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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
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19.メイドの行方

 暗がりの夜道と喧騒の音。

 救護団の手によって倒壊したバロン公爵邸から引っ張り出される雇われと使用人の姿が目下に映り込む。

 痛む腹部を摩り、じんわりと痛みが伴う。


「痛いなぁ。ほんと容赦がない」


 盗賊のシスティナの噂は度々耳にしていた。

 容姿に関しては絶世の美少女、絹のように美しく長い銀髪と巨乳との噂が独り歩きしてるが実際には、可愛らしい少女だった。

 噂とは常に当てになるものじゃないがシスティナの実力は噂以上と見るべきか。

 まだこちらも全力を出した訳ではないが、それはシスティナも同じ。

 そもそも今回は聖剣の回収ついでにバロンを暗殺できればそれで良かったのだ。

 戦闘では遅れを取ったが目的の一つは達成した。

 そろそろメイドの皮を破り本来の姿に戻るべきか。


「人、多いな」


 変装を解きたいが兵隊や野次馬が貴族街に集まっている。

 あの騒ぎだ、野次馬が集まるのは無理もないことだ。

 一応バロン公爵に仕えるメイドに変装しているが誰にも姿を見られないに越したことはない。

 ただ変装ばかりしてると本来の自分を見失いそうになる。

 本来の自分はアポカリプスに所属し、情報収集と撹乱から陽動まで担うレックスだ。

 そう、自分はレックスという名の青年だ。

 頭の中で本来の自分の姿と役割を反復させ、不意に主人の顔が浮かぶ。

 浅葱色の髪に頬の紋章、背中の黒羽根を広げた自分の恩人……あの少年も同じ浅葱色の髪、それに頬に紋章が有ったな。

 主人と遠い親族かそれとも全くの無関係なのか。どちらにせよ、同じく迫害されているなら組織に招き入れないだろうか。

 その前に自分は少年とシスティナの関係性や彼の素性を一切知らない。

 それは向こうも同じことだが、組織に誘うなら素性を調査するべきか。

 喧騒の声を背にそんな事を考えていると足元に黒猫が擦り寄る。


「随分楽しそうだな」


 使い魔を通した主人の声に僕は使い魔を抱えた。


「同志になれるかもしれない奴を見つけてさ、一度は誘ったんだ」


「同志が多いに越した事はないが成功したのか?」

 

「しばらくシスティナと接触できないって言ったら断られたよ。それまでは聖女の聖剣を譲るなら付いて来る感じだったけど」


「…システィナか。彼女も来ればその人物は着いて来そうだが、恐らく難しいだろうな」


 システィナを誘ったところであの少年は着いて来るとは限らない。

 二人はそこまで親密な関係には無いようにも見えたが、不当に迫害され脅されてるなら少年がわざわざシスティナに着いて行くとは思えない。

 それにあの少年の眼には絶望も復讐心を感じられなかったな。


「確かに主人様の言う通り難しいかと」


「あぁ、シャルテアがシスティナと一悶着起こしたからな」


 その話はたった今はじめて聴いたが、シャルテアとさえ接触あるいはこちらの関係を悟らせなければ……んー無理。


「システィナは諦めて少年のスカウトに尽力する」


「そうしてくれ……待て、お前はなぜ帝都ログレスに来たんだ? というかさっき聖女の聖剣っと言ったか?」


 そういえば主人になぜ帝都ログレスに向かったか、その理由をまだ伝えてなかった。

 

「バロン公爵が聖女の聖剣を確保したとの噂の真意と軍用生物に付いて調べるためにだよ……ついでにバロン公爵の暗殺と聖女の聖剣の回収が目的だけど」


「ほう……いや、待て待て! 聖女の聖剣はこの際回収しても構わないがバロン公爵の暗殺は待て!」


「えぇ、もう紅茶に遅効性の猛毒を盛って飲ませた後だよ」


「ほんとお前達は行動が早いんだから!」


 主人様の叫び声が使い魔越しによく響き渡る。少し煩い。

 それにしてもバロン公爵の暗殺を待つのはなぜだ? 彼は迫害される弱者を、自分達の同胞を実験の被験者に使っていたというのに。


「殺されて当然の事はして来た奴だよ」


「それは知っているが、だからこそ組織の長として奴は見せしめに裁かなければならなかった」


 確かに同胞はバロン公爵をはじめ迫害主義者を強く恨んでる。

 自分もその一人だ、特に剣聖レティシアや長寿種はもっと許せない。


「剣聖レティシアを処刑した時こそ我々の怨みは少しは晴れると思うが?」


「お前はアレを殺せるか? アレと事を構えるにはそれこそ魔人の力が必要だ」


 魔人を復活させるか魔人の力を再現させ、世界を滅ぼす。

 最終計画の前に剣聖レティシアは間違いなく障害になるが誰も彼女に勝ち筋が無い現状だ。

 かといって剣聖レティシアを殺す手段として魔人を復活させるのでは本末転倒な気もする。

 

「本物の魔人の遺産はあと幾つ在るんだか」


「一つは回収した。先祖の妻が遺した古い手記によれば、魔人が所持していたのは、剣、コート、グローブ、ブーツ、ペンダントと指輪だそうだ」


 ペンダントと指輪なら心当たりがある。

 いずれもセイズールの非常に厄介な場所に在るとの噂だが……どっちにしろ一筋縄ではいかない。それに偽物の可能性も充分に考えられる。


「6つか。先はまだまだ長そうだなぁ」


「魔人の遺産の一つである剣は手に入れたが、果たして本物かは判らん」


 本物と断言できるのはかつて魔人と激闘を繰り広げた剣聖レティシアか、その時代を生きた者達に限られる。

 それとも古代図書館になら魔人に関する記述が残されてるのか?

 ただ聖女の聖剣も真っ赤な偽物だった件を考えると本物の遺産はもう失われてるのかもしれない。

 それでも僕達は魔人の遺産に秘める可能性に縋るしかないんだ。


「僕に心当たりが有るから今度はそっちに向かってみるよ」


「あぁ、頼むと言いたいところだがお前は一度戻って来い」


 戻れと言われても拠点からセイズールは遠い。だったらあと数日の内に到着する山岳竜街に潜伏してセイズールに入り込んだ方が面倒も少ない。

 だけど主人が帰って来いと言うんだから従う他にないなぁ。


「分かった、一仕事片付けてから帰るよ」


「必ず帰って来るなら構わないさ」


 許可も得たところで僕が背後を振り向くと魔導銃の銃口を構えた兵隊が居た。


「貴様は何者だ!」


 敵は一人。それなら対処は簡単だ。

 自身の変装を解き、驚く兵隊を他所に槍で心臓を一つ突き。

 血反吐と胸から溢れる血が屋上の地面を汚し、兵隊は僕を睨みながら事切れた。


「その眼はお前らがしていい眼じゃあない。ましてやそんな権利は無い」


 ケルドブルク軍はどれだけ迫害対象者を弄んだことか。現に今も罪人都市ゾンザイを落とすために特攻させてる。

 意志と思考を奪い命令に従順な人形に教育された彼らにはもう自由意識さえ残されていない。

 思わず槍の柄を強く握り締め、掌から血が滲む。


「……あの少年はまだ絶望してない。それはシスティナのおかげなのか?」


 知る必要がある。もしもの時はシスティナの殺害さえ厭わない。

 僕はこの時知る由もなかった、バロンに盛った毒は救護団によって解毒されてることを。

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