24.山岳竜街の達人
練気を学ぶために飛び出したけど、ここは何処だ?
見渡す限りの民家と行き止まりの壁。どうやら人気の少ない路地裏に入ってしまったらしい。
「はぁ〜システィナも置いて来たし戻ろ」
来た道を引き返そうと振り向くとガラの悪い三人の男が獲物を値踏みするような視線を向けていた。
彼らの目的は嫌でも想像できる。迷った観光客をカモに悪事を働く暴漢で狙いは金品だ。
ただ生憎と黙って奪われては盗賊ギルドの名折れ、それにシスティナなら返り討ちにして逆に金品を奪うだろう。
褒められたことじゃないけど、相手が拳を振り上げるなら仕方ない。
「おーお、こんな所に観光客たぁ運が無いねぇ」
「痛い目に遭いたくなきゃ有金と連れの女を寄越しな!」
「へへ、抵抗するなよ坊ちゃん」
ナイフを見せびらかして脅迫の言葉を吐く。
どうやら彼らは俺とシスティナが一緒に行動してるところを目撃していたらしい。
ただシスティナが居る場所で襲って来なかった辺り、彼女の実力は理解しているのかもしれないな。
という事は相手は俺一人なら脅迫できると踏んで追って来たんだな。
その考えは悪くないし、結論から言えば俺は弱い。
それでも黙ってやられるのはごめんだ。
まだ呼吸し辛いけど鉄の直剣を引き抜き、構える。
「やる気かよっ! 一気に畳んじまえ!」
リーダー格の一声に二人が一斉に練気を放出した!
練気やって身体能力が向上した二人が左右から迫る! それでも決して反応できない速度ではない。
まだ練気は扱えないけど、左右からの同時攻撃なら!
俺は左右から迫るナイフを鉄の直剣を払う事で防ぐ。
流石に練気で向上した身体能力じゃあ武器を弾くのは難しいかっ!
二人のナイフを防いでいる間にリーダー格の男が練気を纏ったナイフを片手にゆっくりと近寄る。
「そのまま抑えておけよ。練気を扱えない坊ちゃんにはここで死んでもらうからよ」
二人のナイフを弾こうにも見事に抑え込まれ身動きが取れない。
このままじゃ拙い! そう思った時にはもう全てが遅かった。
リーダー格が振り抜いたナイフが俺の首筋に走る。
血が噴き出る感覚と目の前が真っ暗に包まれ……。
▽ ▽ ▽
暗転した視界が徐々に元に戻る。
「はっ!? 何が起きて?」
辺りを見渡すと先程の路地裏、壁に突き刺さった二人組と地面に突き刺さったリーダー格の男。
本当に何が起きた!? というか何で俺は生きてるんだ?
斬られた筈の首筋を撫で、何ともないことに気付く。
血の後も斬られた痕跡も……アレは錯覚だったかのな?
酸欠が起こした白昼夢か幻覚? 頭を捻られせると。
「ホッホッホッ、若者や」
腰背後で腕を組んだ老人がいつの間にか路地裏の入り口に立っていた。
「えっと、何か用かな?」
「お主、練気を扱えるかの?」
「まだ無理だけど」
老人は長い髭を撫で何かを考え込み始めた。
「ふむぅ、難しいのぉ」
それは俺に練気を扱える見込みが無いって意味なのかな?
「弟子に取りたいが、稽古を付ける時間も無さそうじゃしのぉ」
「時間なら1週間は有るけど」
「ああ、ワシの寿命はあと3日で尽きるのじゃ」
「ええっ!? 3日ってお爺ちゃん安静にしてなくていいの!?」
こんな所に居る場合じゃないよ!
「ええんじゃ、寝てても何もならん。それにワシの身体は練気を操る事で辛うじて動かせてるだけじゃ」
練気は身体能力を向上させるだけじゃなく傷の治りも早くする効果、それに留まらず練った練気は技として昇格できるって話だけど寿命も間も無い状態でも動かせるものなのかな。
それともお爺ちゃんの気合いと意地がそうさせてるのか。それは意志の力の一種だと思うけど、ともかく三日で練気を学ぶのは厳しいそうだなぁ。
「惜しい逸材を逃したのぉ。ワシが弟子に取る事はできんが、知人の超強い美人で達人を紹介しよう」
その前情報は必要なのか疑問だけど、お爺ちゃんが紹介してくれるならその人に弟子入りも視野に入れていいかもしれない。
その前に俺はこの人を知らないんだよなぁ。
「えっとそれはありがたい申し出だけど、俺は貴方の事を知らないよ」
「それはワシも同じじゃよ。しかし学びを必要としてる者、何かを成すために力を求める者。……危うい状態を打破するために技量を求める者に素性など関係せん」
それはそうかもしれないけど、紹介する人にお爺ちゃんのことを問われても答えられないのは困る。
それでもお爺ちゃんは屈託のない笑みを浮かべ、
「大丈夫じゃよ。彼女は細かい事は気にせんし、見込みの有る者を紹介して欲しいっと以前に頼まれておったしのう」
お爺ちゃんは懐から取り出した一通の紹介状を俺に手渡した。
宛先は達筆過ぎて読めないけど。
「えっと宛先が読めないんだけど……あれ? 居ない?」
気が付けば既にお爺ちゃんの姿は何処にも無かった。
何だか不思議な人だったな。温かくて全て包み込む太陽のような人だ。
もっと早く出会ってればきっと充実した日々を過ごせたのかな。
なんて事を考えても仕方ない。今回はお互いに縁が無かった、それだけの話なのだ。
俺は路地裏から出て、練気を教えてくれそうな人を捜しながら街をぶらつく。
「練気か、練気の達人ですごい爺さんが居たが……三日前に亡くなったからなぁ」
たまたま練気を操作していた大道芸人に話を聞くとそんな事を。
さっきのお爺ちゃんが頭に過ったけど、あのお爺ちゃんは確かに俺の前に現れた。
会話もして紹介状も貰った。だから既に亡くなってる筈がない。
「その人はどんな人だったの?」
「あの人はおおらかで太陽の様な温かさを持った人だったよ。よく考え事をすると髭を撫でる癖があってさ」
その特徴はまるでさっきのお爺ちゃんとそっくりだ。
まさかさっきまで会話していた人が既に亡くなってる? そんな有り得ないことに俺は動揺したのか、懐から紹介状を落としてしまう。
「その紹介状……爺さんが書いた物じゃないか」
その言葉がお爺ちゃんが既に亡くなってることを理解させるには充分だった。
俺は落とした紹介状を拾って言い淀む。どうやってこれを受け取ったのか、口にはできるけど理解を得るのはあまりにも難しい。
死者が生者の前に現れ、紹介状を渡して行くなんて誰も信じてくれない。
「えっと、さっき襲って来た暴漢が持ってたんだ」
「あの三馬鹿か。確かにアイツらは爺さんの弟子だったが、爺さんも浮かばれないよな。最後の弟子があんなろくでもない馬鹿共だなんてさ」
練気を教え、悪事に利用された。それは師としてはあまりにも浮かばれない。
もしかしたらお爺ちゃんはあの三人を見兼ね、制裁に与えたんじゃないかな。
それなら俺が気絶してる間に三人があんな状態になってることも頷ける。
「この紹介状は……遺族に渡した方がいい?」
「元々爺さんが誰かに見込みがある奴を紹介してくれって頼まれて書いたヤツだからな。君が持ってても良いと思うぞ、それに爺さんは君のような若い奴がお気に入りだからな」
よくは分からないけどこの紹介状は有り難く頂こう。
それにしても俺はこの紹介状を持って何処の誰を訊ねればいいんだ?
「ありがたく貰うけど、何処の誰を訊ねれば?」
「あー、それがよく覚えてないんだけどなぁ。確かセイズールに居るとかなんとか」
セイズールって言われてもそれじゃあ何処に行けばいいのか分からない。
それにシスティナと一緒に旅をしてるから彼女の同意も得なければ。
「その人の特徴は無いの?」
お爺ちゃんは超強い美人って言ってたけど。
「俺が覚えてる範囲だと、長い金髪で胸が控えめ……ただ超強くて美人だったのは覚えてるよ」
もしかしてこの人はあのお爺ちゃんのお孫さんか何かだろうか?
なんとなく大道芸人とお爺ちゃんの関係を推測し、口にするのは野暮だと思いながら息を吐く。
「地道に捜すしかないのかなぁ。というかセイズールで超強い人って誰だろう?」
「外の情報はあまり入って来ないからなぁ。ただ昔から剣聖レティシアの名はよく耳に入ってくるよ」
「俺、エルフ族に嫌われてるからたぶんその人じゃないかもしれない」
そうであって欲しい。仮に剣聖レティシアに宛てた紹介状だった。
『弟子にしてください!』
『無理、死ね』
そう言われて斬り捨てられる未来が見えるよ。
うん、紹介状の件はセイズールに到着してから考えるとして練気はこの街に居るうちに修得しよう。
そう意気込むと肩を掴まれ、振り向く。
満面の笑みを浮かべるシスティナと【祝福のひと時】で彼女を口説いていたサムライがそこに居た。
「ええっとデート中かな?」
「勝手に1人で突っ走るあんたを捜してる間に、勝手に着いて来ただけよ」
「酷いでござるなぁ! 拙者はアスラ殿の特徴を聴いて共に捜してたでござるよ」
「よく分からないけどありがとう?」
「いやいや、礼には及ばんでござるよ」
そう言ってサムライは屈託のない笑みを浮かべ、システィナが肩を握る力を強めた!
「い、痛いんだけど!?」
「今度から宿を確保してから街の散策に出なさい! それとスマホン! 何度も掛けてるのに!!」
言われて俺はスマホンを取り出し、着信履歴に青褪める。
システィナと別れてから二時間の間に五十件の着信履歴……気付かなかった俺が悪いなぁ。
「ごめん! 必ずスペシャルパフェと肉まんは奢るから」
「スペシャルケーキも付けて貰うわよ」
「いいよ! なんなら今から食べに行こうかっ!?」
肩の痛みから逃れる様に叫ぶとシスティナは満足したのか、肩を離してくれた。すごく痛かった。
「えっとキミもどう?」
「拙者も共に良いでござるか?」
「俺のこと捜すの手伝ってくれたんでしょ? それに罪人都市で見かけてる縁も有るしさ」
彼にも礼がしたい。システィナに視線を向ければ、彼女は勝手にすれば? と言いたげな眼で返した。
それなら遠慮する必要はない。というか懐が痛むのは俺だけだし問題はないよ。
「どうかな?」
「構わんでござるよ。それに練気に付いてなら拙者の方でアドバイスもできるでござる」
それは渡りに船かもしれない。特にアズマ極東連邦国出身で武士と呼ばれる彼なら!
「ところであんたはソイツの名は知ってるの?」
「そういえばまだ名乗ってなかったでござるな。拙者はカイ・エノシラでござる」
「カイか。うん、覚えたよ……ところでキミは人斬りを追っていたと思うけど」
「人斬りムラサメ・ヤクモと死合いを望んでござるが、突如現れた剣聖レティシア殿に両成敗されたでござる」
訳が分からない。何で剣聖レティシアは勝負に水を差す様なことを? それとも単に殺し合いを見たくないから止めたとか?
「えっと、殺し合いを止めたって認識でいいのかな?」
そう訊ねるとカイは遠い眼を浮かべた。
「アレは八当たりだったでござるよ。それに気付けば拙者はレティシア殿に弟子入り、ムラサメは何処に逃亡でござる」
「は? 罪王があの場所に居て逃げたっていうの?」
「何でも隠し持っていた短刀に魔術を斬る力が有ったそうな」
練気でも可能そうだけど、魔術を斬るためだけに特化した短刀ならそれを与えた何者かが居るのか、それともムラサメが用意していた切札だったか。
「人斬りが野放しになってるのはちょっと嫌だなぁ」
「同感ね。危険人物は早急に捕まって欲しいわ」
「拙者はもう一度死合いを望むでござるが、流石にナノール家の面々には一刻も早く捕まって欲しいでござる」
え、ナノール家ってあのアニ・ナノールの家族? なんとなく嫌な予感がしてシスティナと顔を見合わせ、
「蜂の巣からアニ、アネ、オトウト、ムスメが脱獄したでござる」
嫌な情報を齎された。
「蜂の巣って脱獄不可能って話だけどどうやって逃げたのよ」
「拙者は魔術の事は分からんでござるが、グレファス殿とレティシア殿が顔を引き攣らせていたのは印象的でござったな」
「あの2人がドン引きするような魔術? ……変態が使う魔術なんて考えたくもないわね」
これはお茶をしながら色々と情報交換もした方が良さそうだ。
俺達は街中から聴こえるリュートの演奏を耳に、システィナが楽しみにしていたカフェに向かうことにした。




