18.聖剣少女
レオスを初め盗賊ギルドメンバーに囲まれた聖剣の女の子が頭を抱えて震えている。
無理もないよね。レオスを筆頭に女の子を威圧してるんだから。
それにしてもアイネとジェイクは知ってるけど、他のメンバーははじめて会うなぁ。
というか酒場で働いていた人達が誰も居ない。というかエルフ族の少年も居る。
辺りを見渡すと聖剣の女の子がこっちを見上げた。
「た、助けなさいよ! 今なら絶対な力を得られるチャンスよ!」
相変わらず偉そうだし、そんな扱いの難しい力は結局力に振り回されるだけだから要らないなぁ。
「システィナ、盗賊ギルドのメンバーって全員?」
「んー? 何人か不在ね。というか助けを求められてるわよ」
俺よりも強そうな盗賊ギルドメンバーからどうやって助けろと?
というかシスティナとジェイクの二人にすら勝ちを得たことないからね。
「絶望的な戦力差に挑むほど蛮勇じゃないつもりだよ」
「素人でも空間を斬り裂く力を得られるのに!?」
俺は記憶喪失だから分からないことも知らない事も多いけど、これだけは言える。
「制御できない力に意味なんてないよ。それにキミは剣でありながら人の形を得てしまった……俺にはキミを武器として使えないよ」
制御できない力は身の破滅は愚か周囲を巻き込んで暴走してしまう。
それに剣は武器として、そういう物だと認識してるからこそ扱えるんだ。
「……そういうわけだから大人しく溶かされなさい」
聖剣の女の子に対してシスティナが無情な判決を下す。
あの力を間近で見てしまった以上、システィナの判断はある意味で正しい。
それでもあの子は曲がりなりにも聖剣だ。有事の際は人類を救う武器になるかもしれない。
「魔人に似た存在がまた現れないと限らないんだから封印に留めたら? そもそも聖女縁の遺産に対して教会がアクションを起こさないのも変だよね」
レオスに視線を向けると彼は邪悪に嗤った!?
「少年の言う通りソレが聖女の遺産の一つならば教会に渡す義務がある。しかしアムゼル大司祭は……」
「レオス殿、それはわしが話す」
レオスが言いかけるとカウンターの奥から司祭服を着た老年の男性が現れた。
彼がアムゼル大司祭? というか彼が此処に居るのはレオスが呼んだからかな。
そんな事を頭の隅にしてるとアムゼル大司祭に全員が注目する。
「まず一つ、その子は聖女の聖剣ではない」
「……」
自身の存在を否定された聖剣の少女が無言で眼を見開く。
無理もないよ。恐らく千年前に聖剣として鍛造されたのに、聖剣じゃないって否定されてしまったら。
「聖剣じゃないならあの力は何よ? それに意志を持ち人の姿になる聖剣なんて聴いたこともないわ」
システィナの疑問に俺も頷く。
聖剣ならあの力にも納得するけど、そうじゃないならあの秘めた力に説明が付かない。
「……それは教会の秘匿事項に該当するため些細は話せんが、かつて魔人討伐のために鍛造され聖女エリンが扱う筈の大剣だった」
「聖女エリンの手に渡る前に魔人が討伐されたってことかしら」
「……うむ。魔人との戦いは苛烈を極め聖女エリンが使用していた聖剣は戦闘の衝撃で折れてしまってるのだ。しかしその折れた聖剣は現在もエリン大聖堂に厳重に保管されている」
「じゃあ教会は聖女の聖剣がバロン公爵の手に渡ったから盗賊ギルドに依頼を出したってこと?」
「左様、教会も半信半疑ではあったが残された文献と資料を紐解くうちに彼女の存在が明らかになったのだ」
それで盗賊ギルドに聖女の遺産の回収として依頼を出したのか。
事情は察したけど結局のところ彼は聖剣の少女が何者かすら話していない。
それだけ教会に都合が悪い……いや、魔人という強大な敵を倒すために後世に語り継げない方法を選んだのかもしれない。
あくまで俺の憶測だけど、その上で教会は聖剣の少女をどうするのかな。
「えっと話は理解したけど、結局その子をどうするの?」
「有事の時以外は封印処置を施し厳重に保管するのが上からの通達ではあるが……」
アムゼル大司祭は顔を伏せずっと無言の聖剣の女の子に視線を向ける。
彼にも人の姿を得た女の子をどうするのか判断に迷ってる様子が見える。
武器として封印するか人として自由を与えるのか、後者は血に飢え人の身体を自在に操れる力が自由の身になる危険性が高い。
その危険性は報告を受けた盗賊ギルドメンバーは理解してるからこそ誰一人口を挟む事はしなかった。
俺も正直に言えば危険性を考慮して有事の時以外は封印した方がいいと思う。
ただ、目の前に居る女の子を封印するというのにはやはり抵抗を感じる。
割り切るか危険性を承知の上で同情心を取るか、誰しもが唸ると。
「先から黙って聞いてれば、わたしにはマナって名前があるの!」
「……そっ、あんたはマナって言うのね。じゃああんたはどうしたい?」
システィナは本人に問うた。
この会話にギルドマスターのレオスがずっと黙りを決め込んでるのが謎だけど、まさか彼は既にどう転ぶか予測してる?
俺がそんな疑念を抱くとマナが立ち上がった。
「わたしは聖剣としてそこの男に使われたいわ!」
なんで俺を指差して指名するの? というかさっき断ったはずだけど。
「あんた、なんでアスラに拘るのよ」
「それはねぇ、この中でわたしの真価を十全に発揮できる素質を秘めてるからよ! まああなたでもいいけど」
「大剣は速攻主体の私に合わないわ。というかさっきも言ったけど邪剣の類はお断りよ」
「さっきも言ったけどわたしは聖剣よ!!」
自称が付くのかなこの場合は。俺がそんな事を考えるとアイネに脇腹を小突かれる。
「貴方はどうなの? あのかわいい女の子を手元に置くか、それとも非道にも見捨てるか。どっちを選ぶのかしら」
「なんか悪意のある言い方だね。でもまぁ、実力者でマナを制御できる。かつ人格者が面倒を見るなら誰も文句は言えないんじゃないかな」
「だから俺はアイネが適任じゃないかと思ってるんだけど」
アイネに告げると彼女は眼を丸くし、盗賊ギルドメンバーが次第に騒つく。
「確かにアイネなら……」
「システィナの面倒も見てたしな」
「かわいい子ならウェルカム精神のアイネなら適任だわ」
そもそも他に頼れそうな人が居ないというのも事実だ。
というのもこの中で知ってる人はシスティナを除いてレオス、アイネ、ジェイクの三人だけ。
その中で同性かつ女の子特有の悩みを聴いてあげられるのはアイネだけだ。
システィナ? 彼女はあの通りマナを拒否してるからなぁ。
「ふーん、確かにあなたも相当な実力者ね!」
マナも乗り気みたいだけど、
「さあ毎日わたしの飢えと渇きを満たしてちょうだい!」
そういうことを言わなければ話が早く済むんだけどなぁ。
「血を与えることはしないけど……ふふっ、しばらく楽しくなりそうね」
そう言ってアイネはレオスの最終判断を聞く前に、マナを連れて自室に向かった。
「待ってよ! わたしに何をする気なのっ!? こ、こわいよぉぉ!!」
アイネの自室から響き渡る叫び声に俺は思わず何事かと見上げ、
「アイネは面倒見がよくて優しいお姉さんだけどね、教育に関しては厳しいのよ」
システィナがため息混じりにぼやいた。
「キミもアイネから教わったの?」
「色々とね」
その時のことはあまり思い出しくないのか、システィナはぼかした表現をした。
それにしてもマナはアイネが面倒を見ることに決まったけど、レオスとアムゼル大司祭はそれでいいのかな? 二人に視線を向けるとレオスの口元が歪む。
「はぁ〜スラムの悪ガキが言った通りの展開になったな」
「部下の性格からしてアレを道具して扱う事は不可能だからな。それに他にもアレと似た存在が実在するならばいずれ役に立つ」
初仕事はマナの回収から処遇までもがレオスにとって予測の範疇だったのか。
どこまで予測してるんだろう? ちょっと末恐ろしいさを感じる。
俺が改めてレオスは警戒すべき人物だと認識すると、
「さて、少年とシスティナは後でわたしの執務室に来い」
それだけ言い残してレオスは自身の執務室に向かった。
恐らくシスティナが面接の時に質問した事を話してくれるのだろう。
彼の下に向かう前に、こっちを見てるエルフ族に話でも聴いておこうかな。
エルフ族に近付くと彼は柔らかな笑みを浮かべた。
これで毒を吐かれたら俺はしばらく立ち直れないなぉ。
今まで遠目から見て来たエルフ族の対応から内心で警戒して。
「あいさつが遅れてごめん。俺はアスラ、キミは?」
「ボクはアイク。エルフ族だけど君に対する偏見は無いから安心して。いや、その前に同胞の態度を謝るべきかな」
あ、彼は滅茶苦茶良い人だ!
「キミが直接どうこうした訳じゃなんだから気にしなくていいよ」
「そう? 普通なら怒ってもいいと思うんだけど、君は情報通り人が良いんだね」
「情報? 俺はそんなに噂になるよなことはしてないけど」
「君はあらゆる意味で注目されてるんだ」
正直注目される理由が皆目見当も付かない。
不思議そうに首を傾げてみるとアイクは笑った。
「まあ噂の渦中にある者ほどなんのことかさっぱりだよね」
「うん、心当たりなんてないからね」
「まあ大半の理由が一匹狼気質のシスティナが連れ帰って来たこと。罪王グレファスと対峙して無事に生還したことなんだけどね」
「罪王グラファスが本気だったら今頃は死んでるか牢獄に捕まってたと思うよ、それにシスティナが居たから無事だったんだ」
「いやいや、つまらない罠でシスティナを救出するために危険を省みず行動したそうじゃないか。その点も評価されてるんだよ」
純粋に評価されるのは嬉しいけど、むず痒いなぁ。
でももう少しアイクとは話したい。具体的にはエルフ族が俺のような容姿を迫害する歴史や魔人に付いても。
聞きたいことを声に出しかけた時だった。システィナが右手を引っ張って歩き出したのは。
「アスラ、そろそろレオスの所に行くわよ……待たせると嫌味が炸裂する」
「あのぉ〜まだアイクに聴きたいことがぁ」
「それは後よ。だいたいアイク、あんたはしばらくギルドに居るんでしょ?」
「遠出から帰って来たばかりだから、少しの間は居るよ」
アイクの返答に違和感を感じるも、訊ねる前に俺はシスティナに引っ張られレオスの下に向かうことに。
あーそんな優しい笑み見送らないでぇ〜。




