11.偽物か本物か
最初に何を買うべきか、その前にシスティナの予定を済ませるべきか。
どっちにするかを訊ねたらはぐれて捜すのが面倒だからと先にスマホンを買うことになってスマホンショップを訪れていた。
棚に並んでいるスマホンはどれも同じ色で同じ性能だ。どれを選んでも失敗しないのはありがたいなぁ。
俺は一台だけ手に取ってカウンターに向かう。
スーツを着こなして営業スマイルを浮かべるゴブリン族の店員は俺を眼にすると、営業スマイルが嘘のように一瞬で軽蔑した眼差しに変わった。
「これを一つください」
「……一台で5万ゴールド、身分証明書の提示を」
俺の事は軽蔑してるけど応対はしてくれるらしい。
店員の態度として如何なのかと文句の一言を言いたくなるけど、完全に嫌われてる訳でもないしこうして応対してくれるならこっちから何か言うこともないな。
俺は角を荒立てないように封筒から五万ゴールドと内ポケットにしまっていた身分証明書をカウンターに置く。
ゴブリン族の店員が身分証明書に視線を落とす。
「顔写真も一致してる。どうやら間違いないようで」
確認を済ませたゴブリン族は代金を受け取り、ささっと帰るように顎で出入り口を指す。
やっぱり徹底されてる。それだけ俺のような特徴を持つ人が嫌いなのか。
スマホンと身分証明書を懐にしまった俺は足早にシスティナが待つ外に出た。
▽ ▽ ▽
氷竜の氷像をはじめとした氷像が展示されている通称氷像通りを歩きながら、
「さっきの店員の態度はなに? あんたも文句の一つは言ってやりなさいよ」
システィナは苛立っていた。
それは店員の態度と何も言い返さない俺に対する苛立ち。
「揉め事は面倒だからね。それに目的のスマホンは買えたんだからさ」
そう怒らないでよ。そう告げると膝を蹴られてしまった。痛い。
「はぁ〜あんたが何も言わないなら私も言わないけど……折角だから連絡先の交換しよ」
そうだ、いつでも連絡できる手段としてスマホンを買ったんだ。
ゴブリン族の店員の態度もはじめての経験の前には些細なことで今は連絡先が増える楽しみが勝ってる!
俺が意気揚々とスマホンを取り出した瞬間、着信音が鳴りだした!
スマホンの画面に表示される知らない番号。いや、知らなくても当然だ。何せ俺はついさっき買ったばかりなんだから。
繰り返し鳴る着信音と知らない番号にさっきまで感じていた楽しみは嘘のように吹き飛んでいた。
「これは出るべき?」
「声、震えてるわよ」
そう言うシスティナの声も震えている。
出るにしてもこれだけは聞いておこう。
「その、端末ごとの番号ってさ……共通とか固定されてるの?」
「初期設定はされてるけど、共通とか固定されてないわ」
つまり商業ギルドのスマホンショップが販売してる一台から偶然俺のスマホンに電話を掛けた?
そんな偶然なんてある?
俺の疑問をよそにスマホンは未だ鳴り続けている。
これも一種の運命なのかもしれないな。
俺はスマホンの画面をタップして電話に出た。
「もしもし?」
緊張してるのか想像以上に声が震えてる。
『どうやら無事スマホンを購入できたようだな。では通話履歴からわたしの番号を登録しておけ』
ギルドマスターレオスの声に俺の心臓が一瞬止まった。
それでも何か返さないと。
「えっ? ついさっき買ったばかりなのに……」
出た返答は純粋な疑問だ。
だけど返事が返ってくることは無く、通話が切れてしまった。
え、なんで誰にも教えてないどころか俺も知らない番号知ってるの? 怖っ!
冷静になればなるほど恐怖が底から込み上げるっ! これ以上は考えてはならないと理性が訴える。
「と、とりあえず言われた通りに登録しておこうかな……特定の人物から連絡が来ないようにできないかなぁ」
「設定できるけどアイツは貫通してくるから無理ね」
「む、無理かぁ。じゃあ登録しよ……ってどうやるの?」
「あの店員、説明書すら渡さなかったわね」
本来なら説明書も受け取るのか。でも操作方法を知ってるシスティナが居るから大丈夫か。
ってなんとなくで電話に出たけど通話関係の操作はあれで正解だったのかぁ。
「説明するからついでに私の連絡先も登録しなさい」
システィナから操作方法を教えてもらうと共にレオスとシスティナの連絡先をスマホンに登録した。
うん、喜びが恐怖に変わる瞬間はできれば体験したくないな。
▽ ▽ ▽
氷像通りからシスティナがよく利用してると云う鍛冶屋に到着して早々に、
「さっきゲイルス広場に居なかったか?」
「は? 今日はまだ行ってないぞ」
男性客の会話が耳に入る。
「いや、確かにアレはお前だったぞ」
「見間違いじゃないのか」
「俺がダチを見間違えるかよ……と言いたいところだがさっき一杯呑んだからな。それにケツにナイフが刺さったジェイクが倒れてたしなぁ」
「……ジェイクの旦那がまーたなんかやってアイネさんを怒らせたんだろ」
そんな会話を交えながら二人組は外へ出て行った。
「さっきの2人、よく来るわね」
どうやら二人は酒場『アルフノーラ』の常連らしい。
それにしても親しい間柄でも見間違いか、そんなに変な話でもないしお酒を飲んでるならそういうことも有るか。
ちょっとした会話に一人で納得してると大柄で厳つい店主がカウンター奥から顔を見せた。
「おお、帰って来てたのか。ん? そちらさんは?」
「彼はアスラ、私の同僚よ」
「なるほど。それで今日は短剣の手入れか?」
店主の問い掛けにシスティナは荷物から魔人の剣と思われる折れた剣をカウンターに置いた。
折れた剣の状態もそうだけど、黒紫の錆のような物に店主の顔付きが険しくなる。
「折れてる剣だが、これは鯖か? 黒紫の錆や鉱石など見たことも聴いたこともないが……」
「あんたでも知らないなら帝国内の鍛治師の誰にも判らないわね……それで用件はそれの研磨を頼みたくて来たんだけどできる?」
「錆なら落とせるが……まあやってみるさ」
「いつまで掛かりそう?」
「ふむ、研磨自体なら1時間もあれば終わる」
「じゃあそれまで待たせてもらうわ」
そう言ってシスティナは樽の上に座り、店主はカウンターの奥に引っ込む。
その代わり若い男性の店員がカウンターに立ってシスティナに視線を向けたかと思えば、なぜか俺を睨み付けてくる。
何もしてないしシスティナが気になるなら声をかけるべきでは?
そんな事を頭に浮かべながら棚に近寄る。
折角待ち時間も有って鍛治屋に来たんだ、剣を買い替えるには都合がいいなぁ。
俺は棚に飾れた直剣を手に持って刃を鞘から抜く。
材質は鋼製、刃は若干厚いけど殺傷力を削ぐために刃が潰れている。
「折角だから買ったら?」
「うーん、もう少し見てみる」
思えば拾うかシスティナが奪った武器しか使ってなかったな。
だからここは慎重に選びたい。
最初に手に取った鋼の直剣を元に戻し、次の直剣を手に取る。
さっきの鋼の直剣よりは軽く妙に手に馴染む。
この感覚はなんだろう? 気になって鞘から刃を抜く。
なんの変哲もない鉄の直剣は鋼の直剣と比べると強度が劣る。
だけど鋼の直剣よりも手に馴染むんだ。
俺は刃を鞘に納め、軽く振ってみる。
するとその様子を見ていた店員が失笑を浮かべた。
「素人ですか、それなら木剣の方がお似合いでは?」
確かに俺の振り方は褒められたものじゃない。
ただ想像以上に手に馴染む。
「今までよりも数段いい感じね。合うんだったらそれにしたら?」
もうこれは運命かもしれないな。
早速鉄の直剣の購入を済ませ、しばらくすると店主がカウンターの奥から現れた。
どうやら魔人の剣の研磨が終わったらしい。
カウンターに置かれた魔人の剣に思わずシスティナと顔を見合わせてしまう。
それは魔人と呼ばれた人物が使用していた武器にしては、
「親方、なんですかその折れた鉄の直剣は?」
そう、店員が言ったようにカウンターに置かれたのは何の変哲もない折れた鉄の直剣だった。
だけど刃の半分はまだ黒紫の錆が残ったまま。
「……これが製造されたのはいつ?」
「千年前だ。千年前の鉄製の武器は銅製の武器より多少高価だったらしいが、平民が買えない金額じゃなかったらしいな」
仮に折れた鉄の直剣が魔人の遺産の一つなら魔人は平民だったのかもしれない。
「千年前の鉄の直剣ね……神秘も感じないから紛れもない偽物なのかしら?」
「どうかなぁ。魔人が得物を選ばない達人なら話が違ってくるんじゃないかな」
問い掛けにシスティナは折れた鉄の直剣を見詰め、
「その可能性も捨て切れないわね。少なくとも千年前に製造されたのは間違いないわけだし」
折れた鉄の直剣を荷物に仕舞う。
「保留にするんだね」
「偽物云々はともかくとして苦労して手に入れたお宝だもの手放すのはもったいないわ」
確かに罪王グレファスと対峙してまで手に入れたお宝だ。それを簡単に手放しては苦労もそこに至る過程も無駄になってしまう気がする。
「そっか」
短く同意するとシスティナは店主に研磨代を払って、
「さ、次に行くわよ」
出入り口に歩き出した。
次って他に必要な物ってあるのかな?
「次に買うべき物ってなにさ?」
「無いなら下見を兼ねて街を案内するわ」
そういえば今晩潜入するバロン邸の場所も知らない。
なんなら地理に詳しくもないからいざって時に道に迷うのは必然だ。
はぐれた時のためにスマホンを買ったけど自力で酒場『アルフノーラ』に戻れる程度には把握しておきたい。




