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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
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26.山岳竜街の英雄像

 山岳竜街の中央街に到着した俺達を待っていたのは杖を携えた女性の英雄像だった。

 細部まで再現された神官を思わせる清楚な法衣を着こなした女性の凛とした眼差しも英雄と思わせるほどだ。

 始皇帝ゲイルスと同じように中央街の中心に置かれた英雄像、そして彼女も始皇帝ゲイルスと同様に右手の甲に痣が在る。

 

「痣者の冒険者で英雄……彼女は何のために冒険したのかな」


 ふと口で疑問を漏らしたものの、何か大切な事を忘れている。

 そんな錯覚めいた感覚に襲われた。

 

「詳細は判らない。だけど彼女……メイリンは同じ痣を持つ者達と冒険しながら何かを追っていたらしい」


「何かって何よ」


 その何かが痣者達にとって因縁深いものなのか、何かを成し得ようとしたのか。

 

「街の図書館に残されたメイリンに関する伝記は在るけど、なぜか痣者が追っていたものに関する記載ととある人物の名が欠落しているんだ」


 それは単に大崩壊でページの欠落を招いたのかもしれない。


「大崩壊で資料が欠けてしまったとか」


 俺はそんな推測を口にするとカラレスが首を横に振る。

 その否定はまるで資料の欠落を意図的に招いた何者かが居ると示しているようだ。

 だけどその可能性は残念ながら否定しきれない要素が有る。

 長寿種が魔人に関する記録を全て闇に葬ったように。


「誰かが不都合な、知られたくない歴史を葬ったってこと?」


「その可能性は充分にあるよ。何よりも各地に建てられた英雄像やそれらの資料のページには共通の欠落が多いんだ」


「何者かの存在を示したページ……そういえばあんたはとある人物の名も欠落してるとか言っていたけど、英雄の冒険者は何人で行動していたの?」


「大昔の冒険者は基本4人から6人で行動するんだ。剣の英雄レオギス、杖の英雄メイリン、弓の英雄ラフェンともう1人の誰かが」


 三人の英雄の名を聴いて胸が痛み、悲しみが込み上がる。

 まただ。また何かを訴えかけるように胸が騒つく。

 それでも今回は涙は流れず、自分の頭で考える余裕ができた。

 千年前の冒険者、三人の英雄。その中に始皇帝ゲイルスの名が無い。


「始皇帝ゲイルスは冒険者じゃなかったの?」


「彼は大崩壊後の英雄さ。それに始皇帝ゲイルスはレオギスの兄弟や息子説なんかも有るんだ」


 なるほど、確かに言われてみれば始皇帝ゲイルスは大崩壊後にケルドブルク帝国を建国した英雄だ。

 それなら冒険者の英雄に当て嵌まらないのは納得がいく。

 ふと俺は思い出す。もう一人英雄が居ることを。


「魔人を討伐した聖女エリンは? もしも冒険者が追っていた存在が魔人だったら辻褄が合うと思うけど」


「僕もその可能性は考えられると踏んでるけど、それなら名を隠す意味がない」


「確かに奇妙ね。それにエリンには痣なんてないから彼らの共通点に当て嵌まらないわ」


「ああ、いや……4人目にも痣は無かったらしいことは資料に記載されているんだ」


 三人の痣者と四人目の仲間。何か目的が一致して冒険の旅に出たのか?


「……実は4人目が魔人に成る人物だった可能性は?」


「恐らくその考察が正解なんだろうね。現に冒険者一行は北の果てに旅立ち、以降消息を絶ったと資料が残っているからね」


 北の果てで何かが起こり全滅、それとも四人目の裏切りに遭った?

 

「3人の痣者と長寿種の関係は友好だったの?」


 この問い掛けはなぜ長寿種が魔人を酷く嫌うのか、その答えを得られるかもしれない。


「友好だったと聞くよ。特にエルフ族の里長の娘は彼らを追いかけて行ったほどだって。アズマ極東連邦国に棲まう鬼人族は彼等に救われ、種族の生き方と価値観を変えるきっかけにもなったとか」


 四人目が魔人で、彼は仲間を裏切り大崩壊を引き起こすような大惨事を招いた。

 そしてそれはきっと三人の痣者が追っていた存在が関わっているのかもしれない。

 ……俺の単なる憶測。エルフ族に詳細を問わないと答えははっきりしない。

 それにこの情報をもっと詳しく調べるために古代図書館に行く必要は変わらない。


「長寿種が魔人を酷く嫌う理由が見えてきたわね。それでも魔人の正体は分からないし、謎が一つ増えたわね」


「たぶん、その謎は俺の記憶には関係しないと思うけど……せっかくだから調べてみる価値はあるよね」


「このまま知らないままってのは気持ち悪いものね。それに古代図書館に行くことには変わりないから存分に調べるわよ」


「そうだね、それに魔人と聖女の遺産のこともね」


 俺とシスティナがそんな会話をしてる横でカラレスは英雄像を見上げ、


「君達が古代図書館に行くなら聖女の弟子達に付いて調べるのも何か手掛かりが得られるんじゃないかな」


 聖女の弟子達? そういえば罪王グラファスはあそこの教会は聖女の弟子の子孫が管理していたとか。

 あの教会から忽然と姿を消した地下室への階段、なんであそこに棺が置いてあったのか。

 誰が俺の記憶を奪ったのか消したのか、そしてあそこに閉じ込めたのか、その手掛かりにはなるかもしれない。


「聖女の弟子達に関しては教会で調べた方が早い気もするけど、古代図書館で調べてみるよ」


「僕が提案しておいてアレだけど、エリン教会は聖女の弟子達が実在していた事は認めているけど具体的に何をしたのかは語ってくれないんだ」


 それは暗に調べるならエリン教会にも気を付けろっと言ってるようなものだ。

 それにもしかしたら聖女エリンに関する不都合を暴くことになるかもしれない。


「何だか雲行きが怪しくなってきたね」


「そりゃあ長寿種が揃って秘匿する秘密を暴こうとしてるんだもん今更よ」


「あー、確かに今更だったね。それに魔人の遺産を集めるということはあの組織と敵対するわけだし」


「お宝に障害が多い方が燃えるじゃない」


 笑みを浮かべるシスティナに頼もしさを感じては、カラレスに改めて訊ねる。


「ところでメイリンはどんな偉業を成し遂げたの?」


「資料によるとメイリンはかつて沈みゆく島の民に山岳竜の背中に街を築く事を提案し、建設に携わったそうだよ」


 沈む島から島の住民を救った。それは島の彼らからしたらメイリンは英雄に映ったことだろう。


「ふーん? 山岳竜って世界を渡り歩く巨竜よ、よく都合良く島に近付いたわね」


「山岳竜の通り道付近に島が位置してたとか?」


 どれが正解なのか、俺とシスティナがカラレスに視線を向けると彼は首を横に振る。


「残念ながらどちらも外れだよ。答えは冒険者一行が育ていたペットの山岳竜を提供したんだ!」


「そんなの分かるかぁぁ!!」


 システィナの怒声にカラレスは苦笑を浮かべた。

 確かにそれは資料を読んで事前に知り得ないと分からない答えだ。

 というかこの山岳竜って英雄達のペットだったの!?


「へ、へぇ〜俺達って実は偉大な竜の背中に乗ってるんだね」


 ヤバい、なんか変な緊張してきた。


「汗出てるわよ。というか当時の山岳竜なら今よりももう少し小さいってことよね」


「資料によると当時の山岳竜は荷馬車程度の大きさだったそうだ。それが千年でここまで成長するなんて感慨深いよね」


 確かに感慨深い。それに山岳竜は生涯を終えると大陸になると云う。

 島の民を救った山岳竜はいずれ新しい大陸として人々の新天地になる。

 その時が訪れる頃には俺は生きてないし、その頃になるとまた新しい英雄が誕生してるかもしれない。

 それにしても千年前の大崩壊でほとんどの大陸が無くなって、よく三人の英雄に関する資料や英雄像が無事だったなぁ。

 

「大崩壊で山岳竜が無事だったこと、英雄像が無事だったのもすごい奇跡かもね」


「そうだねぇ、いま僕達が暮らしてる大陸は元々地底に遭った大地らしいからね。地上の崩壊から聖女エリンと長寿種が救い今の大陸が有ると言われてるぐらいだ」


「きっと遺すべき資料は遺していたんだよ」


「そうだったの? 俺はてっきり生涯を終えた山岳竜が大陸になったもんだと」


「私は地上が地底に崩壊後、天変地異によって今の大陸が形成されたと聞いたけど」


「アスラの説は違うけど、システィナが言ってる事も正しいんだ」


 それは地底も地上の崩壊で多大な被害を受け、今の形になったってことかな。

 だとすると地上に有った海が地底に流れ込む事も当然か。


「えっと地底に海水が流れて今の形に形成されたって認識でいいのかな」


「だいたいそれで合ってるよ。それにしてもアスラは鍛錬だけじゃなくて歴史にも熱心なんだね」


「何も覚えないから色々と新鮮で知り合い事がたくさんあるんだ」


 そう答えるとカラレスは穏やかな眼差しを向け、


「君の熱心で直向きな姿勢が僕は気に入ったよ! 僕の妹と婚約するのはどうかな!」


 突飛もない提案をしたきた!?

 会った事もない妹さんと勝手に婚約なんて、その人にとっても迷惑になる。

 それに俺は記憶喪失で自分の素性も判らないんだ。そんな奴と婚約を結んで、実は俺に大切な人が居たなんてことになったらますます話が拗れる。

 あと単純に今は恋愛とか婚約よりも記憶の手掛かりとかやるべきこともあるんだ。


「悪いけどその提案は断るよ」


「それは……僕の妹は清楚で優しくて非の打ち所がないはないと兄としても自慢なんだけどなぁ」


「あんたの妹ねぇ。アスラがどうするかは自由だけど、本人の意思確認もせずに婚約を約束するのはどうかと思うわよ」


 女の子としてのシスティナの意見は正しい。

 誰にだって相手を選ぶ権利は有る! 


「カラレスの妹さんには悪いけど、やっぱりその人の意志を尊重したいかな」


「そうかなぁ? 僕の見立てだとあの子は君を気に入ると思うんだ……まあ、もしもエレスシティに立ち寄る予定が有ったら僕の家を是非とも訪ねて欲しいんだ」


 エレスシティには後々行く予定だけど、会うだけなら構わないんだ。


「婚約とか抜きに会うだけなら良いけど」


「それはありがたい! 僕も君達が来訪してくれる事を心待ちにしてるよ!」


「……そういえばあんたの妹ってエレス総合学院に通ってるのかしら?」


「ああ、今年で高等部二年生になったんだ。学友にも恵まれて楽しく過ごしてると聞いてるよ」


 カラレスの妹がエレス総合学院の学生……あ、システィナが悪い笑顔してる!?

 俺はカラレスに気付かれないように彼女の横腹を膝で突く。


「何か企んでるみたいだけど、カラレスの妹を利用しようなんて考えないでよね」


「私はそんな人手無しじゃないわよ。ただ妹と会っておくと編入の後が多少楽になると思ったたげよ」


「ああ、編入前に友達になっておくんだね」


「友……責めて話し相手や学院の情報を聞ける知人は欲しいじゃない」


 よく分からないけどシスティナは友人関係には消極的らしい。

 まあ、そこは無理強いする気はないけどレオスに知られたら面倒な指示が来そうだなぁ。

 

「? 何か大事な話をしてるようだけど僕も混ぜてよ!」


「ちょっとエレスシティに到着する時期を確認していたんだ」


「古代図書館で用事を済ませた後になると思うけど、それがいつになるかは断言できないわね」


「あぁ、そういうことなら僕のスマホンの連絡を教えておくよ」


 そう言ってカラレスはスマホンを操作すると、俺達に連絡先を寄越した。

 流石にこっちが一方的ってのも悪いから俺達も彼に連絡先を教えることに。


「うん、確かに……おっともうこんな時間か」


「何か用事が有るの?」


「実はこれから市長と会う約束になっててね。君達も来るかい?」


 流石に招かれても居ない俺達が同行したら迷惑だろう。

 

「うーん、まだ宿屋の確認もしてないから遠慮しておくよ」


「私もやめておくわ。そろそろ日も暮れるしゆっくり休みたいわぁ〜」


 同行を断るとカラレスは残念そうに肩を竦め、手を振りながら市長の邸宅に向かった。

 俺とシスティナはそんな彼の背中を見送り、宿屋に足を運ぶことに。

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