25.お茶と演奏家と
カフェに到着してさっそくスペシャルパフェと肉まん、それからスペシャルケーキを頼んで席に付く。
そう時間も掛からずに運ばれた肉まんを頬張るシスティナを隣に俺は、
「それで練気は呼吸が大事なのは分かってるけど、なかなか練気を練れないんだ」
お茶を啜るカイに訊ねた。
「ふむ? 練気を練れないと? 拙者の眼には既にアスラ殿が練気を使った残滓を感じるでござるが?」
返答は予想外なもので俺には全く身に覚えのないことだった。
不思議そうに首を傾げるとカイは困った様子でシスティナに視線を向ける。
当の彼女は肉まんを食べ終え、運ばれたスペシャルパフェに手を付け、
「気絶してる間に無意識で練気を扱ったとか? たまに有るでしょ? 寝てる間に無意識の内に練気を練ってること」
そんな事を口にした。
そんなお漏らしみたいな言い方しなくても。
「確かに拙者も寝てる間に練気を纏うことは有るでござるな。という事はアスラ殿は無意識の内に既に練気を扱えているという事でござるな」
「それって完全に制御できてないってことじゃ?」
「そうでござるな。練気とは呼吸と同時に自然体で練るものでござるから……先ずはアスラ殿は日常的に肺に空気を溜め、丹田に送り込み身体に循環させる。この動作を修得するでござる」
言うのは簡単だけど想像するだけで難しそうだ。
それでも心の内側からやる気が溢れる。
「それじゃあさっそく……すぅ〜」
吸った空気を肺に溜めてから丹田に送り込む!
きっとその時に丹田に力を入れて!
ちゃんと丹田に送れてるか分からないけど、丹田から身体に循環させる!
少しでも意識しないと途切れてしまうな。
神経、身体を巡る血液と血管、心音、周囲の音や呼吸。五感で感じる全てに集中を!
俺がそれらを繰り返してる隣で、
「うまぁ〜……あんたも随分とお人好しね」
システィナがカイに語りかけた。
「技術を教えるのも修行になるでござるよ。ただアスラ殿は既に知識や基礎も出来上がってるでござるから修得までそう時間を要さないでござる」
「仮にアスラが元々扱えたけど、忘れてる状態だったら?」
隣で俺の記憶喪失に関する話題って。気になるけど集中!
「それは例え修練の果てに得た技は身体が覚えるでござるが、知ってる筈の知識も忘れてしまったでござるなら練気が扱えなくなるのも道理でござるよ」
「本人は忘れてるけど、身体は覚えてる。それが気絶中に無意識の状態で身体が覚えた技が使えたら如何かしら?」
「それは……無の境地でござるがそこに至れる者は剣聖と呼ばれる達人クラスでござるよ。拙者も寝てる間に練気を練ることはあるでござるが、技を放ち戦うまでには至れないでござる」
気絶してる間に忘れてしまった技が使える? それはいくらなんでも変な話だ。
きっとシスティナは仮説を述べてるだけなのだろう。
「そっ、一応可能ってことなのね」
システィナはカイの解答に納得したのか、食べる手を再会させた。
二人の会話は他人事に聞こえたけど、もしも無の境地に至れるならその先を目指してみたい。
きっと剣の道に終わりなんてない。終わりに辿り着くのは生涯を終えた時でそこで初めて何かを遺したか、人生を振り返って恥じない生き方をできたかだと思う。
少なくとも俺は誰かのために恥じない生き方をしたい。
……本当は家族に恥じない生き方と答えを出せたら一番良かったんだけど、家族との思い出も忘れてしまってる今は誰かのために技術を磨きたい。
たぶん、俺の本質はそうなんだ。自分のためには何もできないけど他の誰かのためなら行動できる。
でもそれもちょっと違うかな。助けを求める人に限定されるし、状況によっては手を差し出すことさえできない。
技術、磨き上げた剣術は解決する糸口に過ぎず手段じゃない。
剣術を解決の手段に使えば暴力と変わらない……でも何かを解決するということは力を使うこと。
うん、今は難しことは考えずに鍛錬に集中しよう。
「アスラ殿、すごい集中力でござるな」
「そお? 頭の中でごちゃごちゃ小難しいこと考えてるわよ」
システィナさん、キミは俺の思考が読めるの?
「でもコイツが鍛錬に打ち込む姿勢は真剣よ。毎朝早朝に基本的な素振りと型の反復、夜遅くまでまた素振りと型の反復の繰り返し」
レックスと鍛錬していた時にバレてる事が発覚したから隠れてやる事は辞めて堂々と鍛錬を続けることにした。
「毎日でござるか?」
「少なくとも私と初めて鍛錬した時辺りからかしら」
確かにその時から鍛錬は続けてるけど、寝てる間にやっていた事はその時から把握されてたのか。
「熱心でござるなぁ」
「いやぁ〜熱心な人を見るとつい応援したくなるよねぇ〜」
「そうね、私も……あんた、誰よ」
知らない人の声に眼を開けると、カイの隣にリュートを背負った若い男性が座っていた。
短い金髪で碧い瞳、服は山岳竜街の住民が着るには少し華やかで何処となく高貴さを感じさせる服装だ。
それにしてもシスティナとカイが気付かない間に隣に座るなんて只者じゃない?
「えっと、俺はアスラ。キミは?」
「ああ、これはご丁寧に! 僕はカラレス、こう見えて演奏しながら旅をしているんだ」
「演奏家? じゃあさっき外で聴こえたリュートの演奏はキミが?」
「恥ずかしながらまだ修行中の身だけどね」
音楽の良さはよく分からないし、そこまで詳細に聴こえたわけじゃないから何とも言えないけど。
「じゃあ今度聴かせてよ」
「はは、僕の拙い演奏で良ければ喜んで」
カラレスに演奏してもらう約束を取り付けると。
「あんた、少しは警戒しなさいよ。カイなんて刀に手を伸ばしてるのよ?」
確かに二人はカラレスに対して警戒してるけど、彼が本当に何かしようと目論んでるなら声なんてかけない筈だ。
それにシスティナ自身がカラレスが無害だってことは理解してる。
「そうかなぁ? カラレスが何か企んでたらシスティナはもっと冷たい態度を取ってるでしょ」
なによりもシスティナは武器に手を伸ばしていないのがなによりの証拠だ。
「あんたも私のこと理解してきたわね」
「おや? 2人はそういう関係なのかい?」
「拙者に聞かれても困るでござるが、システィナ殿は拙者が狙ってるでござるよ」
そういえばカイはシスティナが気になってるんだけって。
当人はどうでもよさそうに運ばれたスペシャルケーキを食べてるけど。
「俺とシスティナは単に同僚な関係? で合ってる?」
言ってて自信が無くなって思わず彼女に訊ねる。
「私とあんたは、そうねぇ〜組んでるけど関係性で言えば同僚よ」
「だそうだよ」
「へぇ〜じゃあ2人は仕事で山岳竜街に訪れたのかい?」
仕事の関係と言えば適切だけど、本来の目的は記憶の手掛かりと古代図書館の痣者の伝承。
そして魔人の折れた直剣が本物の魔人の遺産かどうか、魔人に付いて調べるためにセイズールの古代図書館を目指してる。
だけどセイズールではレオスの計画の件も有るからどう解答しても嘘にはならない。
そもそもカラレスに嘘を付く必要はないと思う。
「山岳竜に乗ってセイズールを目指してるんだ。それまでは観光と鍛錬かな」
「ま、だいたいそんな感じね。あんたの目的はなに?」
「僕かい? 僕も観光で来てるんだ。と言っても大陸一周の旅も終点に近付いてるけどね」
大陸一周の旅か。知らない土地や未知との邂逅、考えるだけで羨ましいなぁ。
それが瞳に出ていたのか、カラレスは笑みを浮かべて。
「アスラは純粋で無垢な笑顔を浮かべるんだね」
「確かにそう言われると何処となく仔犬を彷彿とさせるでござるな」
「でしょ? コイツは良くも悪くも純粋。だから変な事は吹き込まないことね」
なんだろう? システィナは俺の保護者かな?
名付けてくれたのはシスティナだけど、そこまで心配させるのも悪いから気を付けないとな。
「ああ、そうだ。君達はもう英雄像を見たかい?」
英雄像と呼ばれて俺は何のことか判らず首を傾げた。
「私はまだ見てないけど、確か山岳竜街の建設に関わった人物だったかしら」
「拙者もまだ見てないでござるが、確か杖の英雄だったでござるか?」
杖の英雄? そういえば千ゴールド札の絵柄は杖。それと何か関係が有るのかな。
「まだ見てないなら見ておくと良いよ。それに杖の英雄は痣者の冒険者としても名を遺してるぐらいだからね」
痣者の冒険者、杖の英雄……。そこまで考えた途端、また目が熱くなる。
心の底から込み上がる感情に涙が溢れる。
「……アスラ、気になるなら行く?」
涙を拭いシスティナに聞き返す。
「いいの?」
「観光に来たんなら一度は見ておくべきでしょ。それに英雄像が在る中央街は宿屋から遠くないわ」
「そっか、それじゃあ見に行こう」
「……アスラ殿はどうして涙を?」
「判らない。無くした記憶と関係してるのか、それとも無関係なのかも……」
「そうでござるか」
カイはそれ以上聞くことはせず、椅子から立ち上がった。
「拙者はまだ用事が有るからそろそろ行くでござるよ」
それだけ言って彼はカフェから立ち去った。
そういえばカイの用事って何だったのか、練気についてアドバイスも貰ったのに礼を言いそびれたな。
「礼なら次に会った時にでもしなさい」
考えが顔に出ていたのか。
「そうするよ。それでカラレスはどうするの」
「2人が良ければ僕も同行してもいいかな?」
「それは助かるよ。俺とシスティナも今日着いたばかりで土地勘も無いからね」
「その土地勘も無い場所で1人突っ走ったバカは何処の誰だったかしら?」
それを言われると弱いけど、カラレスが付いて来るなら道に迷う事もない。
その後、俺達は会計を済ませてからさっそく英雄像を見に中央街に向かうのだった。




