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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
セイズール編
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003.記録と欠落

 何処か既視感を覚える造りとステンドグラス。

 そして古い本棚、床に乱雑に積み重ねられた本の山と誰かが寝起きしていた敷布団。

 いくら辺りを見合わせども司書の姿が見えず。


「なあアイン、司書とか居ないの?」


「此処に勤めていた司書はたくさん居たけど、みんな産休、結婚式の参列、子供の入学式とかで有給を取ってるよ」


 まさかの全員休み、それじゃあ古代図書館は休館なのでは?

 そんな疑問を頭にアインに視線を向ける。

 どうして休館状態の古代図書館に彼女は居るのだろうか。

 システィナも同じ疑問を抱いていたようで、


「あそこの敷布団があんたのなら、あんたは此処で何をしていたのよ」


 アインに訊ねた。


「私? 私は記憶の再確認で過去に起きた記録を閲覧しに来たんだよ。あ、みんなから司書代理を頼まれたけどね」


 部外者のアインに古代図書館の司書代理を頼む。

 それだけ彼女は古代図書館の面々から信用されているということか。

 いや、それはアインが大崩壊の最中魔物の脅威から人類を守ってきた事を考えれば愚問か。


「そっか、じゃあ痣者に関する資料が載った書物の場所まで案内してくれない」


「いいけど、後でアスラの遺伝子情報を記録させてね」


 それは構わない。むしろ俺の遺伝子情報を元に家族に付いて分かるかもしれない。


「いいよ。その代わり俺の家族の記録が在るなら教えて欲しいんだ」


「いいよ〜アスラは痣者の書物、システィナは?」


 アインの問い掛けにシスティナは乱雑に積み上がった書物の山に視線を向けながら、


「私は魔人と聖女に関する記録、魔人と聖女の遺産についてよ」


 探すべき資料を答えた。

 それに対してアインは小難しい表情を浮かべる。


「聖女エリンはたくさん記録が遺ってるけど、魔人の記録はほとんどレティシア達が処分しちゃったから残ってないかも」


「あんたは何か知らないの?」


「マスターが話してくれたことぐらいなら……待ってていま資料を持って来るから」


 アインは机の方で待つように指を差し、そのまま本棚の奥に消えてゆく。

 俺とシスティナは椅子に座り、


「ひと段落付けそうね」


 そんな事を呟く。

 

「そうだね……それにしても古い施設だから隠し通路なんかありそうだけど」


「いい勘してるわ。見たところ古代図書館は聖堂を改修してるようね。となると何処かに地下の入り口はありそうだけど……」


 俺はまだエリン教会を、廃教会以外で訪れたことは無いけど……確かに古代図書館は何処か廃教会の面影を感じる。

 もしもシスティナの話が本当なら地下の入り口が在るのかもしれない。

 それが秘匿されているなら誰も知らないことに。

 お宝の予感ってヤツなのだろうか。システィナの眼が楽しそうに輝いている。


「秘匿された地下室が本当に在るなら1000年前の資料が残ってるかもね」


「それはどうかしら? 私はお宝に期待してるけど」


「そういえば盗賊ギルドの仕事以外で盗賊らしいことしてないよね」


「……それは言わないでよ。私も最近気にしてるんだから」


 こればかりはお宝の情報を得られないとしょうがないのかも。

 

「お待たせ」


 そうこうしてる内にアインが机に資料をどさりと置き、思わず真顔になってしまった。

 机に山積みに積み重なった本の山は今にも崩れそうだ。


「えっと……多くない?」


「痣者の3人の冒険者に関する資料は一冊だけど、他は考察書と痣者に纏わる伝記や伝承に関する資料だよ」


 それは知るには必要な資料の数々だ。それにアインがわざわざ運んでくれたのだから、


「そっか、ありがとう」


 礼を告げるとアインがはにかんだ。

 そしてアインはシスティナに聖女の遺産と聖女アインに関する資料を手渡す。

 読書を始めるシスティナを正面に、早速【痣を刻みし三人の冒険者】というタイトルの書物を手に取る。

 三人の冒険者は全員共通の使命を秘め、世界を冒険し土地の開拓に貢献してきたこと。

 当時のキルディア王国や各国の発展、領土拡大に貢献してきた伝説にして英雄。

 聖女エリンも剣の英雄レオギス、杖の英雄メイリン、弓の英雄ラフェンと懇意にしていたと云う。

 剣の英雄レオギスは剣の達人であり、当時のレティシアも彼に付いて行くほどだったと。

 

「剣聖レティシアは剣の英雄レオギスの弟子……?」


 なぜか違和感を感じる。

 それがなぜか分かれば苦労はしないけど、この事は直接剣聖レティシアに聞けるなら聞きたい。

 問うべきことを頭の隅に次のページをめくる。

 そこには痣者の使命に付いて記載されていた。

 痣を刻みし者にしか見えないーーために彼等は旅をするのだと。

 その者はーー

 ーーは彼等にしか姿形が認識できないが、過去から現在に至るまでーーを与えてきたと云う。

 しかし三人の英雄が使命を果たせたのかは誰にも分からない。

 所々欠落が多くて肝心の事が分からない。


「……結局3人の英雄の使命ってなんなんだろう?」


「それねぇ〜私も気になってるんだ。その本が執筆されたのは996年前……魔人が暴れていた状況下にも関わらず保管されてたのにね」


 それだけ古い書物なのに状態も良いのにそのページだけ欠落している。

 これじゃあまるで何者かが意図的に記録を消してるようじゃないか。

 

「アインは何か知らないの?」


「私が製造された頃には魔人は討伐、3人の英雄と聖女エリンは既に亡くなってたから分かんない」


「ふーん? 剣聖レティシアかマスターから何か聴いてないの?」


「2人は聖女エリンのことと3人の英雄がどんな冒険をしたのか話してくれたけど……肝心のことは何も話してくれない」


 人類を守るアインにですら剣聖レティシアと彼女を創造したマスターも肝心の事は教えない。

 あまりにも徹底し過ぎている。それが逆にある推測を立たせる。

 三人の英雄、秘匿された四人目の仲間。

 四人目の仲間が三人の英雄を裏切り、魔人になって聖女エリンに討伐されたという推測を。


「ここまで秘匿されると逆に知りたくなるわね」


「……でも3人の英雄と聖女エリンが魔人と関わりがあったって認めてるようなものだよ」


「4人目が魔人だとして……どうやって魔人に成ったのか、そもそも魔人ってどんな力を持っていたとか疑問も出るけどね」


 確かに俺の推測は三人の英雄と聖女エリンが魔人と関わりがあった程度のもので、魔人がどんな力を振るったのかまでは繋がらない。

 繋がらないこそ長寿種は敢えて遺すべき記録は遺してるのかも。

 いや、そもそも三人の英雄が追っていた存在と魔人は関係が有る?

 思考の渦に飲み込まれ、あれこれ考えては泡になって儚く消えてゆく。

 

「アインはその辺も何も聞かされてないの?」


「魔人が使っていた特殊な力【呪焔】についてなら聴いてるよ」


 アインの物騒な単語に俺は思考の渦から引っ張り出され、なぜか全身から嫌な汗が流れる。


「じゅ、呪焔? 魔術や秘術とも違う……?」


 疑問を口に出しては胸が動悸する。

 

「あんた、顔色悪いわよ。……その呪焔ってヤツはどんな力なの?」


「うーん、一度触れたら2度と消えず対象を黒き焔で燃やし続けるとか。封鎖されてる死霊都市キルディアと永遠竜は今も呪焔に燃やされ続けてるとか」


 触れたら二度と消えない焔を操り、世界は愚かな当時の人類を滅ぼしかけて大崩壊を招いたとしたら。


「……だから長寿種は魔人に関する記録を闇に葬ろと」


 ああ、それは彼等に魔人と似た容姿を持つ者達が忌み嫌われてしまうのも理解できてしまう。

 差別する理由としては到底納得できないけど、彼等の恨みを思えば理解できてしまう。

 

「話に聴くだけで危険すぎる力ってことは理解できたわ……もしもその呪焔を剣に纏う事が可能なら」


 魔人の遺産の一つ、折れた鉄の直剣の刃は黒紫色の鯖らしきものが付いていた。

 それが呪焔を纏った影響で鉄が変色したものなら。


「じゃあ回収した魔人の遺産は本物……?」


「もしもよ。でも仮に消えない焔なら魔人の遺産に残ってても不思議じゃないけど」


「聖女エリンが浄化、打ち消すしたとか?」


 アインの疑問が胸に落ちた心地だ。

 むしろ何で気が付かなかったんだろう。


「聖女エリンは魔人を討伐した。それなら呪焔に対抗する術を編み出していてもおかしくないね」


「確かにそうね……魔人の鉄の直剣は浄化を受けたからなんの変哲も無い折れた直剣になったと」


 再確認するようにシスティナは呟き、すぐさま彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「本物だったんだ。やっと父さんの夢に一歩近付けたわ」


 システィナの父親? そっか、彼女が魔人の遺産を集めるのは父親の夢のためだったのか。

 システィナの目的を知った。そう理解した途端、システィナが俺の鼻先で人差し指を立てた。


「……あんたとアインの考察のおかげで本物だと確信が持てたけど、この事は他言無用よ。特に私の目的なんかはわね!」


「分かってる。それに人の目的とか夢を誰かに話すような趣味はないよ」


「それなら良いけど……あとアインもよ?」


「私にも他人の秘密を喋る趣味は無いよ。それに魔人の遺産は偽物が多過ぎて本物と言われても信じないと思う」


 確かに折れた鉄の直剣を魔人の遺産と言っても誰も信じないのかもしれない。

 むしろ魔人の復活を目論むアポカリプスや本物の魔人の遺産を狙う輩から狙われないから好都合かも。


「それこそ好都合よ。まだ魔人に付いて謎も多いわ、それに誰が魔人に成ったのか……魔人の名すら分からないもの」


 名が分からないか。俺も本当の名前を未だ思い出せずにいる。

 システィナが名付けてくれたアスラという名は気に入ってるけど、やっぱり両親が名付けてくれた本名を名乗りたいな。

 俺がそんな事を考えているとアインが肩を叩く。


「そろそろあなたの遺伝子を記録してもいいかな?」


「いいけど、具体的にはどうやるの?」


「そう言えば産まれてすぐ髪の毛やら唾液を採取して、あんたに届けられるんだったわね」


 髪の毛や唾液を? それでどうやって遺伝子を記録するというのか。

 俺が疑問を浮かべているとアインが、


「別にキスでもいいんだよ?」


 そんな提案をしてきた。

 別にで片付けていいのかなそれは? というか経口接触なの!?


「ええっと……アインさんや、遺伝子ってキミが口に含んで初めて記録されるの?」


「うん、私の体内の秘術が接種した物から遺伝子を解析、記録するの」


 どうして俺は深く考えずに許諾してしまったんだ?

 でも今更後悔しても遅い。それに経口接種ならキスじゃなくても可能なんだ。


「じゃあ髪の毛でお願い」


「……私みたいな美少女とキスできる機会なのに?」


「もしも俺に恋人が居て、キミとキスをしてしまったらその人を裏切ることになるからね」


 本当に居るかどうかは分からないけど、断る理由としては理に適ってる。

 

「それもそっか。じゃあ髪の毛を貰うね」


 そう言ってアインは俺の朝な黄色の髪を三本だけ抜いて……秘術を唱えた。


「食べると思った? 冗談だよ!」


 殴りたいこの笑顔。いや、ダメだ殴った所で拳を痛めるだけ。

 内なる怒りを抑えている間にアインが展開した術式が輝き、彼女の手元に一冊の本が現れた。

 

「……記録、遺伝子の記録完了……該当する類似の遺伝子検索」


 俺が頼みたかった事を察してか、アインは自身に記録された遺伝子情報から調べてくれてるらしい。

 アインが何かを呟くと一冊の本がまた手元に現れる。

 表紙にタイトルらしき文字が刻まれているものの、それは俺の眼には文字化けしていて読むことは叶わない。

 恐らく第三者に個人情報を与えないための処置なのだろう。

 

「該当有り……? かなり薄い、というか遠い親族が1人だけ居るよ」


「それは誰なの!?」


 思い掛けない朗報に俺は思わず叫んでいた。


「えっと名前はクロード……有翼種の最後の生残りだね」


 それが俺の親族……家族とは違うけど、俺に関する手掛かりが漸く一つ手に入った。

 これは喜ばしいことだ。


「クロード? アスラの家族はどうして該当しないのよ」


「……たぶん遺伝子提供をしてないのが可能性として高いかも」


「生きてる可能性は有るんだね」


「……うん、遺伝子提供は全国民に義務付けられてるけど迫害されて追い出された人達は提供する暇も無いからね」


 それはつまり俺の家族も髪の色と紋章だけで迫害されていたということになる。

 それなら俺の遺伝子がアインに記録されていなかったのも、捜索願いが出されていないのも……家族が名乗りでないのも諸々の説明が付く。

 迫害されて居場所を求めて放浪してるか、既に亡くなってる可能性が有るからだ。

 家族のことはいずれ捜すとして、次はクロードを捜すべきなのかな。

 まだ書物の半分も読んでない。先ずは痣者に関する書物を読み終えてから次の事を考えよう。

 俺がそんな事を考えているとシスティナがアインが持つ書物に眼を向け、


「その本にアスラの全部が記録されてるのよね? 本名、年齢、何処の産まれかも」


 俺に関する事を口にした。

 アインが持つ書物に俺の全部が記されている。もしそうなら閲覧したい。

 目の前に在る記憶の手掛かりに手を伸ばすとアインは書物を背中に隠した。


「……()()()()()()()()()()()()()()


「……本来なら? それってどういうこと?」


「貴方の遺伝子を秘術で解析した時、呪いに類似した残滓が貴方に関する記録を掻き消しちゃったの」


「俺に刻まれていた残滓?」


「そう、秘術の部類だと思うんだけど……誰が何の為に貴方に施したのかまでは分かんない」


 きっとその人物が俺から記憶を消した者なんだ。

 それ以上に気掛かりな事もある。

 秘術の部類でありながら呪いに類似した残滓が俺の遺伝子に遺っていたことだ。


「その残滓はアスラに何か悪影響は与えないのかしら?」


 俺が問うべき質問を代わりにシスティナがアインに問いかけた。

 システィナも知りたいんだ。俺の遺伝子に遺された残滓が与える影響を。

 それは側に居るシスティナにも影響を与えるかもしれない。だから彼女が質問するのも当然だ。


「うーん、アスラや他者にも悪影響は与えないよ……ただーーううん、ごめんなんでもないよ」


 誰にも悪影響を及ばさないことに安心した束の間、アインは何かを告げようとして止めた。

 気にはなるけど恐らくアインは答えてはくれないだろう。


「随分と匂わせるようなこと言うわね。あんまりコイツを不安にさせないでよ」


「ごめんね? でもまだ確証を無いことだから下手に混乱させることは言いたくないんだ」


「それなら仕方ないよ。でも確証を抱いた時は話して欲しい」


 アインにそうお願いすると彼女は少しだけ困った表情を浮かべた。


「あなたは優しい顔でお願いするんだね……うん、確証を得たら話すよ」


 アインは約束と一言付け加え、俺の髪の毛を秘術で解析した際に出現した本を読み始めた。

 小難しい表情を浮かべては驚愕に染まり。かと思えば喜んだり表情をころころ変えて忙しい子だ。


「忙しい子ね……まあ私も調べ物の続きといこうかしら」


 そう言ってシスティナは読んでいた本の手を再会させ、メモ帳に書込みはじめた。

 俺も読書の続きをしないと……このままじゃあ日を跨ぐことになるなぁ。

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