20A.そっくりな人間
先程レオスから聴いた話が頭の中で反復して駆け巡る。
気晴らしにと鍛錬室で素振りしてるけど、どうにも集中しきれない。
だからと言って俺にできる事は次に備えることだけ。
「事が起こるまで待機かぁ」
レオスがジュリアス大佐と交わした取引は、端的に言えば軍部の極秘作戦についてだったらしい。
情報を掴んだレオスは些細をジュリアス大佐から得るために、宿町メジアンブルクの事件に関する全ての情報を用意して取引に着かせたそうだ。
そこまでする必要がある情報だったかは俺には分からないけど、システィナは何かを察した様子だった。
他のギルドメンバーも詳細は知ってるけど俺だけが何も知らない。
まだ入ったばかりだから重要な情報を教えるほど信頼されてないのは仕方ないこと。
頭の中に浮かぶ雑念を振り払うように鉄の直剣を振り抜く。
それがそれが剣筋に現れ、荒い斬撃が孤月を描く。
「荒れてんなぁ」
ジェイクの指摘に振り向き、
「このままじゃあダメだって分かってるんだけどね」
思わず苦笑を浮かべてしまう。
「何事も詰め込み過ぎはよくねぇのさ。お前はまだ入ったばかりでギルドメンバーの顔も把握してないだろ?」
確かにジュリアスの言う通りだ。俺にはまだ覚えるべきことが多いし思い出すべき事も。
「アイクとは軽くあいさつをしたけど、他のみんなとはまだかな」
「あー、っても明日にはほぼ全員が各地に散る手筈になってるからなぁ。此処に残るのは俺とアイネに酒場の職員だけになる」
それはレオスが言っていた『事が起こるまで待機』と何か関係があるのだろうか?
「それって近々の作戦と関係してる?」
「ああしてるな。まあ詳しいことは明日か明後日には話すわ」
どうやら全く信頼されてる訳ではないらしい。
その事が安堵の息と共に漏れたのも無理はないことかもしれない。
「おっと素振りも良いが今日は実行でや疲れたろ。もう休んで朝にでもやれ」
素振りを再開しようと鉄の直剣を構え直した途端にそんなことを言われてしまった。
まだまだ鍛錬を続けたいけど、ジェイクの言うことも一理ある。
疲労が蓄積してる状態で詰め込み過ぎるのも良くない。
俺は鞘に直剣を納刀し、ジェイクに一言かけてから用意された自室に向かった。
そういえばシスティナは自宅に帰ったらしいけど、彼女は何処に住んでるだろ。
ベッドに横になってぼんやりと頭に浮かんだ疑問。
ただそれはシスティナのプライベートを害することになるかもしれない。そう考えた途端、別に知らなくてもいいと結論付け……俺はそのまま眠りに就いた。
▽ ▽ ▽
やたら下半身が重い。
おまけに人の温もりが下半身に感じる。
寝てる俺にわざわざ誰かが訊ねに? 誰だろうと眼を開ければ、下半身に跨ったシスティナが俺を見下ろしていた。
何してるんだろう? そもそもシスティナはそんな大胆な行動は取らない。
俺と彼女は単に組んでるだけでまだ相棒と呼び合える仲じゃない。
しかも美少女と言われてもおかしくないシスティナが大胆に男の下半身に跨るなど有り得ない。
だからこそ俺は内心で問う。キミは誰? と。
「えっと、何してるの?」
「やっと起きたのね、寝坊助さん」
以前にも寝坊助と言われたけど、やはり目の前に居る少女はシスティナだ。
声も見た目も完全に。それでも行動に対する違和感が強く出る。
「俺に何か用? キミは今日1日は買い物して回るって言ってたけど」
それは嘘だ。昨晩、別れる時にシスティナはまた明日とだけ言っていた。
「気が変わったのよ。あんたと少し話がしたくなって」
やはり彼女は偽者! ……もっと情報を引き出すためにこのまま泳がせるのもアリか。
「奇遇だね、俺もキミと話がしたかったんだ」
俺は彼女の正体を知らない。男なのか女のかさえ。
変装の類にしても声も完璧だ。恐らく魔術か秘術なのは明白だけど、それにしても下半身に伝わる温かさはどうにかならないものか。
「その前に退けてくれないかな?」
そう伝えると素直に退けてくれた。
俺は身体を起こし、改めて偽者のシスティナに向き直る。
「それで何が聴きたいの?」
「あんたは、差別されて嫌じゃないの?」
システィナは差別事態を否定していた。
偽者のシスティナは差別に付いてを訊ねている。
むろん嫌じゃないと言えば嘘になる。正直言って差別も迫害も愚かしいとさえ感じている。
だけど俺のような髪の色と紋章を持つ者が迫害され差別される理由もある。
魔人の血筋かもしれない。それだけの理由、俺にとってはくだらなくて迷惑な理由だけど。
「差別も迫害も嫌だけど、これと言って実害を被ってるわけじゃないから現状を受け入れるしかないかな」
実際に暴力を振るわれたとかはされてない。
ただ露骨に険悪感を剥き出しに邪険に扱われているだけ。それだけならまだ何とか耐えられる。
「そっ。あんたはまだ酷い目に遭ってないのね」
記憶が無いから如何だったかは判らない。
実際にされてるかもしれないしされてないのかもしれない。
ただ長寿種が本気で害そうとするなら俺は記憶喪失で済まないことだけは断言できる。
例え偽者でもこちらを案じてるような視線さえ感じる。何か言うべきか。
こんな時に何を言うべきか、分からないな。
俺が思わず沈黙すると偽者のシスティナは静かに廊下に歩く。
「じゃあ今日のところは帰るわ」
そう言って立ち去って行った。
結局のところ何がしたかったんだろう?
彼女が立ち去った廊下を静かに見詰めると、アイネがひょっこり顔を覗かせ。
「丁度いい男手発見」
俺はベッドから立ち上がって身体を伸ばす。そしてアイネに視線を移す。
「何か手伝えることがあるなら手伝うよ」
「みんな嫌がるけど、買出しに行くわよ」
ただの買出しをみんな嫌がる? ちょっと意味が分からない。
▽ ▽ ▽
両手に山積みにされた買い物袋と梱包された荷物。
前をうきうきと歩くアイネ。なるほど荷物運びをみんな嫌がってるのか。
確かにこの量は重いし、買い物はまだまだ続きそうだ。
ただ手伝うと言ったからには途中で投げ出す訳にも!
俺が自分の発言に後悔してるとアイネが急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「しっ! こっちよ」
そう言ってアイネは路地裏に身を潜め、俺は荷物を抱えながら彼女に倣う。
というか荷物が目立ち過ぎて全然隠れられないなぁ。
「これに収納して」
手渡された収納魔石、最初から使えよとは思わなくもないけど有り難く使わせてもらおう。
俺は荷物を収納魔石にしまい、物陰からアイネの視線の先を追う。
そこにはガラス張りに置かれた店の展示品に悩ましげな表情を浮かべるシスティナと何処で見たような顔の少年が楽しげに笑っていた。
なるほど、システィナはデート中か!
「邪魔しちゃあ悪いから帰るね」
「え? いや、待ちなさい!」
帰ろうとしたら肩を掴まれてしまった。
俺には他人のデートを邪魔する趣味は無いのに。
「システィナのデートを邪魔なんて俺にはできないよ。それにアズマ極東連邦国には人の恋路を邪魔する奴は竜に喰らわれてしまえってあるじゃん」
「それ馬の間違えじゃなくて?」
「そうだっけ? ともかく邪魔するのはよくないよ。それにシスティナって容姿はいいけど人付き合いはあんまり得意な方じゃないでしょ」
それに愛想がいいかと聞かれれば、愛想もあまり良い方じゃない。
だからこそ彼女の出会いを邪魔するのは野暮だ。
「それは分かってるわよ。というか貴方はアレを見て真っ先に疑問に思うべきだけどね!?」
疑問に思うべきって。
システィナの隣に居るのは浅葱色の髪と頬に紋章が在る少年でしょ?
どこに疑問を感じる要素が? 訳が分からず首を傾げると、アイネが深々とため息を吐く。
「貴方は自分の顔と容姿も覚えてないのかしら? システィの隣に立ってるのは紛れもない貴方よ!」
なるほど? 道理でよく見る顔だなぁと。
この場合、あの少年は俺の姿を真似た偽者なのか生き別れの双子の兄弟と喜ぶべきか。
「俺に双子の兄弟っていたんだぁ!」
「貴方に双子の兄弟は居ないって断言できないところが面倒ね。でもシスティが気を許してる所を見るにアレは貴方の偽者よ!」
「なんだぁ偽者かぁ。でもシスティナなら気付いて泳がせてるんじゃない?」
昨日戦ったメイドが偽者だと即座に見破ったシスティナならその可能性が高い。
「確かにあの子ならそれぐらいするわ」
アイネが納得してる背後でシスティナがそっくりさんに引っ張られて移動を開始した。
その際に一瞬だけ見えたシスティナの表情は、きっと気のせいだ。
「2人とも移動したけど?」
何かを考え込むアイネに伝えると、彼女はにんまりと笑みを深めた。
「尾行するわよ」
「やる意味あるの?」
「尾行は鍛錬の一環にもなるわ。それに万が一の時にシスティを助けられないでしょ」
尾行が鍛錬の一環。そう言われてしまえばやるしかないなぁ。
尾行を開始するアイネに俺も静かに付いて行く。鍛錬の一環と面白そうな状況ーーそしてシスティナに接触している彼の目的を探るために。




