27.その頃ナノール家
一族の兄弟を連れて西へ進むことしばらく。
罪人都市ゾンザイから差し向けられた追手を振り撒き、漸く俺達はセイズールの国境に近付いていた。
セイズール、迫害と差別主義のエルフ族が住まう里が在る国にして大崩壊の爪痕を色濃く残した伝承の国。
そこに用がある訳ではないが、俺の直感が告げている。
弟のアスラと妹のシスティナがセイズールを目指し、そこで何かをしようとしているのだと。
前回はしてやられたが、次はお兄ちゃんとして家族の抱擁を交わす日がくる!
それだけで腹の底から笑いが込み上げるではないか!
「ふふっ……待ってろよ弟と妹よ!」
「兄ちゃん呼んだ?」
「お兄様、呼びました?」
オトウトとイモウトが口々に反応を示したが、別に二人のことを呼んだわけじゃない。
「呼んでないぞ……いや、喜べ弟達よ! 新しい兄妹との再会が近い!」
甲高い声で告げるとオトウトとイモウトが眼を輝かせる。
それは新しく迎えられる兄妹を想っての感動の眼差しと好奇心。なんて兄妹想いのオトウトとイモウトなんだ!
「じゃああたしの新しい弟と妹って訳ね、弟よ」
アネがしたり顔で新しい兄妹に笑みを浮かべるが、少し待って欲しい。
彼女はいま聞き捨てならないことを宣った。
「俺がお兄ちゃんだ! お前は俺の妹のアネだぞ」
実際にアネは俺の三つも下だ。よってナノール家の長子にして一族のお兄ちゃんは俺!
だがアネはそんな事はお構いなしに胸を張って実った果実を揺らす。
「あたしはナノール家の長女よ! だから実質みんなのお姉ちゃんよ!」
確かにアネは長女でオトウト達の姉だ。それは紛れもない事実だが、そこに俺を含めるのは間違っている。
しかしこれもナノール一族に産まれた性だ。
俺が兄を名乗るようにアネも姉を名乗る。
そして俺達のやり取りを静観しているオトウトとイモウトもそれぞれ弟と妹を名乗り、おまけにチチとハハも父と母を名乗るのだ。
例えそれが長寿種だろうと魂に響きを与える者であればナノール家の家族なのだ。
だが立場というものをいま一度はっきりさせる必要がある。
「アネよ、一つ確認しようか」
俺の提案にアネは疑う事もせずに頷く。
全く素直でかわいい妹だ。
「誰のおかげで蜂の巣から脱出できたのか! 誰が危険を犯してまで兄弟を救出したのかを!」
「っ!?」
狼狽えるアネに俺はドヤ顔を向け、自らの胸に指指す。
「そう! このお兄ちゃんのおかげという事を!」
「お兄様のあの魔術は原理を含めて気持ち悪いものでしたね」
いまイモウトから辛辣な言葉を発せられたような。
「人体を液状、流体に変える魔術って改めて考えると気持ち悪いよね!」
今度ははっきりと耳に聞こえたぞ!
「気持ち悪いっ!?」
肉体を液体に変えたからこそ全身を縛る拘束から抜け出し、隙間から脱したあの魔術を!?
魔術師として名高い罪王すら認知していなかったあの魔術を気持ち悪い!?
「お兄ちゃんのとっておきが気持ち悪い……流石のお兄ちゃんも傷付いたぞぉ」
「確かにあの魔術が無かったらあたし達は永遠に死ぬことも許されず、ずっとあのままだったわね!」
ふっ、傷心のお兄ちゃんを励ますなんてなんていい妹なんだ。
「流石はあたしの弟よ!」
まったく隙あらば姉を名乗るんだから。
「まあいいさ。ともかくセイズールで弟と妹との再会が先決だ」
「それにはあたしも賛成だわ。聴けば妹はアニに手を出した……これはお姉ちゃんとして少しお仕置きしないとね」
「新しいお兄様とお姉様は人形遊びに付き合ってくださるかしら?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、ぼくを可愛がってくれるかなぁ」
それぞれアスラとシスティナを受け入れる用意はできているようだ。
さあ、新しい家族を迎えに行こうじゃないか!
こうして俺達は意気揚々とセイズールの国境に足を踏み入れた。




