004.古代図書館の秘密
アインが持ってきた資料を読み終えた頃、古代図書館は静寂と蝋燭のか弱い灯りに包まれていた。
ミステル森林はすっかり暗闇に包まれ、獣の鳴き声と悍ましい何かの鳴き声が響く。
「さっきの鳴き声は何よ?」
「古くからこの地に棲む主の鳴き声だよ。魔物じゃないけど、魔物を喰らうほど獰猛は夜行生物なんだ」
魔物を喰らうほど獰猛な夜行生物が潜む森林を進むのは危険か。
「じゃあ古代図書館で寝泊まりってこと?」
「そうなるわね……布団は一つしかないみたいだけど? 他に司書が泊まれる部屋は無いの?」
流石に床に敷かれた布団一枚で三人は眠れない。
他に泊まれそうな部屋があればいいけど、無ければ本棚を仕切りに寝るしかないなぁ。
「他に寝泊まりできるような部屋は無いんだよね。ここ図書館だから」
それを言われてしまえばそうなのだが、それなら他の司書はどうやって夜のミステル森林を抜けだんだろう。
「じゃあ他の司書はどうやって退勤を?」
「みんな夕暮れには退勤するからね……そもそも此処は滅多に人が来ないから」
「それじゃあしょうがないか」
俺は読み終えた本を一箇所に纏め、ふとシスティナに目がいく。
一つの敷布団を見詰め、次に俺に顔を向けた。
「敷布団は一つ。あんたと私のどっちが使うか決める?」
「システィナが使っていいよ」
勝負を断るとシスティナは拍子抜けしたのか、深いため息を吐く。
「はぁ〜あんたは自分よりも他人優先ね」
そう言われても困るけど、それがきっと俺の性分なんだ。
「ねえ? この敷布団は私のなんだけど」
アインの主張に俺とシスティナは思わず彼女の方に顔を向けると、既にアインは寝巻きに着替えて敷布団に潜り込んでいた。
「……あんたの敷布団じゃ仕方ないわね」
「もう1人ぐらい入れるけど……アスラとシスティナで決める?」
「俺は論外だと思うけど」
「私は気にしないよ」
「それじゃあ俺は向こうで寝るからシスティナはアインと寝てよ」
そう勧めるもシスティナは渋い表情を浮かべていた。
どうしてなのかは分からないけど、俺が女の子と同じ敷布団で一緒に寝るよりは遥かにマシだと思う。
「実は私、誰かと同じ布団で寝れないのよ」
それはとても簡単な結論だった。誰もアインの敷布団を奪う必要も無く余計な争わずに済む。
あとは俺とシスティナが別々の場所で寝れば良いだけ。
「そっか、じゃあ俺は向こうに」
不満そうな顔でこっちを見るアインに、少しだけ罪悪感を感じるけどこればかりは仕方ない。
俺はそのまま右手側のコーナーに歩く……なぜか着いて来るシスティナ。
たまたま同じ方向を進んでるだけ。そう思って歩き続けるもやはりシスティナは着いて来ている。
「どうしたの?」
「ちょっとあんたと話をしようと思っただけよ」
そう言ってシスティナは本棚に並べられた古い資料に眼を向ける。
「改めて話ってどうしたの?」
「あんたは痣者について調べていたけど、何か分かったの?」
俺は資料で得た情報と知識を頭に浮かべ、
「うん。3人の英雄は何者かを追っていたこと、剣聖レティシアは剣の英雄レオギスの弟子だったこと」
「ケルドブルク帝国の始皇帝ゲイルスとガレイスト公国のガイアス公王はレオギスの子だってこと」
他にも知った事が有るけど肝心の何者かに関する記述は全て失われていた。
それだけに留まらず、資料に記載されていた痣者の使命を刻んだ遺跡の碑文にも欠けた一部が在ること。
「何者かは存在を悟られると都合が悪いのか、自身に関わる情報を抹消してるみたい。そこに合わせて魔人に関する情報も消されてるから……魔人が3人の冒険者と旅していたこと、聖女エリンとも会っていたことぐらいしか分からなかったよ」
結局分かったことは各地で閲覧できる資料と大差ないことだけ。
それでも魔人が三人の冒険者と関わり裏切っていた推測を裏付ける根拠としては充分だった。
それが堪らなく俺を不安にさせる。俺が魔人の血筋だと過程した時……。
「どうしてあんたが不安そうな顔してるのか分かったわ。あんたが魔人の血筋で、先祖は仲間を裏切り世界を大崩壊に導いた破壊者だから不安に感じてるのね」
言いたくない事をシスティナが代弁した。
今日のシスティナは少し珍しく踏み込んでくる気がするけど、
「魔人の血筋が咎人なら……俺は長寿種に殺されても可笑しくないからね」
いつ自分に牙を向けられるか分からない。それが堪らなく不安にさせる。
いや、それにシスティナを、誰かを巻き込む事が怖いんだ。
「あんたを理不尽な事で殺させないわよ」
「もしも……正当性が有るなら?」
「それでも殺させないわ。私は盗賊、欲しい物は盗む事を性分にしてるのよ? それにあんたは私と組んでる……つまり私とあんたは一蓮托生ってこと」
それを言われてしまうと弱いなぁ。
それじゃあ自分勝手に死を選ぶことはできない。もしも記憶が戻って自分と向き合うことになっても。
彼女の言葉は嬉しい。心に巣食う不安を取り除くほどに。それでも問いたい。
「……記憶喪失の俺をそこまで信じられる?」
「賭けてもいいわ。あんたは記憶を取り戻しても性格は変わらないって」
「そこまで断言されたら勝手なことはできないなぁ」
そう言って背中を本棚に預けたその時……本棚が背後に退がり、それと連動して他の本棚が勝手に動き出した。
明らかな仕掛けに俺とシスティナは思わず顔を見合わせ、
「「お宝の予感がする」」
盗賊らしく本棚を調べる事にした。
明らかな仕掛けと古代図書館に眠る謎にロマンを感じる。アインには悪いけどこれは調べずにはいられない!
特に此処が教会を回収した施設なら、罪人都市ゾンザイの廃教会と無関係じゃないかもしれない。
あの独りでに地下へ続く階段が消えた謎にも迫れるかもしれないんだ。
俺とシスティナは手当たり次第に本棚を動かし、時に勘と直感に任せて古代図書館を調べ続け……。
「……まさかぁ〜」
「本当に在るなんてね」
古代図書館の最奥の本棚に隠された秘密の扉を目の前に俺とシスティナは呆然としていた。
本当に在るなんて、いやそもそもどうしてこんな仕掛けを作ったのか。
疑問はあれど扉を開けない事に何も始まらない。
俺が秘密の扉を開けると、地下に続く階段と底から嫌な気配が漂う。
「何かしら? 使い魔に似たような気配を感じるけど……生き残った魔物?」
「それは違うと思うよ」
俺とシスティナの間から顔を覗かせたアインに思わず俺達は驚いた。
「きゃあ! ちょっと! 驚かさないでよ!」
かわいい悲鳴を叫んだシスティナがアインを睨む。
「ごめんね? でも魔物はもっと殺意に溢れた気配だから違うよ。たぶん隠し通路を護るために召喚された使い魔の気配だと思う」
つまりそれを仕掛けたという事は、見られて都合が悪い物が隠されているか……それとも大崩壊以前のお宝が在るかもしれない。
「なんにせよ進むしかないわね」
お宝の気配を前にシスティナは眼を輝かせ短剣を抜いていた。
まだそうと決まった訳じゃないけど、ここまで隠されていたんだきっと何か在るのは間違いない。
階段に一歩踏み込むと、魔術の仕掛けが作動し壁の燭台に火が一斉に灯る。
そのまま長い階段を降り続け、ふとアインが着いて来てる事に今更ながら違和感を覚える。
「えっと? どうして着いて来てるの?」
「うーん、なんかね? この階段に見覚えが在る気がしてさ」
「……そういえばあんたは何処で製造されたのよ」
システィナの問い掛けにアインは小首を傾げる。
「それが朧げだけど、何処かの薄暗い部屋。ガラスに隔てられ水に浸された狭い場所ぐらいしか覚えてないんだ」
それは人造人間として製造され誕生した瞬間の記憶。
だけどアインは具体的や場所は覚えないらしい。
大崩壊の最中に製造されたんだからそれは無理もない話だ。
「あんたが覚えてないのは単純に歳月のせいじゃない?」
「そうだと良かったんだけどね? マスターも私が製造された場所を教えてくれなかったんだよ」
何処で産まれたのか知りたくなる。それは人として、感情を持つ者なら当然のこと。
それなのに産みの親であるマスターが答えないのは不自然だ。
「秘密主義なマスターだったのかな」
「マスターにとって不都合なことは絶対に答えないけど、都合がいいことは答えるよ」
「なにそれ? あんたのマスターは産みの親として失格ね」
「そうだと思う……たまに私を変な眼で見てたから」
変な眼? それはその変わった服装が原因なんじゃ?
あえて突っ込まなかった彼女の服装について聞くべきかな。
俺は階段を進む足を止めずそんな事を考えていると、
「ふーん? あんたの全身びっちりな服装が原因じゃないの?」
システィナが聞き辛いことを代わりに質問した。
「ボディスーツだよ。それにこれを用意したのはマスターだから……やっぱり身体のラインがはっきりしてるからなぁ?」
って俺の方を見て聞かれても困るなぁ。
「分かんないけどマスターが用意したなら……キミが誰かと似てるか似せて造られたかで視線の印象も変わるんじゃないかな」
「あんたとアスラは何処となく似てるけど、他の誰かに似てるようにも思えるのよねぇ」
アインは他に誰に似てるんだろう? システィナの疑問は分からないけど、アインにとってそれは非常に気になることらしい。
「私に似てる人……うーん、誰だったかなぁ。昔肖像画を見せられた覚えは有るんだけどなぁ〜」
自身の記憶を探りうんうんと唸る始末。
▽ ▽ ▽
階段を降り進んで、一本道の通路に行き着く。
そこそこに広く薄暗い通路で動く影。
「何か居るね」
「敵性反応及び神秘生命体を確認」
無機質な感情で淡々と述べるアインをよそに俺は鉄の直剣を引き抜き、構えるよりも早くシスティナが二本の短剣を構え駆け出す。
二本の短剣から放たれた練気を纏った斬撃が影を斬り裂き、正体が顕になった八つ目の獣人が床に膝を付く。
まともに一撃が入った。それは間違いないけど……俺とシスティナの武器は刃を潰しているから生物に対して致命傷を与えることはできない。
それはいくら練気で技の威力を増幅させようとも。
八つ目の獣人は立ち上がり、
「システィナ! 退がって!」
その言葉にシスティナが後方に飛び退き、床に鉄の棍棒が叩き付けられる。
「流石に私とあんたの武器じゃ厳しいかしら?」
「効いてる事には効いてるけど……」
アインは有無を言わさず、秘術で創造した魔道銃の引き金を引いた。
まるで作業するように無感情で無機質に。
その姿は彼女が人造人間だと改めて実感させるには充分だった。
銃口から放たれた魔弾が八つ目の獣人の頭部に吸い込まれ頭部を撃ち抜く……筈だった。
それは距離、魔弾の速度、反応が追い付かない八つ目の獣人。誰の眼から見ても必殺の一撃だった。
それなのに魔弾が何らかの障壁に掻き消され、八つ目の獣人の目前で消失した。
「あれ? 魔弾が消えちゃった?」
それならとアインは秘術で直剣を創造し、八つ目の獣人に高速で接近。
そのまま刃を薙ぎ払うも……やはり直剣が八つ目の獣人に触れる前に消えてしまう。
どうやら八つ目の獣人の周囲に何らかの障壁が展開されてるのは間違いないようだ。
それでも疑問が残る。なぜシスティナの斬撃は通ったのか。
「システィナの斬撃が通じて、アインの魔弾と薙ぎ払いは消える……もしかして魔術、秘術を使った攻撃は通じない?」
「それが本当なら私に出来ることは何もないね。頑張って!」
と言われても仕方ない。
誰にだって相性の有利不利は有る。今回はアインに刺さり過ぎた……刺さり過ぎた? これは偶然なのかな。
偶然にしろ考えている余裕はない。八つ目の獣人が鉄の棍棒を担ぎこっちにゆっくりと向かっている。
有効打を持たない獲物を追い詰め愉しむかのように顔を歪めながら。
まだ練気は完璧じゃない。それでも此処はシスティナと連携して乗り切るしか他にない!




