001.海岸沿いの森林
海岸沿いの街道を魔道バイクが走り、潮風と海鳥の鳴き声が響く。
一面に広がる青く透き通った海の波打つ音が聴こえる。
「青い空! 青い海! 気候も安定してるから泳ぐには良さそうかもね」
泳ぎはきっといい鍛錬にもなる。そんな考えで魔道バイクを運転するシスティナに話し掛けると。
「海水浴〜? あんたの事だから鍛錬目的だろうけど、遊ぶ時は遊ぶで切り替えなさいよ」
そんな注意を受けてしまった。
確かにシスティナの言う通りだ。無茶な鍛錬に意味は無く、むしろ身体を痛め付けて何もならない。
それなら彼女の言う通りメリハリを付けた方が効率もいい。
「それじゃあ古代図書館で調べ物が終わったら泳ぐ?」
「……あんた泳げるの?」
そういえば自分が泳げるかどうか覚えてないな。
おそらく泳ぎ方も忘れてるのだろう。
「多分、泳ぎ方も忘れてるかな」
「そっ。それじゃあ泳ぎ方は教えるけど……って私も水着買わなきゃじゃん」
そういえば俺も水着を持ってないな。
「俺も買わないとなぁ〜」
「……あんたは女性の水着とか見て喜ばないの?」
そんなこと言われても正直困る。
まだ実際に眼にした訳でもないし、海水浴所で水着を着るの当たり前のこと。
「海水浴場で水着を着るのは普通のことでしょ? だから特に意識することでもないかなぁって」
「ふーん、私が水着着ても?」
水着を着たシスティナを想像してみる。
普段の服装がショートパンツに臍出し。上着も薄着だから肌の露出も多い。
あれ? 肌の露出が増えただけでそんなに変わらない? いや、でも絹糸のように細い銀色の長髪が海を背に夕焼けに照らされたら……!
「水着に関しては普段の服装から露出が増す程度の認識かな」
「あんた、少しは……」
システィナが言い終える前に俺は自身の考えを告げた。
「でも夕焼けを背にしたシスティナは綺麗に見えると思うよ」
「……ふ、ふーん。そこまで想像したのね、確かに私は髪を自慢にしてるけど」
自慢にしてる髪を褒められたからか、システィナは照れ顔を浮かべていた。
なんだろう? 彼女が照れると俺も思わず照れてしまう。
というか、水着姿を浮かべるついでに場面を浮かべるのは……改めて考えると変かもしれない。
イメージトレーニングだってそこまで鮮明に浮かばないというのに。
「少し気持ち悪かったかな」
「普通の反応じゃないかしら? 少なくともキモい想像しないだけあんたはマシだと思うわ」
キモい想像ってなんだろう。いや、深く考えるのは辞めよう。
俺がシスティナから真正面に顔を向けるとミステル森林の入り口が見えて来た。
……ミステル森林はセイズール建国以前、少なくとも大崩壊以前から変わらず存続している森林らしい。
セイズール北西部、ケルドブルク帝国の国境から北西の海岸沿いを進んだ位置に在る。
そして目的の古代図書館はミステル森林の何処かに在るらしい。
「ミステル森林が見えて来たね」
「此処から徒歩で森林の中を進むのね」
薄暗い森林の入り口……何か出そうな空気を感じるけど、不思議と恐怖心は無い。
むしろこの先で待ち受ける未知に好奇心が湧き立つ!
それでも無警戒に進めば野生動物に襲われたりするだろう。
俺は警戒を忘れず、腰の鉄の直剣の柄に手を伸ばして森林の入り口に歩む。
「あんたは無駄に度胸がいいわね」
「システィナはこういう雰囲気の在る場所は苦手?」
「平気だけど……アレはダメね」
アレを思い浮かべたのか、システィナの顔色が若干青い。
何を想像したのか分からないけど、薄暗い森林の中。風に揺れる木々の音……それが時折り囁き声にも聴こえる。
まるでミステル森林の中に幽霊が居るような感覚さえ芽生える。
「なんか出そうだね……ゆ」
「アスラ? それ以上は口にしたらダメよ」
幽霊が出そうと言いかけた途端、システィナが鋭い眼光で静止した。
ああ、システィナは幽霊が苦手なのか。
確かによく分からないのって恐いよなぁ。
「ごめん。俺が軽率だったね……アレはよく分からない恐いよね」
「べ、別に恐いなんて言ってないけど? なに、あんたは恐いの?」
システィナは強がってるけど手が震えてるんだよね。
「うん、実は恐いかな」
よく分からないからこそ想像から産まれる恐怖ももちろん有る。
ただ幽霊の中に俺の過去を知る人物、記憶の手掛かりを持つ者が居る。それが堪らなく恐い。
恐いは恐いけどそれは手が震え、足が竦むほどじゃない。それは単なる想像による恐怖心だからだ。
それでも俺はシスティナに左手を差し出す。
「ごめんね、恐いから手を繋いでくれないかな」
「し、仕方ないわね。薄暗いし逸れないようにしっかり握ってあげるわ」
ほんと、彼女のこういう素直な一面は可愛気が有るよなぁ。
俺とシスティナは手を握り、ミステル森林に足を踏み込んだ。
……遠くで誰かが見てる事に気付かずに。




