表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
45/62

17.隠し部屋の遺産

 本当に迷路のような廊下を何度も迷って、遭遇した雇われと戦闘を繰り広げて漸く三階の西廊下の最奥まで辿り着いた。

 だけど既に先客が居るのか、隠されていた筈の隠し扉が解放されていた。

 

「待伏せか先客か」


 システィナは両手に二本の短剣を構え、慎重に隠し部屋に踏み込む。

 俺は背後に警戒しながら後に続くと、暗がりの部屋から拍手が鳴った。

 拍手に振り向くと暗がりの部屋、机に座る一人のメイドが不敵な笑みを浮かべる。

 その背後には金庫と鞘に納められた一振りの大剣が在る。恐らくアレが目的の物なのだろう。

 それに相手は一人だけど待ち伏せだ。まだ何かあるかもしれないと警戒を最大限に引き上げ鉄の直剣を構える。


「迷宮化した公爵邸をここまで早く突破するなんて、恐れ入りますわシスティナ様」


 メイドが賞賛の声を奏で、システィナが訝しむ。


「あんた……誰よ」


 それは顔見知りに対する質問か、それともシスティナが全く知らない者に対する質問?

 疑問に感じた俺は彼女に視線を移すと、警戒心を顕にメイドを睨んでいた。


「おや? システィナ様とはこれまで侵入の度に何度も手合わせしておりますが?」


「確かに何度か戦った顔だけど、それでもあんたは誰? 私が知ってるメイドは私を様付けなんてしないわよ」


 システィナの指摘にメイドは一瞬顔を顰めるも、すぐに平静を取り戻す。

 それはシスティナが知るメイドは偽者を意味するのかな。だとしたら昼間に何度か聴いた見間違えの件もひょっとしたら目の前の人物の仕業?

 

「冗談ですよ。たまには顔見知りに様付する悪戯をしてみたくなりましてね」


 メイドは立ち上がり、側に置いていた短剣を手に持つ。

 瞬間、システィナは音を置き去りにメイドの目前に迫る!

 同時に振り抜かれた二本の短剣がメイドの短剣を一瞬で弾き飛ばし、渾身の回し蹴りがメイドの腹部を穿つ!

 衝撃に負けて壁に衝突するメイドが口から吐血し、床に膝を付く。

 一瞬だし! 女の子相手でも容赦ないし!

 もう無力化されたと驚愕する一方、システィナは訝しんでいた。


「もう決着は付いたんじゃないの?」


「蹴った時の感触がさぁ、男の腹を蹴った時と似た感触だったのよね。でも目の前のメイドはどう見ても女なのよ」


 それは妙な話だけどそれだけ腹筋が硬いとか?


「腹筋がやたら硬いとか?」


「いやぁ、何度も蹴り飛ばしてるけどアイツの腹筋はもっと柔らかいわ」


 何度も戦ってるシスティナだからこそ感じる違和感と偽者のメイド。もしかして。


「まさか男?」


「変装魔術にしたって完璧に変装は難しいと思うわ」


 警戒を怠らず、メイドを注視すると彼女は平然とした様子で立ち上がる。


「浅葱色の髪と頬の紋章……よく男だと疑問に感じましたね」


「魔術が存在してるんだから可能性はゼロじゃないから……まあ違ってればそれで構わないんだ」


 正解を導くのは今はじゃない。

 今は彼女の背後に在る目的の資金と聖女の聖剣を奪うことだ。


「それで、キミはシスティナに勝てるの?」


 できれば大人しく引き下がって欲しい。

 そう願って問いかけるとメイドは笑みを浮かべる。


「そうではねぇ、貴方がわたしと共に来ると言うなら譲って差し上げますよ」


「あ、本当? じゃあ資金と聖女の聖剣は貰うね」


「えぇ、ですが流石に断り……いまなんと?」


「私も聞き返すわ。いまなんて?」


 二人に聞き返されてもなぁ。

 単に着いて行くだけで目的が達成できるならそれに越したことはないはずだ。


「うん? だから外まで着いて行くだけで目的の物が奪えるならいいかなって」


「あんたが何されるか分かったもんじゃないからダメよ。それにほいほい安請け合いしない!」


 怒鳴られってしまった。いや、それも仕方ないことだ。

 システィナは俺の身を一応心配してくれてるんだから怒られても仕方ない返答をしたのも確かだ。


「一応言っておきますが、同行するなら彼女とは気軽に接触できませんしさせませんよ」


 それは困る。システィナにはまだ恩だって返せてないし、仕事の初日で離脱なんて無責任だ。


「えぇ〜じゃあ奪い盗るしかないなぁ」


 鉄の直剣を構えるとメイドは背後の壁に飾れていた聖女の聖剣を掴んだ。その時だった幼げな声が響いたのは。


「血……血を、人の生き血を刃にっ!」


 メイドとは全く違う声が何処からともなく響く。ってか物騒なこと言ってるよ!


「……気のせいかしら? その聖剣から聴こえた気がしたんだけど」


「まさかぁ〜物が喋るわけないじゃん。いくら魔術とか秘術を使ってもそんなファンタジーな」


「台詞からしてホラーよ」


 俺とシスティナは恐る恐るメイドの方に視線を向ける。

 聖剣を握ったメイドの顔は青ざめており、


「え? 喋るとか聴いてない、なにこれ、こわぁ」


 恐怖のあまり聖剣をこっちに投げた。

 咄嗟に聖剣を掴み、その重量に負けて思わず床に先端を落としてしまう。

 

「いったぁ、もっと大事に扱ってよね! 聖女エリンの聖剣なんだから!」


 今度は聴き間違いでもましてや幻聴でもない。

 声は明らかに聖女の聖剣から発している!


「……そっかぁ、伝説の聖剣ともなると喋るのかぁ」


「世の中って広いのね……あ、それはこっちに近づけないでもらえる?」


 恐怖に頬を引き攣らせたシスティナがそんな事を。

 というか結果的に聖剣が手元に渡ったけど、あとは資金だけって事でいいのかな?


「はっ! 思わず投げてしまいました! あの、返してもらえませんか?」


 返せと言われてもコレを盗みに来たんだよ。


「嫌だよ、これは必要な物だから」


「まあ! このわたしを必要と言うなんて! うんうん、剣を扱う適性も高いし……全員斬り伏せちゃおうか!」


 なんだこの聖剣、邪悪な発言してるから邪剣とかその類じゃないのか?

 そんな事を呑気に頭の中に浮かべた時だった。聖剣を握った左手が俺の意識とは裏腹に勝手に動き出したしのはっ!

 勝手に身体を使われてるっ! 拙い、よく分からないけどこれは非常に拙い! 

 俺の意識とは無関係に身体が勝手に薙ぎ払いの構えをっ!


「みんな伏せてっ!」


 俺が叫ぶとシスティナとメイドは同時に床に伏せ、部屋の壁に光の一閃が走った。

 壁に走った線がズレっ!?

 轟音に耳がつんざき、土埃に視界が覆われる中、俺の左手から聖剣が滑り落ちた。

 何があったのか、訳も分からないまま周囲を見渡す中、室内だというのに風が吹き込む。

 やがて風が土埃を晴らし……天井には星空が浮かんでいた。


「星空……え?」


 室内の天井に星空が浮かぶはずがない。そう思って周囲を見渡すとようやく理解してしまう。

 聖剣に身体の自由を奪われ、自分が何をやったのかを。

 武器に身体の制御を奪われ、聖剣から逃れられず聖剣の力を振るってしまった結果、公爵邸が斜めに崩れた。

 しかも見渡す限り光の一閃は広範囲に渡り、隣の屋敷やその奥の屋敷の屋根を切断していたのだ。

 なんて恐ろしい力を秘めてるんだ! 聖女の聖剣が宿す力に恐怖と危機感を抱くとシスティナが辺りを見渡し、


「あら〜見晴らしがいいわね」


 呑気な事を口笛混じりに言った!?


「いくらなんでも呑気過ぎじゃないかな!」


「アレはあんたの責任じゃないわ。その聖剣に無理矢理使われたことぐらい私には判るわ」


 そんなの見て判るものなのかな? 少なくとも他の人はそうは思わないはずだ。

 例え聖剣に使われたとしても、それは俺が抵抗できないほど弱かったからに違いない。

 だからこれは俺の責任だ。


「そうは言ってもこれは俺に責任があるよ」


「……まあこの件はレオス達と協議する事になるでしょうけど、そういえばアイツは?」


 ふと周囲を見渡すとメイドは居なくなっていた。

 それともさっきの衝撃に巻き込まれてしまったのか。

 嫌な予感が頭に過ぎる。


「まさか、巻き込まれて?」


「それは無いわ。よく見て、周辺には私が蹴った時に吐血した血痕だけで他には土埃に残った足跡だけよ」


 言われて足跡を辿るとそれが外に向かってることが分かる。

 さっきのメイドはあの混乱に乗じて逃げたようだ。

 

「はぁ〜よかったぁ〜」


「それに関しては不幸中の幸いってところかしらね」


 そう言ってシスティナは金庫に歩む。

 そして彼女は靴底から針金を取り出し、金庫の施錠に差し込んだ。

 何度か針金を弄ると施錠が外れ床にゴトンと落ちた。

 鮮やかな盗賊の技術に思わず見惚れ、システィナは金庫から取り出した大きな金袋を肩に担ぐ。


「わざわざ硬貨にしてるなんて嫌がらせ?」


 金袋を担ぐシスティナは重そうだ。

 

「変わろうか?」


「今のあんたじゃ無理よ。それにその聖剣は触りたくないわ」


「なによぉ〜」


 ついさっきまで大人しかった聖剣が声を上げた。

 

「人の身体を勝手に使う邪剣の類いなんて触りたくないって言ったのよ」


 その邪剣の類いを運ぶのは俺ですか、そうですか。

 

「ペチャパイツルペタンコ!」


「なんか幼稚なこといい言いはじめてる」


「コイツ、後で溶かして金に替えようかしら?」


「や、やめてよね! 鍛造されてから一度も使われなかったのに溶かすなんて!」


 うん? 伝説の聖剣なのに鍛造されてから一度も使われなかった?

 聖女エリンが魔人の討伐に聖剣を使用したならに使われてるはず。


「あんた、本当に聖女エリンの聖剣? だいたい聖剣はエリン教会が保管してるはずなのになんでバロン公爵が持ってるのよ」


 確かにそれも変な話だ。管理中に紛失したとかなら判らないでもないけど、それならバロン公爵がエリン教会に返還するのが筋だ。


「知らないわ。気付いたらちょび髭オヤジに飾れてたんだもん」


「バロン公爵があんたを手にしたのは間違いのね」


 バロン公爵ってちょび髭オヤジなんだ。

 はじめて知った情報を心の内にしまうと突如聖剣が光を放った!

 眩しい、聖剣に何が起きたって言うんだ? それともまた何かするつもり!?

 咽喉が鳴る。光を遮り聖剣に視線を向ける……なんか大剣の形がみるみる人に変化してる?

 何か有り得ない光景を眼にしてる気がするけど、光が収まる頃には金髪の幼い女の子が偉そうに立っている。


「……えっと、迷子?」


「……ごめんアスラ、頭が痛くなってきたわ」


 システィナは女の子から顔を背け、頭を抱えた。

 何の前触れもなく聖剣が人の姿を待てばそうなるよね。というか俺も頭を抱えたいよ。

 沈黙が流れ、次第に外から騒ぎ声が響く。

 外に視線を向けると騒動を聞き付けた雇われや兵隊が駆け付けていた!

 あれだけ騒ぎを起こしたんだから無理もない。とにかく脱出しないとっ!

 

「どこから逃げる!」


「ゲイルス広場方面よ!」


 金袋を肩に担ぐシスティナが先行してゲイルス広場の在る方角に走り出す。

 そして彼女はそのまま外に向かって飛び降りた。

 ここで立ち止まっていたら捕まる。

 きっと酷い眼に遭うだろう。

 俺は聖剣だった女の子を肩に担いでシスティナの後を追った。

 落ちる際に気弾が飛来するのが見え、轟音と絶叫が庭から響き渡ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ