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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
罪人都市編
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07.罪王の視線

 部屋中に配置された端末に映し出される映像に罪王と呼ばれた中年の男グレファスが吐息を吐く。

 システィナ・ヴァルグラフとその後ろを走る一人の少年。

 一方は先日投獄城に盗みに入った少女だが、もう一人の少年は見覚えがない。

 

「あの者は何者だ?」


 隣で映像を見つめる糸目の看守に訊ねれば、彼はシスティナが映り出された映像に齧り付くように、


「あそこまで露出度が高いなら短いスカートも似合うよな。いっそ捕まえて着替えさせるか?」


 ろくでもない事をほざいた。

 罪人に家族を、愛する者や大切なものを奪われた者が多く勤めいているが彼のように私欲を働く看守も居る。

 誰がこんな奴を雇用したのか、いま一度面接担当者には厳命しなければならないな。

 

「貴様、あの娘には手を出すなよ」


「えぇ〜? もしかして罪王様が狙ってんっすか?」


「違うわ! それよりも貴様はあの少年に見覚えがあるのかと訊いてるんだ!」


 今はヴァルグラフ教授の娘の事よりも背後の少年だ。

 

「……知らないなぁ。今週はずっと街中の監視をしてましたがね? あの男は見た事がないっすね」


 囚人の顔、罪人都市に出入りする者、不法侵入した者は全員覚えているがあの少年だけは記憶にない。

 単にそれだけなら問題にならないが。


「なんか気になるんっすか? まあ浅葱色の髪と頬の紋章って言えば迫害対象者っすけど」


 かつて聖女エリンに討伐された魔人と同じ特徴を持つ者は迫害された過去がある。

 浅葱色の髪だけで。頬に紋章を刻んだ。たったそれだけで人類から迫害され、新しい火種を生み出してしまったのだ。

 当時を生きたエルフ族の母や叔父も魔人によって家族を殺されたが、そこに後に産まれた者達を迫害していい理由にはならない。

 癒えない傷、やるせない怒りの矛先を他者に向けたくなる気持ちは理解できるが。


「この世に迫害していい者などいない」


「そりゃあそうっすけど……でも魔人の復活を目論む例の連中は魔人の血筋らしいじゃないっすか」


「くだらないな。魔人なんぞよりも心に巣食う悪意の方が恐ろしいだろ」

 

 悪意が無ければ人は平気で人殺しなぞしない。

 わたしの妻と娘。母も叔父夫婦も……友人も知人も犯罪者によって殺された。

 死刑宣告により処刑された犯人の死体を目にしても増悪は晴れず。

 だからわたしは帝国の魔術警備部隊を辞職してまで……犯罪者共に対する恨み一つで罪人都市の罪王まで登り詰めたのたがーー今はわたしの過去よりもあの少年だ。


「話が逸れたな。あの少年は廃教会から出て来たんだぞ? 老シスターが亡くなってから放棄されていた筈の教会から」

 

「そりゃあ変な話っすね。だってあの廃教会は()()()()()()()っすけど常に監視されてる場所っすよね?」


 だからこそ少年が罪人都市に居ることこそが問題だ。

 正確にはいったいどうやって監視の眼を掻い潜り廃教会に入り込んだのかだ。

 外部から罪人都市に入る侵入方法は大まかに二つ。

 下水路に増設した水路の一つが北の川辺に繋がっている。そこから侵入することは可能だ

 もう一つは行商人か配達の積荷に紛れ込む方法だ。

 後者ならバレずに受取人、即ち協力者が廃教会に少年を運び入れることも不可能ではない。

 事実、生前の老シスターは何度も外部から荷物を受け取っていた。

 その中に少年を匿っていたのなら監視の眼を掻い潜ったことにも説明が付く。

 セイズールから派遣された老シスターがそんな真似をするとは思えないが疑うには充分か。

 そう結論付けるもなにかを見落としているのでは? そんな疑念が心中に渦巻くと看守が声を荒げる。

 

「あっ! ヒトツメオオコウモリが撒かれたっ! チッ、せっかく所在地を把握して押し入ろうと思ったのになぁ」


 盗賊ギルドの者--あの二人の娘なら監視の眼を撒くなど造作も無いだろうが、それにしてもこの看守はそろそろ解雇を検討した方がいいのかもしれない。

 

「貴様は次に就職するならどんな職業に就きたい?」


「へ? そりゃあ楽しい仕事がいいっすね。こうして街の美少女や美女を眺める仕事って天職っすけど……なんでそんなことを?」


 彼には、彼の事情や背後関係を抜きにしても看守という職務に対する責任感が足りない。

 いや、囚人に対する復讐心に囚われ続け罪人全てを同一と見做してるわたしが言えたことではないな。

 説教など趣味ではないが、しかし若い彼には責任の大切さを伝えておく必要がある。

 嫌われようとも退職されようとも彼が他所で過ちを犯さないためにも。

 

「此処に収監されている連中は大罪人共がほとんどだ。街中で労働を強いられている連中はまだ釈放の余地はあるが、蜂の巣に収監された囚人は違う」


「貴様は考えたことがあるか? 我々のミス一つで凶悪犯を野に放つ危険性を、誰が犠牲になるのかを」


責任の在り方と起こり得る危険性について説くと看守が、普段見せる気の抜けた表情とは違う真剣な面を見せた。


「理解してますよ。だからこそ俺は24時間体制の監視部署に配属を希望したんっす。罪人を1人も脱獄なんてさせないために」


 なるほど彼も言動こそ変質者のそれだったが、二十人体制の監視部署の大切さを理解していたのか。

 わたしが彼の評価を改めてる中、


「いまだって改善案を考えてる最中っすからね」


 興味深いことを口にした。

 監視体制に隙は無いと自負しているが、立場から提案できなかっただけかもしれないな。


「貴様が考えている改善案とは?」


「まず一つは使い魔の増員っすね。素早い鼠と猫の使い魔を街中に放つんっす」


 鼠は飼育する分にはコストはかからないが、猫のエサ代がバカにならない。

 数を増やすにも出産させ教育する必要もあるが何よりも鼠と猫は監視に向かない。

 鼠は衛生管理の観点から食糧庫や飲食店に入れるわけにはいかず、低い視線は監視としては不憫だ。

 猫は自由気儘に動き回り視界が忙しい。それに猫は視覚共有の魔術と相性が悪い。

 だが彼の改善案は他の生物の採用を検討すればいいだけの話だ。

 

「鼠と猫は監視に向かないが、他の生物にならばどうだ?」


「犬とかも考えたっすけど、小型犬は魔術酔いが酷いらしいっす。中型犬や大型犬だとベストな視線の低さが……なんでもないっす」


「視線の低さ? ……まさか貴様は盗撮でも考えているのではあるまいな?」


「いやぁ〜別にぃ? 地面から見上げるとパンツ見放題で最高な職場なんて考えてないっすからねぇ」


 監視用の使い魔増員は悪くない意見だったが、個人的な目論見が全てを台無しにしたな。

 

「貴様の改善案は不許可だ。だが他の者もまともな改善案があるなら申し出るように」


 監視室に居る全員に告げると女性の看守が手を挙げる。


「あの罪王様、改善案ではなくて質問なのですが……今日の昼頃に爆破された質屋の店主は1000万ゴールド払いましたよね?」


 なぜルールを守り一千万ゴールドを払った質屋の店主の爆弾チョーカーが爆発したのか。

 愚問だが彼女は新人だったな。


「なぜ爆破したのか。答えは実に簡単さ、奴は盗品の売買はむろんだが人身売買で生計を立てていた罪人だ」


 大金を払えば赦される罪など有りはしない。

 古代遺物の爆撃杖を使用するのも脱獄させないためにだ。だというのに一千万ゴールドで罪人を解放しては無意味というもの。

 それに爆弾チョーカーに()()()()()()()()()()

 殺さず苦しめなければなんの意味などありはしない。

 死が救い? 笑わせるな。囚人は等しく飼殺しがお似合いの末路だ。

 

「1000万ゴールドを支払い罪人都市から解放される者は、不法侵入者かつ無罪の者に限る」


 罪人都市ゾンザイに対する不法侵入は別段罪に問う必要も無いが、不法侵入を許せば次々と良からぬ輩が入り込む。

 侵入し放題ではそれこそケルドブルク帝国とガレイスト公国のネズミ共が入り込んでしまう。

 事実、商業ギルド経由から工作員の侵入が数名確認されている。

 ネズミ共の始末は簡単だが、二国に口実を与えてやるわけにもいかない。

 だからこそ見せしめは必要だ。銀行ギルド施設が無い罪人都市では用意が難しい大金の支払いを。

 

「どう足掻いても囚人はこの都市から出られないんですね……それは理解できますが、その、男性は奴隷のように扱い、女性には性的な要求をするのはどうかと」


 わたしが爆弾チョーカーの取付けの際に命じたのは一千万ゴールドの請求だけなのだが、


「それは一部の看守共が勝手に追加したものだ。あれほど辞めろと厳命しているのだが未だ辞める気配がないな」


 看守、警備兵、鎮圧部隊の道楽に利用されるのは我慢ならないな。

 そもそもわたしは再三忠告したが、辞めないのではしょうがない。

 そういう行為に及んでいる職員は厳罰対象者として厳しく罰せねば。

 明日から対象者には半年の減給とヒトツメオオコウモリの着ぐるみ着用で重労働を課すか。

 わたしは内心で処罰を決め、連行されるアニ・ナノールの様子に視線を移した。


「アニ・ナノールか。システィナが気絶させなければ街中を逃亡していただろうなぁ」


 まさか国際指名手配犯が自ら侵入するとは。

 それも捕らわれたアネ・ナノール、オトウト・ナノール、ムスメ・ナノールの救出が目的か。

 そういえばアニは不可解な魔術を使うと報告にあったが、捕らえてしまえば問題はないな。

 それに蜂の巣から終身刑者を取り出すことも逃すことも不可能だ。

 ナノール家のためとはいえ無謀なことを。そう息を吐くと女性看守が訊ねる。


「その意味では彼女には解放の余地があるのでは?」


 わたしは女性看守の言葉に沈黙した。

 確かにシスティナはアニ・ナノールの逮捕に貢献した。その意味でも彼に掛けられた懸賞金を支払うべきだろう。

 アニ・ナノールの危険性を考慮してもシスティナを解放するには充分な理由にもなる。

 だが幾らあの二人の娘であろうとも盗賊ギルドに所属し、投獄城に侵入した挙句の果てに魔人の遺産を盗み出そうとしたのは紛れもない事実だ。

 それに彼女にはまだ利用価値がある。あの少年の素性を探るためにも。

 システィナは必ずまた投獄城に来るだろう。彼女が求める魔人の遺産が有る限り。

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