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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
セイズール編
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005.連携

 二振りの短剣を構え直すシスティナの隣で俺は半身を逸らし鉄の直剣を構え、


「コォォォ」


 練気を身体に巡回させる。

 まだシスティナのように練気で全身を包み込む事もできないけど、それでも身体能力は向上する。

 これで多少はシスティナの足を引っ張らずに済むはず。


「あんたはまだ練気操作は完璧じゃないわ……私が攻め込むから隙を見て一撃叩き込みなさい」


 そう言ってシスティナは音を置き去りに、八つ目の獣人に迫る。

 鉄の棍棒を振り下ろす直前、システィナは身を屈め一瞬で八つ目の獣人の視界から外れるように右後ろに回り込んだ!

 対象を失った力任せに振り下ろされた鉄の棍棒は床に叩き付けられ、衝撃波がこっちに迫る。

 俺とアインは通路の左右に飛び別れることで衝撃波を避け、八つ目の獣人の警戒から外れたシスティナが背後から二撃叩き込む。

 

「グルル」


 背後から襲った衝撃にたたらを踏む八つ目の獣人に畳み掛けるように俺は床を蹴って走り出した。

 狙う隙はここだ。システィナが最初に一撃加えた胴体に!

 練気で活性化した腕力で縦斬りから右薙を放つ。

 

「グルルルッ!」


 蹌踉めく八つ目の獣人にシスティナは二本の短剣の柄を繋げーー練気を纏った両剣で八つ目の獣人の背中を薙ぎ払った。

 耐え切れば床に倒れ込む八つ目の獣人にシスティナがその場で跳躍して。


「おまけ!」


 両剣の先端に練気を一点に集中させ、八つ目の獣人の背中に落下の勢いと共に両剣を突き立て……一点に集中した練気が解放され八つ目の獣人に衝撃波が襲う!

 宙を回転しながら隣に降り立つシスティナに俺は、


「俺は必要なさそうだったね」


 彼女一人でも事足りたと伝えた。

 だけどシスティナは八つ目の獣人を注視しながら。


「そう何度も連発はできないわ。それにお相手さんはまだやる気みたいよ?」


 鉄の棍棒を支えに立ち上がった八つ目の獣人が鼻息荒くシスティナを睨む。

 あれだけやられたんだ。彼女に殺意を抱いてもおかしくない。

 それに現状戦えないアインを除いてこの場で最も脅威度が高いのはシスティナだ。

 だからこそ奴の狙いはシスティナだ。八つ目の獣人は彼女の動きに警戒、一挙一動注視しているだろう。

 

「じゃあ俺がキミに合わせるよ」


 それなら俺は彼女が動き易いようにするだけ。


「そう? なら私は自由に動くわ」


 そう言って両剣を構えながら八つ目の獣人に再度突っ込む。

 システィナは動きがとにかく速い。彼女の行動を阻害せず、八つ目の獣人の注意をこっちに任せる。

 その間に強烈な一撃を彼女が叩き込んでくれるはずだ。

 しかしどうする? 俺には斬撃を放つ芸当なんてまだできない。

 できることは近付いて鉄の直剣を振ること。

 今はシスティナが左右に高速で移動し、フェイントを交えながら八つ目の獣人の動きを撹乱している。

 最初は速度に翻弄されていた八つ目の獣人は次第にシスティナを捉えはじめ……このままじゃ拙い!


「ねえアスラ……あなたが心に思うままに剣を振ってみたら?」


 駆け出す直前、アインのその言葉が頭の中に反復する。

 心に思うままに。それは自由に触れということか。

 そういえばシスティナも自由にやると言っていたなぁ。

 八つ目の獣人との距離を詰め、システィナと入れ替わるように鉄の直剣を斬り上げる。

 システィナの動きに合わせて鉄の直剣を振り抜く。

 それは彼女を最大限に警戒している八つ目の獣人にとって想定外の奇襲ーー相手が達人ならこんな手は通じないけど。

 油断していた八つ目の獣人の下段から上段にかけて刃が走る。

 まだだ。まだ次に繋げないとまた八つ目の獣人の動きを止めることができない。

 斬り上げからそのまま兜割りに繋げ、八つ目の獣人の横に移動しながら胴に刃を叩き込む。

 そのまま背後に回り込んで薙ぎ払いを放つ。

 するとシスティナが薙ぎ払いに合わせ、練気を纏った袈裟斬りを放つ。

 同時に攻め込まれているとはいえ、俺が放つ技の威力は低い。

 故に強烈な一撃が加えられた八つ目の獣人が身体を背後に蹌踉めかせるのは必然だ。

 いくら対象を斬れないとはいえ、骨を折ることは可能なんだ。

 

「そこ!」


 倒れ際に練気を活性化させ、八つ目の獣人の首筋に渾身の一撃を放った。

 瞬間、嫌な音が首から響く。

 床に倒れ込む八つ目の獣人。三度目で漸く倒せた?

 鉄の直剣を構えたまま、八つ目の獣人を警戒すると……顔の真横に鉄の棍棒が映り込んだ。

 あ、これは避けられない。完全な死覚と完璧な不意打ち。

 強い衝撃、頭の中身をぶちまけれらるような感覚、遠くに聴こえる誰かの叫び声。

 次第に遠退く意識と死の感覚に俺は沈んだ。


 ▽ ▽ ▽


 酷い有り様だった。

 アスラの背後から突然現れたもう一体の八つ目の獣人が、鉄の棍棒をアスラの頭に容赦なく叩き込んだ。

 血糊がべっとりと付着した鉄の棍棒、頭から夥しい血を流して床に倒れ込んだアスラ。

 ぴくりとも動かなくなった彼の身体を容赦なく踏み付ける敵の姿を前に、私の中の理性が弾ける。

 

「アスラァァァ!!」


 気が付けば私はらしくない叫び声を挙げていた。

 同時に両剣を握る手に力がこもる。

 今度こそアスラは死んでしまったのかもしれない。まだ何も終わってないのに。何もしてあげられてないのに。

 それが堪らなく悔しくて怒りが湧き上がる。

 

「こんのぉぉっ!!」


 まだ敵は居るかもしれない? そんなこともう知ったことじゃないわ。

 今は目の前に居るコイツを徹底的に叩き潰さないも気がすまない!

 私は両剣の連結を解き、二振りの短剣で八つ目の獣人に振り抜く。

 一、ニ、二振りから繰り出される斬撃。そんなのまだ序の口。

 三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六。

 十六連撃目を放ちながら私は練気で自身の分身を生み出した。

 分身と斬撃を交互に交えながら六十四発の斬撃を連続で叩き込む。

 それが一息の間に連続で斬撃を放てる私の限界。

 呼吸と練気の操作の限界を迎え、分身の姿は消え、呼吸が乱れる。


「ふぅーふぅー! 早く起きなさいよ、まだ立てるんでしょっ!」


 まだ私の体力は限界じゃない。余力は充分だ。

 また八つ目の獣人が立ち上がろうとも床に沈める事も可能だ。

 短剣の刃を八つ目の獣人に向けると、右腕にアインが飛び付いて。


「もう使い魔は完全に沈黙してるよ。それにそんな戦い方はダメだよ」


 諭されるように静かに言われ、私の中から熱が冷める。

 この子の言う通り……怒りのままに戦って何もならないのに。

 アスラはもう戻って来ないのに。

 短剣を鞘に納め、私は倒れているアスラに近寄る。

 倒れたアスラは微動だに動かない。

 私とアスラの関係は盗賊同士で目的のために協力している。

 言うなれば淡白な関係だ。だから悲しむ必要はないのよ。

 頭で分かっているのに、母さんの死に際とあの時の悲しみが胸に込み上がる。

 

「本当に死んじゃったの? あんたは丈夫だと勝手に思っていたけど……あんたも私を1人にするの? いや、嫌よ! そんなのっ!」


 また置いてくれるなんて嫌だ。

 どんなに叫んでもアスラの反応はない。

 もう彼の仔犬のような笑みも、優しい声も、時に見せる勇敢な眼差しももう見られないの?

 そうなんだ。もう駄目なんだ。

 膝から崩れ落ちる。

 私が思っている以上にアスラの死はショックだったらしく足に力が入らない。

 

「あなたにとって彼は大切な人?」


 後ろで優しく問いかけるアインに私は首を振った。


「分からないわ。コイツとは罪人都市で出会って……名付けてそのまま行動して、次第に情も移って……」


 たぶんアスラには仲間意識を懐いていたと思う。

 それでも大切な人かは分からない。

 私にとってのアスラは協力関係に有る。それだけのはず。


「私にとってアスラが大切かは分からないわ。でも……でもね! この心の消失感はなにっ!」


 母さんの時に味わった苦しみと悲しみ。それがまた心の中で渦巻いている。

 アスラは母さんほど大事な人じゃないのに。

 

「あなたは自分が思っている以上にアスラが大切だったんだよ。彼と過ごした日々は楽しくなかった?」


「……悪くなかったわ。むしろいままでに感じた事がないぐらい楽しかったわよ」


 決して表には出さないけど、アスラと一緒に過ごした日々は間違いなく楽しかった。

 盗賊ギルドメンバーと過ごす日々よりもアスラと話、町に出掛けて。時折り不安そうな彼の手を引っ張って歩いたことも。

 そして彼が日々鍛錬で剣術を磨き喜ぶ姿を見ることも……いつの間にか私の密かな楽しみになっていたらしい。

 

「そっか……あのね? アスラがどんな存在か聴いてもあなたは彼を嫌いにならない?」


 そんなこと分かり切っている。アスラがどんな存在でも彼は彼だ。

 過去に何かを抱えようとも人格が変わろうともアスラはアスラだ。

 

「アスラはアスラよ。どんな存在だろうとも……でも死んじゃ意味が無いわ」


「……結論から言うとアスラは生きてるよ。気絶してるだけで生きてる」


 頭を鉄の棍棒で思いっきり殴り飛ばされて生きている?

 私はアインが言った言葉を冷静に受け止めてながら、アスラの口元に耳を近付ける。

 すると浅く静かな呼吸音が聴こえた……それはつまりアスラはアインが言った通り生きてるということで……。


「アイン? さっき私が言った言葉とか色々忘れてくれない?」


「無理……というか疑問は有るでしょ?」


 確かに頭をあんな殴られ方をして生きてるというのも疑問だ。

 あの時のアスラは完全な不意打ちで反応は愚かな防ぐ事もできなかった。

 まともに入った一撃。しかも頭骨が砕ける音すらしっかり聴こえるほどの一撃だったわ。

 それで生きてるのも可笑しな話だが、終の氷海の影響が最小限で済んでいた事を思えば対して不思議な事でもないように思えてしまう。


「あんたはアスラのこと色々と知ったみたいだけど、コイツの本当の名前も知ってるのかしら?」


「それは……ごめん、アスラの本名も完全に文字化けしていて読むことができなかったよ」


 アスラの本名、ずっと気になっていたけど事はそう簡単に行かないらしい。

 いや、事がそう簡単に行かないなんて分かっていたことだけど……アスラに関しては誰かの思惑が絡んでるのは間違いないわね。


「そっ。……それでアスラはどんな存在だって言うのよ?」


「簡単に言うとアスラの身体は食事要らず。完全な不老で不完全な不死になってるの」


 過去にアムリタと呼ばれる秘宝を手に入れた冒険者が不老不死に成ったという伝承が在る。

 所詮は伝承だけど永遠の竜が実在していた以上、不老不死が存在していても変な話じゃないか。

 アスラが食事要らずというのも、何らかの病気を疑っていたからまあ理解はできる。


「不老不死が存在してても不思議じゃないけど、完全な不老で不完全な不死ってどういうことよ」


「何が原因でそうなったのか詳細は分からない。けど肉体の成長が止まってるけど、致命傷を負うと死んでしまう状態……もっと具体的に言うと首を切断されるか脳と心臓を同時に潰すか、再生不可能なほど身体が損壊するまでアスラは簡単に死ねない身体になってる」


 だから不完全な不老不死ってことね。

 それは理解したし、終の氷海の影響でアスラの凍結した指が無事だったことにも説明が付く。

 この事を知った彼はどう思うのか。そんなの決まっている自分が人造人間かどうか思い悩んでいるようなぐらいだ。

 不完全な不老不死の状態はアスラにいい影響を与える筈がない。

 むしろ傷の治りが速いことを良いことに彼はきっと無茶をする。

 自傷と自虐混じりの行動なんてさせるわけにはいかない。


「そっ……この事は彼に黙ってて」


「話さなくていいの?」


「良いのよ。アスラはアスラ、それだけ充分よ」


 私はそっと彼の頭を撫でる。

 気絶した状態で起き上がる様子は無いわね。

 

「……2体の八つ目の獣人は完全に倒れてるから、コイツが起きるまで休憩ね」


 膝の上にアスラの頭を乗せ、アインに静かにするように鼻先で人差し指を立てる。


「うん。膝枕……私が変わろうか?」


 付いて来ながら何の役にも立たなかった負い目でも感じてるのかしら? それとも単なる年長者としての気遣い?

 私がそんな疑問を浮かべると。


「何だかアスラは膝枕してあげたり、頭を撫でてあげたり……癒してあげたいなぁって。それにはじめて会った時からずっと気になってるんだよね」


 頬を赤くしてそんな事を言い出した。

 それじゃあまるで人造人間のアインがアスラに恋をしてるような……ん? 違うわね、母性本能を刺激されている?

 ちょっとアインがアスラをどう思ってるのか判らないわね。


「気になってるって……それは似てる所も有るからかしら?」


「うーん、懐かしいような? ずっと一緒に居たような。そんな不思議な感覚がして気になってるんだよね」


 それは恋なんじゃ?? や、ちょっと待って欲しい。

 出会って一日経つ頃合いで人を好きになる? それとも一目惚れ?

 

「だから膝枕変わって?」


 可愛くお願いされてもこれは譲れないわね。

 何せ私はアスラの協力者だ。彼の面倒を見る責任が私にも有る。


「ダメ」


「じゃあ膝を貸して」


 そう言ってアインはアスラの頭を少し退け、空いた私の片膝を枕に寝転んだ。

 そして瞬く間に寝息を立てるアインに思わずため息と疑問が漏れる。

 どうしてこうなったの?

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