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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
罪人都市編
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04.知らない街並み

 はじめて廃教会の外に出た。

 棺で目を覚まして三度朝日が訪れて、その間に一度も外には出られなかった。

 全裸だったってのもあったけど、外から時折り聴こえる人の声と物騒な物音が少し怖かったからだ。

 記憶が無いから臆病になってるのか、それとも元々臆病な性格なのかは判らないけどーーシスティナの手に引かれて漸く出た外は、なんというか不思議だ。

 

「あーえっとぉ? 変わった光景だね」


 建物は見た事もない材質でガラス張りの高い建物と建設途中なのか剥き出しの建材、そしてあちこち砕けた硬そうな地面。

 道端に転がる石ころと看板、そして背後の廃教会の十字架。

 そして空を頻繁に飛び交い時に路地を覗き込むーー一単眼の生物も居る。

 うん、記憶は無いけど見て理解できる物は判る。

 例えば腰の朽ち果てた剣は一眼見ればそれが何の為に使うのかも判るけど、あの見上げなければならないほど高い建物が何かはさっぱりだ。

 見上げたついでに空も見上げると違和感に襲われる。

 空を見上げれば遥か高く浮かぶ太陽……それは辛うじて視認できる程度で昼間でも薄暗いほど。

 あんなに太陽は遠かったけ? いや、俺の勘違いだろう。

 違和感を勘違いと片付けた俺は再び変わった街並みに視線を戻す。

 変わった街並みを不思議そうに見渡す俺を見兼ねたのか、


「此処は罪人都市ゾンザイ。そこら辺の建造物は鉄筋組みコンクリートで建てられたビルよ。知らない?」


 知らない単語を並べながらビルと呼ばれた建物を指差した。

 

「たぶん田舎育ちだから知らないかな」


「まあ高層ビルなんて都市再建計画を実行中の此処か帝国の帝都ログレスでしか見ないわよ」


 それじゃあ知らなくても無理はないかもなぁ。だって語感から大きな町とかでしか使われてないとなるとね。

 

「なんで他であまり使われて無いんだ?」


「魔術の源である神秘は自然物や生物の精神に宿るからよ。あとは単純にお金と時間がかかるから」


 たぶん前者の理由より後者の理由の方が大きいのかも。

 今も工事現場で大勢の大人が作業中だし。

 工事現場から視線を外すとさっきも見かけた街のあちこちを飛び回る不思議な生物が居た。

 一つ目でまんまるの身体と背中の羽根、首は無いけどそんな姿が愛くるしいと感じさせる生物が。


「じゃあ先から飛び回ってるあの動物ぽいのは?」


「あれは……ヒトツメオオコウモリと言って魔術師の使い魔として使役されてるわ」


 魔術師、使い魔。これも聴き覚えが無い言葉だ。

 そのことに疑問を傾げているとシスティナが教えてくれた。


「簡単に言えば監視の為に放し飼いされてる動物よ。奴らの眼を通して罪王グレファスに伝わるの」

 

 罪王グレファス……罪王って悪そうに聴こえるけど先入観はよくないよな。

 ふと誰も通らない道の真ん中に視線を向けると、なんか箱っぽい物に車輪を付けた何かが高速で通り抜けて行った。


「……ええっとぉ、魔術の源は自然に宿る。使い魔とかはなんとなく理解したけど……さっきのはなに?」


「魔道車よ。魔術を媒体に魔石を動力炉にして走る車を知らないの?」


 知らないと首を振ればシスティナは何か考え込む様子を見せた。

 記憶喪失と常識の欠落。たぶん厄介な拾い物をしたと認識されてるのかな。俺だったらたぶん適当な理由を付けて放り出すかも。


「まあ私も魔道バイクは使うけど、車なんて高級な乗り物は滅多に見ないから詳しいことは知らないのよね。製造販売されたのもここ2、3年のことだし」


「あのビルとかは?」


「あれは10年ぐらい前にエルフ族とゴブリン族が古代遺跡で発見された古文書を解読して試しに建てられたのよ」


 新しい建築方式なのに古文書に記されていた? 昔の古代遺跡から発見されたって。


「それ、新しいって言えるのか?」


「さあ、少なくとも内容は覚書っていうか走り書き程度だったって聴いたけど」


「じゃあ車とか魔道バイクって言うのも古文書から?」


「そう聴いてるわ。ま、千年以上も昔って言えば冒険者ギルドがまだ存在してて冒険と夢に溢れていたって聴くけど……」


「伝承の魔人が暴れて何ヵ国も焼き滅ぼしたっていう時代ってことも有るから廃れたりするのも無理はないのかもねぇ」


 なにそれ? そんな物騒で恐ろしい存在が居たの?

 しかも何カ国もってことは結構な国が滅びたんじゃ? うわぁ、考えるだけで嫌だなぁ。圧倒的な力の前に蹂躙されるとか、うん、当時の人には悪いけど現代に生きてて良かったよ。


「この罪人都市にも伝承に記された魔人が遺産を遺してるって噂が流されてるけど……」


 何度か聴いて無視した単語。

 罪人都市って如何にも罪人ばかりが集まる都市って感じがして俺も実は罪人の一人でしたなんて、言われてそうで無視したいけどこれは無視しきれないわぁ。

 

「本物かどうかは実際に見てみないと分からないのよね。それに投獄城の罪王はすごい財宝を保管してるって噂だし、もしかしたら聖女の遺産もあるかもしれないわ!」


 遺産に想いを馳せるシスティナを他所に俺はこっちに手招きする人物に気付くーーなんだろう? 知らない細長い鉄、先端に穴が空いてる棒を肩にぶら下げた男がこっち見てる。

 とりあえず俺は手招きに応じてふらっと向かうと男はヒトツメオオコウモリを肩に乗せて笑みを絶やさず、


「お前、どうしてチョーカーをしてないんだ?」


「チョーカー?」


「ほらあっちの臍出しの少女もあそこの男女、あっ! 向こうの老人もみんな首にチョーカーをしてるだろ」


 言われて辺りを見渡せばみんなシスティナと同じチョーカーを首にしてるではないか!

 そして自分の首元に視線を落とせば、俺にはチョーカーが無い。

 それが無性に疎外感を感じさせてならない。

 むしろ街に溶け込みきれず浮いてるまである。


「えっとぉ、流行り?」


「この街に来た者は全員付けるほどの流行アクセサリーだな」


「何処に行けば買える?」


 金は無いけど売ってる場所は把握しておきたい。そう考えて質問すると男は笑みを深めた。


「おっとぉ、実はこの街に来た全員に無料で配ってるんだ。旅行に来たけど流行のアクセサリーを買うお金がっ! って困ってる人を憐れんだ統治者が無料配布を決断したんだ!」


 そんな善人が居るのかっ!? 

 驚く俺を他所に男は首にチョーカーを付けてくれた。


「これで君もこの街の仲間入りさっ!」


 男は笑顔で親指を立て、そんな優しい彼に対して俺は、


「ありがとう優しい人ぉ!」


 感謝の言葉を大声で伝えた。

 

「なに気にするな少年」


 そして男はクールに立ち去った。

 そんな彼の背中がカッコよく見えたのはきっと間違いじゃない。

 俺も困ってる誰かに親切で優しく在りたいものだ。

 まあそれが善意による押し付けにならない様に気を付けなきゃならないけど。

 おっと、そう言えばシスティナの話が途中だった。何も覚えてない俺に色々教えてくれる彼女に悪いことをした、そう背後を振り返ったら……。


「なにしてるの?」


 真顔でこっちを見詰めるシスティナと目が合う。


「ごめん、親切な人が手招きしてたからつい」


「親切? この街で親切な奴は大抵囚人よ……ん?」


 みんな囚人って。いくら罪人都市と呼ばれてるからって全員が罪人とは限らないと思うけど。

 

「アスラ……その首の物は?」


 首のチョーカーを指差すシスティナに俺は笑みを浮かべて答えた。


「さっき流行りのアクセサリーをタダで貰ったんだ。ほらみんな付けてるからさ」


 そう指摘するとシスティナは頭を抱えながら盛大なため息を。

 実は詐欺に遭っているのか? 彼女の様子から言い知れない不安感がたちまち胸の奥底から湧き出て、激しく心臓が高鳴る。

 高額金を請求されたらどうしよう。そんな不安を抱く俺を他所にシスティナは、


「爆弾チョーカーを自分から進んで付けるなんてバカなの?」


 そんな事を言い放った。

 首のチョーカーを見下ろした。鉄製で無骨な造りで何も飾り気は無い。それの何処が爆弾付きなのか。


「えっと爆弾付きって……これがぁ?」


「正確には罪王が持つ古代遺物でいつでも好きなタイミングで爆破させる為の記しよ」


「なんでそんな物騒な物を?」


「いい? 罪人都市に居る住人は罪を犯した死刑囚か、私みたいに裏ルートで罪王が持つ遺産を狙って侵入したか、政府絡みのきな臭い連中か商業ギルド所属の商人よ」


 罪人都市に送られる死刑囚だから爆弾チョーカーを付けられても仕方ないと言える。

 というか罪人都市が囚人の流刑場ならシスティナはそこに不法侵入した盗賊ってことで首にチョーカーを付けられた? あれ? 罪人都市の対応は間違ってないような気がする。

 だって死刑囚が逃げ出したら一般人が被害を受けるのは明白だ。


「……不法侵入って罪だと思うんだ、それも遺産目当てで」


「ぐっ! 正論だけどっ! 罪人都市に入ること事態は簡単だけど……簡単には出られないのよ、無実の人でもね」


「それってどういう意味だ? システィナは黒だけど俺は白の可能性が?」


「ちょっと私も白よ? それに此処じゃあ白なんて黒にされて当たり前のことなのよ」


「白が黒に変わる? それに簡単に出られないのは罪王って人に爆破されるからか」


「それも有るけど、出るには1人に付き1000万ゴールドよ! 私とあんたの分を含めて2000万ゴールドぉ!!」


 一千万? 二千万? ちょっと金額の規模が判らないけど、焦るシスティナを見るにとんでもない金額なのかもしれない。


「えっと1人1000万……それって金貨何枚分?」


「なに言ってるのよ、金貨なんて大昔の通貨はコレクターに売れば言値で買い取ってはくれるけど……流通してる通貨じゃないと支払いに応じてくれないわよ」


 そうなのかぁ。記憶喪失に加えて多少の常識も欠落してるなぁ。

 ああ、ますます俺はヤバい奴なのかもしれない。何処で何をして罪人都市に来て記憶を落としたのやら。

 そんな事を過去の自分に問い掛けてるとシスティナがポケットから財布を取り出して一枚の紙切れを見せた。

 それは中心に杖の絵柄が描かれた紙切れだった。


「なにこれ?」


「紙幣よ。中心に杖の絵柄これ1枚で1000ゴールドの価値が有るの」


「街を出るにはあと1900万ってことぉ?」


「そうよ、一般の商業ギルドで一月に得られる給料は30万ゴールド! そこから保険やら生活費を支払って手取りは10万ゴールド……1年で120万ゴールドよ?」


「2人で約17年……」


「それも一般の話よ。この罪人都市で得られる月収はせいぜい5000ゴールドで、残りは税として全て罪王の懐に入るそうよ」


 十七年どころじゃない。むしろ死ぬまで一生この街で働き続けることに……それは嫌だ。


「それは嫌だなぁ。他に簡単に出る方法は無いの?」


「それを今からご飯を食べながら話すところだったのよ……はぁ〜1000万ゴールドだけ払って残りは貯金する計画がぁ」


 聞こえてるよ? それ俺がタダ働き前提だよね? 嫌だよタダ働きなんて。

 そんな言葉は勝手に歩いて爆弾チョーカーを付けられてるから口にすることができなかった。というよりもシスティナは名前と服を贈ってくれたから責めてそのお礼もしたい。

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