。
でもエルフ族の血を継いでいても魔術が使えるとは限らないのか。
「じゃあさっきの仕掛けは魔術が使えなくても作動するものだったのか」
「そうよ、他にも魔術が使えなくても魔術の恩恵を受けられる魔石や魔道具、常時発動型の魔術も在るわよ」
「特に魔石は魔道車や魔道バイクの燃料に使われてたり、魔道銃の弾丸に使用されてるわね」
便利だなって感心してると不意にシスティナが立ち止まる。
ここまで真っ直ぐ歩いて来たけど、どうやら終点に到着したらしい。
目の前の木製のドアをシスティナが開け、
「さ、中に入りなさい」
身体を退けて入室を促す。
俺はそのまま一歩踏み込んだ。
室内は石造りの通路と違って木材で建てられており、辺りを見渡すと部屋の中心にはソファとその近くの壁際には木箱が置かれていた。
壁際にはベッドが一つと奥にはドアが二つ。
些か殺風景な部屋だけど、隠れ家としては充分なのかな。
「あんたはソファで寝なさい」
「床で寝ろって言われるかと思ってたよ」
冗談混じりに笑えばシスティナは考え込む素振りを見せた。
「ベッド以外ならあんたの好きな場所で寝なさい……それよりもようやくご飯が食べられるわ」
そう言ってシスティナは木箱を開け、中からドライフルーツとパンを取り出した。
システィナが無言でドライフルーツとパンを差出す。
俺は一言礼を告げてからドライフルーツとパンを受け取る。
ソファに座って貰った食べ物に目を落とす。
実はまだお腹が減っていない。三日も飲まず食わずで過ごしてあれだけ走ったりしてるのに。
正直言って食べなくてもいいとさえ思ってるけど、さっきレストランで言われたことが頭の中から離れない。
システィナは『食べられる時に食べられるのは普通に思えてそうじゃない』と言っていた。
あの路地裏で見た人達は虚で譫言を繰り返すばかりで、まともに食べられていたとは思えない。
そんな彼らと違って俺は腹が減ってないだけで正常だ。
でも彼らは食べたくても食べられないのだと思えばこそ、俺はドライフルーツとパンを食べなきゃならない。
食すことを拒むのは贅沢で無礼な行動だと思えたからだ。
俺はシスティナが見つめる中、ドライフルーツとパンをひと齧り。
柑橘系の甘酸っぱさが口の中に広がる。そのままパンをひと齧りすると丁度いい甘酸っぱさに変わった。
「うん、美味しい」
「それはよかったわ」
システィナは柔らかく微笑んでパンにドライフルーツを挟んで食べ始めた。
ドライフルーツに思い入れでもあるのかな? そんなことを考えながら食事を済ませ、
「この後はどうするの?」
食後の予定を訊ねると彼女は小さな顎に指を添える。
「うーん、そろそろ16時が過ぎる頃ね。協力できそうな連中を捜したいところだけど、罪人都市は18時以降の外出は禁じられてるのよ」
子供の門限みたいなルールだ。
「それが罪人都市のルールの一つ?」
「他にも殺人は当然として、あらゆる犯罪行為の禁止に警備兵と鎮圧部隊の妨害行為も禁止されてるわ」
「それは人として守るべきルールだと思うけど」
「ここに送られてくる囚人は、爆弾チョーカーがなきゃその当たり前も守れないのよ」
守れなかったら首が爆破されて死ぬのかな。
「守らなかったら爆死?」
恐る恐る聞くとシスティナは無言で頷く。
即爆発なのかそれとも罪王グレファスの匙加減なのか。
少なくともアニ・ナノールに連れ去られた時、彼は鎮圧部隊を妨害して逃走した。
今にして思えばあれは相当危険な橋を渡ったと思う。
罪王グレファスはいつでも俺とシスティナの首を爆破してアニを始末できたからだ。
それとも単にアニの行動に巻き込まれた被害者として爆破は見逃されたのか。
「レストランのアニの行動は、下手をすると俺達が彼を仕留めるために爆破されてたのかも」
「その辺を踏まえると変なのよね。私は暴力沙汰を起こした囚人が爆破された瞬間を見たわ……」
その時の光景を思い出したのか、システィナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
できればそんな光景は見たくない。でも罪人都市で活動するとなると嫌でも見てしまうのか。
「アニみたいな危険な指名手配犯を逃さず始末するなら私達を爆弾として使うべきだったわ」
「でも罪王はそうしなかった」
「古代遺物の不調なんて有り得ないけど、囚人と不法侵入者の違いかしら?」
いつでも爆破できるのにしないってことは、不法侵入者を無闇に殺さないためになのかな。
「それはあるかもしれない」
いつ爆破されるともわからない状況、爆弾チョーカーのことはもうあまり考えたくない。
「爆弾チョーカーのことは考えるだけ精神に悪いなぁ」
「まあ早死にしたくなかったら監視の目が届かない場所で行動するしかないわ」
その言い方はまるで見てないところでやれと言ってるなぁ。
隠れてコソコソするのはあまり気乗りしない。
でも行動するにはシスティナの言う通りだ。
いざとなればヒトツメオオコウモリと警備兵の目が届かない範囲で行動に移すしかない。
ただ今は十八時以降に活動する目的が無い。それならもう休むだけか。
ソファの背もたれに背中を預けるとシスティナと目が合う。
「えっと、なにかある?」
「有るわよ。中枢の投獄城に忍び込むにもあんたが戦えないと意味がないわ」
侵入して荒事に発展するのは必然だけど、発見されたらそれはそれで爆死だと思う。
「戦う状況になったら爆死じゃないかなぁ」
「極力発見されないように動くわよ? けど備えは必要……それにあんたは走ってる間に息切れも転びもしなかった」
そういえば身体が弱いはずなのに走っても息切れしなかったなぁ。
「剣もまともに扱えないんじゃ自衛のために鍛錬は必要だよな」
鍛錬は一向に構わないが問題がある。
地下の通路は剣を振るうほどの広さは無いし、今から外に出て監視の目を避けながら鍛錬するのは時間的にも厳しい。
「鍛錬に適した場所なくない?」
「隣の部屋が鍛錬室になってるわ。そこなら鍛錬に丁度いいわよ」
鍛錬できる場所があるならやらない手はない。
さっそく俺とシスティナは鍛錬室に向かった。