14A.侵入前の休息
酒場アルフノーラに戻るとシスティナがアイネに連れて行かれ、俺は一人その場に残されてしまった。
満席の席と対応に追われる従業員となぜかメイド服に着替えたシスティナが客に酒を運ぶ。
なんでメイド服なのか、そんな疑問を抱きながら邪魔にならない壁際でなんとなく眺めていると。
「よっ! さっき振りだな」
ゲイルス広場で出会ったジェイクが気さくな笑みで隣に立った。
「やあ、ゲイルス広場で会って以来だね」
街中で耳にした噂を考慮してそう返せばジェイクはジョッキの酒を豪快に呷る。
見ていて気持ちのいい呑みっぷりだ。それはそれとしてジェイクに微笑んでるアイネが怖いけど大丈夫なのだろうか?
「大丈夫なの?」
「酒には滅法強いから大丈夫だ」
ナイフが飛んで来ないかと心配してるんだけど、彼にとってはこれが平常運転らしい。
なんて思っているとナイフが飛来してジェイクの眉間に突き刺さった。
なんてことだ! さっきまで豪快に呑んでいた先輩が死んでしまうなんて!
「それにしても1人で何してんだ?」
眉間にナイフを突き刺したままジェイクがそんな事を訊ねてくる。
「いやぁ、暇になってとりあえず仕事の様子でも見学しておこうかなって……ほんと大丈夫?」
眉間のナイフを指差しながら問いかけると彼は不敵に笑う。
「フッ、いつものことさ」
「普通眉間にナイフが刺さったら死ぬと思うけど」
「圧縮した練気で防げば死にはしないさ」
なるほど。ジェイクは練気を圧縮することで眉間と頭蓋骨の間に練気の壁を作ってナイフが頭蓋骨を貫かないようにしてるってことかな。
練気操作が上達すればそんなことも可能に! 俺は熟練者のジェイクに尊敬の眼差しを向けるとジョッキを両手で運ぶシスティナが通り抜けに、
「ソイツ、酔ってて痛覚が鈍ってるだけよ」
尊敬心が吹き飛ぶ真実を言い残して行った。
それはそれでジェイクの頭は大丈夫なのかと心配になるけど、懲りずに酒を呷る様子を見るに平気らしい。
しかし此処に居てもする事が無いのも事実、残ったお金で何か食べるにもお腹は減ってない。
されど時間はまだ有る。暇になるとついさっきの事や長寿族のあの嫌な視線と態度が浮かんでしまう。
これはいけない。そう思って外に出ようと歩き出すとジェイクに肩を組まれた。
「まあ待て、少し話でもしないか? 時間は有るだろ」
確かに時間は有るけどシスティナの足を引っ張らないように鍛錬がしたい。
「鍛錬がしたいかな」
「それは後で付き合ってやるさ」
「分かったよ、その代わり鍛錬に付き合ってくれよ」
ジェイクは酒を呷りながら豪快な笑みを浮かべ、彼に連れられてそのまま近場のテーブル椅子に座ることに。
ジェイクは対面に座り真面目な表情を浮かべた。酔ってるとはいえ、先輩らしく何かアドバイスや心構えを教えてくれるのかな。
「ケツのデカい女と小さい女、お前はどっちが好みだ」
くっだらねえ。
いや、相手は先輩だ。これも緊張を解すための会話の一つかもしれない。
記憶を失う前の俺はどっちが好みだったんだろうか?
分からないけど今の俺はどっちも好みじゃない。
「うーんどっちも好みじゃないかなぁ」
「じゃあシスティナとアイネを見てみろ」
言われたままメイド服を着たシスティナとスーツ姿のアイネを見る。
自分と同じように二人を見ている客も居ることから人気も有るのだろう。
「2人とも人気ありそうだね」
「ああ、2人が揃う日だけ客足は多いからな……って違うわ! 貧乳と巨乳、選ぶならどっちがいいかって話だ!」
なぜ二択なんだろう?
人の良さは容姿で決まらないと思うけど……っ?! なにかな、この震えは!
ジェイクから恐る恐る視線をシスティナとアイネに向けると……殺意が目に見えて渦巻いていたっ!
その様子にジェイクは気付いてない!
「あー、えっとさそもそも此処で話すような内容なの?」
「何を恥ずかしがってんだ? あーさては童貞か」
自分が童貞か否か、どっちかは分からないけど此処で会話を終えなければ死ぬ! 俺とジェイクがっ!
だがジェイクは答えるまで引き退るつもりはないらしい。
「ジェイク、100点満点の容姿でも性格がマイナス要素だったらどう思う?」
「もったいねえな。ってか付き合おうとも思わねえわ」
「そう、容姿よりも大事なのは中身だと思うんだ!」
「なるほど中身か。じゃあ酒場にはお前の好みは居ねえな!」
ジェイクが豪快に笑った瞬間、アイネが彼の肩に手を置く。
今のアイネは恐ろしい笑顔を浮かべている。何か余計なことを言えば死を招く。そう錯覚してしまいそうな威圧感がある!
「酒カスの貴方に言われちゃあお終いね」
掴まれたジェイクの肩から骨が軋む音が響く。
「は、はははっ……新入り助けて」
無力な俺にはどうにもできない。
「無理」
笑って答えるとジェイクも笑顔を浮かべた。
「普段なら右腕の骨以外はへし折るところだけど、新入りを怖がらせるわけにはいかないわね」
いやぁ、もうその発言で無理です。アイネが怖いよ。
彼女に対する恐怖心で頬を引き攣らせるとアイネがゆっくりと口を動かす。
「汝らに刻まれし快楽の記憶を呼び起こしたまえ」
「お、おまっ! その呪文は色々と拙い!」
焦るジェイクを他所にアイネが唱えた魔術が発動し、光が酒場内を包み込んだ!
身体の奥底から湧き上がる熱に俺は耐えられずテーブルに突っ伏した。
全身から力が抜けて身体が妙に熱い。アイネは一体どんな魔術を使ったんだ!?
なんとか見上げると、システィナを除いた酒場に居た全員が悶絶していた。
術者のアイネまで頬が赤く色っぽい息遣いを……なにこれ?
「あ、アイネさん?」
身体を渦巻く奇妙な感覚に耐えながら術者の彼女に問う。
「……こ、この魔術は性経験を有した者を対象に……っん、快楽を倍にして刺激する魔術よっ」
「つ、つまり……身体の自由を奪ってる間に目的を達成するため?」
「こ、これは……術者も対象よ!」
バカなのかな? いや、でもジェイクは泡を吹いて倒れてるところを見るに経験が多い人物ほど効果が強いのか。
という事は俺は童貞じゃない? え、恋人かそういう行為に至った相手が居たってことぉ!?
「……こんな事で記憶の手掛かりを得るなんて、泣きたい」
「ふーん、よく分からないけどあんたら大変ね」
術の対象に入ってないシスティナは平然とプリンを食べていた。
「……動けないんだけど?」
さっきまで会話していたアイネも気絶しちゃってるし、周りに視線を向けるとシスティナ以外も気絶してる。
「知らないわよ。あんたの部屋を知ってるのはアイネだけだし……こうなったら暇よねぇ〜」
「せめてアイネを叩き起こして術を解かせてもらえないかな」
「あー、その魔術は時間経過で解けるわ。確か持続時間は5分だったかしら」
「ご、5分もっ!?」
五分も悶え苦しむなんて、なんて恐ろしい魔術なんだ!
俺が戦々恐々してるとシスティナはアイネを連れて三階に行ってしまった。
俺は五分間もこの地獄を一人耐え、その後目が覚めたレックスと鍛錬することに……。




