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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
39/62

12.下見は葛藤と共に

 通称貴族街と呼ばれる通りには当然ながら貴族が多く暮らすが、軍人の中でも要職に就く者も多く住んでいるらしい。

 

「はぁ〜近頃のログレスは住み難いわねぇ」


 貴族のぼやき声に思わず立ち止まって声の方向に視線を向ける。

 煌びやかな装飾に彩れた貴婦人服を着こなし、厚化粧で筋肉質の男性が扇子を広げて仰いでる姿に思わず声を失ってしまう。

 

「……眼が可笑しいのかな?」


「あんたの眼は正常。あれはバケモン家のリリシア・バケモンよ」


 ファミリーネームがさっそく悪口に聞こえるけどナノール家なんてのも居るから今更かぁ?

 それよりも明らかに男性に見えるけどそういうものっと認識すべきか。


「えっとそういうもの?」


「そういうもんよ。だいたいバケモン家は大抵あんなんだけど善良で超良心的な人ばかりだから警戒しない方が良いわ」


 ああ、人は見かけで判断してはダメという最たる例かもしれない。

 見た目で判断してごめんなさい。内心で謝罪を告げるとリリシアは、


「徴兵を辞めさせるために貴族会議で……その前に悪徳貴族をどうにかしないといけないわぁ。はぁ〜バロン公爵邸からまた盗まれてくれると軍事行動も遅れるのだけどねぇ」


 徴兵を止めたいこと。軍事行動を止めたいことをぼやきながら西の方に歩いてゆく。

 貴族の中でも今の政策に思う所がある。果たして彼と同じ考えの者がどれだけ居るのか。

 たくさん居るかも知れないし少数かも知れない。だけど今の現状に疑問を抱いて行動できるならきっとリリシア・バケモンと同じ考えの者が増えるはずだ。

 それにリリシアは望んでいた。バロン公爵邸から資金を盗まれる事を。

 なら盗賊ギルドとして必ず盗み出さなければならない。

 失敗は軍事行動を加速させる事を意味する。うん、責任重大だ。


「目的地が見えて来たわよ」


 システィナに言われて正面に視線を向けると周囲の邸宅とは比較にならない豪勢な邸宅が建っていた。

 門を見張る門番らしき人物、庭に置かれた魔石が埋め込まれた銅像。

 それだけで嫌な予感がひしひしと感じる。

 庭の銅像から邸宅の窓に視線を移せば外を窺う執事やメイド、武装した集団の姿も。


「今回は戦力を揃えたみたいね」


「何度も盗まれてるなら当たり前の対応だと思うけど」


「そりゃあ今年だけで10回は盗まれてるからねぇ」


 ちょっと盗みに行く頻度が多過ぎない?

 そんな疑問と同時に資金の回収も速いことに気付く。


「……何処から資金を集めてるのかな」


「あーそれね。回収した資金は市民に分配してるから税金分は国に回収されるの」

 

 国が市民から税金を回収してそこから軍人資金を捻出してバロン公爵邸に保管する。

 そして保管された資金を盗賊ギルドが盗み出して市民に還元するから結局イタチごっこになると。

 そもそも何で毎回バロン公爵が保管するのか。


「イタチごっこだし、毎回バロン公爵が保管する意味もちょっと分からないなぁ」


「増税分を分配しないと生活困窮者で溢れるからねぇ。それにあんたの疑問の答えは単純よ。軍事資金は基本銀行の口座に保管されるものだけど、東口銀行が保管を拒んでるから仕方なくなの」


 確か東口銀行の本拠はアズマ極東連合国に在るんだっけ。


「それで公爵が……でもそれなら資金を分散させて保管した方がリスクは少ないと思うけど」


「誰も責任を負いたくない。なら責任を問われても厳罰に処され難い人物が適任って事になってバロン公爵が保管することになったそうよ」


 一人に責任を負わせるのもなかなか終わってる気がするけど、バロン公爵には不満は無いのかな?

 それに度重なる失敗で爵位が剥奪されてもおかしくないよね。


「他の貴族ってバロン公爵の失脚も目論んでるのかな」


「正解。バロン公爵は五ヶ所の鉱山管理、六ヶ所の地方統治も担ってるから他の貴族にとって彼が失脚した方が都合が良いのよ」


 権力に群がる輩は多いけど、失脚時の旨みに群がる輩も結構居て貴族の欲望に末恐ろしさを感じる。

 今回は戦力を揃えたという事はバロン公爵は後が無いのかもしれない。

 他の貴族がバロン公爵の後を継いでも結果は変わらないし、むしろ盗まれ続けてまた変わるの繰り返しになるか。

 もしかしてレオスはこうやって地道に貴族の力を削ごうとしてる?


「ねえ、これまで失脚した貴族ってさ他に居たの?」


「私が把握してる限りだと、20年の間でギルキド、エブラサム、クロン、カラマンド、デルデル、ヨロヨーロ。いずれも公爵、伯爵の地位に就いた貴族は失脚してるわね」


 二十年の間で六家の貴族が失脚してなお侵攻を止めようとはしないんだ。

 それだけ他の貴族にとって権力と地位を得る絶好の機会ってことか。

 

「失脚した貴族はどうなったの?」


「みんな行方知れずになるか亡命してるわね」


「そっかぁ。それだと盗賊ギルドはかなり恨まれてるか」


「そりゃあそうよ。活動しなければ失脚なんて事にならなかったもの恨まれて当然ね」


 あっさり言う辺りシスティナも恨まれて当然と覚悟してるんだな。

 俺は恨まれる覚悟を抱けるんだろうか? 

 盗賊としての意気込みはあるけどまだ覚悟は足りない。

 そう自覚した途端に、例え悪人でも人の生活を、幸せを壊すことに不安が宿る。


「……システィナは初めて盗んだ時は不安にならなかった?」


「……あんたの悩みは分かるわ。だけど私は、不安にはならなかったし怖いとも思わなかった。むしろ権力者の玩具にされる方がずっと怖かったわ」


 他人の生活と幸せを壊すことよりも自分が壊される方が怖い。 

 そう語るシスティナの眼は何処か遠くを見ていた。

 過去に何があったのかもどんな生活を送っていたのかも俺はまだ知らない。

 だけどそれを聴くにはあまりにも過ごした時間が少ないんだ。

 

「そっか……俺は自分がどうなろうと然程気にならないけど、やっぱり人の夢、幸せ、生活を壊すのは怖いかな。そうしなければならないのは理解はしてるけどね」


 それでも迷いが生じてしまう。相手が悪人だからと割り切れればどんなに簡単か。


「あんたはそれで良いんだと思う」

 

「迷ってばっかりだけどね」


「でもあんたは揉め事に加入しない決断はできたわ」


 それは事前にシスティナと約束した影響もあれば、自分の立場ではどうにもならない事を理解していた。

 とどのつまり決断したんじゃなくて諦めたんだ。


「あれは正直諦めたんだよ」


「時には諦める決断も大事なのよ。まあお人好しで意外と時に辛辣なあんたには難しかもね」


「俺って辛辣だったかな?」


「あんた、私をヴェルト達に引き渡すか指詰めを提案したこと忘れてない?」


 もちろん覚えてる。


「どうだったかなぁ」


「その様子だと覚えてるみたいね。まあ良いわ、それよりも次は港に行くわよ」


「もう下見はいいの?」


 俺はまだ窓から伺ってる全員を把握してないけど。


「あんまり観察してると不審に思われるわ。それに雇われでも油断はできないわよ、少なくとも傭兵ってのは腕に自信がある連中だから」


 確かに腕に自信が無ければ売り込んだりもしないだろう。

 ということは練気を扱える者があの邸宅に詰めている可能性は充分に高い。

 それに対して二人だけで侵入して盗み出すのは困難のはず。


「相当厳しくない?」


「ぶっちゃけ厳しいからあんたも死ぬ気で頑張りなさい」


 戦力として役に立たないけど、責めてシスティナの盾になれるようにはしないとな。

 いざとなればシスティナを先に逃すことを頭の隅に入れ今度は港に向かう。

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