15.初仕事の時
夜の帷が深まり、都市が静寂に包まれ実行の時が訪れた。
バロン公爵邸から近い屋敷の屋上で姿勢を低く、暗闇に包まれた公爵邸の様子を窺う。
「此処から何が見える?」
システィナの問い掛けに注意深く公爵邸を観察する。
昼間に見た二人組の門番が壁を背に眠り、庭の銅像に埋め込まれた魔石が怪しく輝く。
それ以上に動く影も見えないな。
「寝てる2人組の門番、庭には銅像……他に人影は見えないかな」
「私の眼からも同じ情報が見えてるわ。ただ公爵邸の中は暗くて見えないわね」
恐らく闇に紛れて雇われた人達が待ち構えてるに違いない。
なるべく静かに潜入したいけど、門から潜入すれば怪しげな銅像を通って正面玄関からじゃないと入れないな。
「裏庭の外壁から潜入した方が安全そうかな」
裏庭辺りなら厨房に続く入り口か裏口が在るはずだ。
そう思ってシスティナに提案すると彼女は静かに首を横に振る。
「それも正解の一つだけどバロン公爵邸の裏口は既に封鎖されてるわ」
「当然正面から入り込めば銅像に埋め込まれた魔石が作動するわ」
「それなら何処から侵入を? 地下室の入り口が何処かにあるとか?」
「屋上から侵入するのが手っ取り早いわ」
確かに此処からバロン公爵邸の屋上まで近いし、降りる手間も省けるけど俺じゃあ届きそうにないかな。
「俺はあそこまで跳べないよ」
情けないけど素直に告げるとシスティナが笑みを浮かべる。
クールでかっこいい笑みだ。ただその裏に悪戯心を感じるのは気のせいかな?
「私が抱えて跳ぶから大丈夫よ」
さらっとかっこいい事を言える彼女は正にイケメン少女だと思うけど、それは流石に恥ずかしい。
「それはちょっと恥ずかしいかなぁ」
「他に手段なんて無いでしょ」
確かに安全に侵入となると他の方法を探ってる時間も無い。
今は大人しく彼女の指示に従うけど、力を付けたら今度は俺がシスティナを抱えて跳んでやろう。
責めての虚栄心を胸に秘めるとシスティナが練気を練り始めた。
そして練気が全身を包み、一瞬だけシスティナの身体がブレ……なぜか彼女は二人に増えていた。双子だったの?
「システィナって双子だったんだ」
俺のそんな言葉に二人のシスティナがじと目を向け、互いに顔を見合わせた。
「面白い反応するね?」
「そういえばコレを見せたのは初めてになるわね」
「あー、思い出したわ。あの時の怒りと恨みをいま晴らしてやろうかしら」
なんだ? 俺が一体何をしたと言うんだ?
「どっちが姉で妹か分からないけど、たぶん初対面だよね」
「双子じゃないからね? いま私の隣に立っているのが分身よ」
隣と言われてもどっちも本物のシスティナに見えるなぁ。
それにここまで本物そっくりで分身にも人格があるのも不思議だ。
「分身、分身かぁ……それでシスティナは分身を作って? 呼び出して??」
「原理は練気で自身の複製を生み出すだから作るでいいわよ」
「それと分身を作ったのは此処で気弾を撃てるように待機してもらうためね」
システィナが言うやいなや分身が掌で圧縮された練気……球体の気弾を生成してみせた。
練気はそんなこともできる事に驚きながらも俺が此処に居る必要性が益々感じられなくなる。
「分身は私とアスラの突入後、騒ぎが起きたら銅像の魔石を気弾で破壊して」
「分かったわ。その後は勝手に消えていいのかしら?」
「そうねぇ〜撹乱してくれると助かるわ」
分身に指示を与え終え、
「ああ、雇われからも守ってあげるから安心しなさい」
俺を抱えシスティナが跳躍と同時に耳元で囁いた。
本当にシスティナはイケメンだと思うよ。
▽ ▽ ▽
バロン公爵邸の屋上に着地したシスティナは俺を降ろして、屋上から下のテラスを覗き込んだ。
倣うようにテラスを覗き込むと開けっ放しの窓がある。
素人だけどアレは明らかに罠だなぁ。
あそこから入り込めば待ち伏せに遭う可能性の方がずっと高い。
「罠かな」
「罠だから屋上の扉から入るわよ」
そう言って屋上の扉にシスティナが近付く。
そういえばまだ公爵邸の何処に向かえばいいのか聴いてなかったな。
「それで目的の物は何処に?」
質問にシスティナは歩みを止め、ポケットから一枚の紙切れを取り出す。
そして紙切れに視線を落とすとーー恐らくメモだろうと静観してるとなぜかシスティナはメモを破り捨ててしまった。
「ど、どうしたの?」
「あんの酔っ払いっ」
酔っ払いだけで誰なのか分かってしまったのはきっと不思議な事でもないのだろう。
付き合いは非常に短いけど、俺が接触して来た中で出発直前まで酔っ払っていたのはジェイクただ一人だ。
しかしジェイクがシスティナに渡したメモの内容は本来なら何処に資金と聖女の聖剣の保管場所を記したものになるはず。
いくらジェイクだって作戦中のシスティナを揶揄う真似はしないと思う。たぶん。
「メモには、そのなんて書いてあったのかな?」
「……洗剤と石鹸よ」
買い物リストか何かかな?
「えーと、前回の保管場所は?」
「前回まではバロン公爵の寝室だったわ。だけど保管場所を変更したって情報があるの」
つまり目的の物はバロン公爵邸の何処かに。
無闇に公爵邸内を捜すのは危険すぎるな。
俺がどうするべきか悩むとスマホンから着信音が鳴り響く。
画面に視線を向け、着信相手に思わず眉が歪む。
出ない訳にもいかないから通話に出ると。
「ふむ、ジェイクがメモを取り違えたそうだな」
「うん。無闇に探索するのは危険だから一旦引き返すべきかな?」
「三階西廊下、最奥の壁を調べろ」
それだけ言い残して通話が切れてしまった。
スマホンをポケットにしまうと嫌そうな表情を浮かべるシスティナと目が合う。
「レオスはなんて?」
「三階西廊下の最奥、そこの壁を調べろだってさ」
言われた事を伝えるとシスティナはなるほどと理解した様子を見せた。
「最近バロン公爵邸に大工が出入りしてるって情報があったけど、増築工事でもしたのね」
ということはシスティナが知るバロン公爵邸と内部構造が多少異なるってことになるのか。
増築と壁に資金と聖女の聖剣を隠したのも得心がゆく。
これまでの侵入回数からバロン公爵邸もいつもの場所ではまた盗まれると踏み、なおかつ大金となれば金庫に隠すという常識めいた認識が有ると踏んでのことかな。
「何処かの金庫に隠してると思わせて壁の中に隠す。予想できなかったね」
「えぇ、大金や大事な物は基本厳重な金庫に保管するのが定石だからね。レオスが情報を伝えなかったら危うく面倒な事になってたわ」
「そうだね、侵入がバレて撤収する事態になってたかも」
「全員ぶちのめす事になってたわ!」
全員気絶させてから捜した方が確かに安全だろうけどもっ!
俺は突っ込みをグッと飲み込んで腰の鉄の直剣の柄に手を伸ばす。
そして扉に近寄ってゆっくりと開け、
「雇われに強者が居ないとも限らないんだから慎重にね」
熟練者のシスティナに静かな声で告げた。
「わ、分かってるわよ」
でもシスティナはお宝を使った罠にまた引っかからないとも限らないからなぁ。
システィナが見え透いた罠にかかると拙いと判断して先頭を歩くことにした。
万が一は彼女の分身が撹乱してくれるけど、責めて罠からはシスティナを守りたい。




