10.レオスとアイネ
相変わらずシスティナは慌しい娘だ。
魔人の遺産が本物なら儲けものだが、偽物ならばまた振り出しに戻る。
そうして繰り返してきたが、しばらくケルドブルク帝国を離れる都合上そろそろ進展が欲しいところだ。
「システィは何を思ってアスラを連れて来たんでしょうね」
アイネの丁寧な口調に視線を向ければ、彼女は不満を顕に頬を膨らませていた。
彼女の不満も理解できないわけではないが、システィナが選択したのだから上司として手を貸さない訳にはいかない。
それはアイネにはわざわざ言わなくとも理解してることが、システィナを妹のように可愛がっている身としてはやはり不満が出るのだ。
「さてね、何を思って連れて来たかはこの際重要ではないよ。重要なのは使えるかどうかだ」
「使えないと判断したら?」
「通常ではあれば即刻解雇を言い渡すさ。しかし解雇したところで少年の身元を引き受ける者はいないだろう」
少年の素性、人間関係をあらゆる人脈を伝手に調べたが少年に関する情報は愚か人間関係に関する情報を得ることは叶わなかった。
それならどうやって目撃者を出さず罪人都市ゾンザイに入れた? 完全な目撃者ゼロで都市の出入りは不可能だ。
人は行動に伴い小さな痕跡を必ず残すが、少年には痕跡が無い。
少なくともシスティナと出会う以前の痕跡は不明なままだ。
「過去も素性も不明、おまけに家族も知人も。もっと言えば捜索願いも出されていないのよね」
眉を寄せるアイネに頷く。
ここまで不自然な人間など居ないだろう。それが記憶喪失ならなおさらに。
いや、記憶を最初から持たないなら人造人間という線が濃厚になるが目にした少年の呼吸、脈拍から心音は人間そのもの。
「不自然で不思議な少年だ……おまけに傷の治りも早いときた」
「人が練気、魔術、秘術も無しに可能なんでしょうか?」
「不可能ではないさ。かつて不老不死を追い求めた錬金術師や大魔術師が不可能を可能にしたからな」
「傷の治りを異常に早くする。老いない等は人にも可能になりましたよね……でも完全な不滅の存在にはなり得ませんよね?」
かつて完全な不滅の存在、永遠を生きる永遠竜が実在していたからこそ人は不滅の存在になることを夢見た。
それは長寿種も例外ではない。誰だって死を恐れ逃れたいと思ってしまうからだ。
「生物だからこそ死を迎えるというのは自然の摂理だが、少年が研究の産物か被害者の可能性があるかすら疑わしいがね」
だからこそわたしは少年という不自然な存在に興味を抱いたのだが、実際に会ってみれば一見すれば普通の人間だ。
しかしシスティナの報告と擦り合わせた情報が少年は普通ではないと告げる。
そう、少年は決して普通ではない。ましてや凡人の域には居るが努力を重ねた肉体は嘘を付かないものだ。
それだけに本来の実力と経験が発揮できないのは惜しい。
だがそれ以上に素性の不明瞭さがわたしとアイネに様々な疑念を抱かせる要因になっているのだ。
「もしもの時は始末しても?」
「……その時が来ればわたしが始末する」
少年を始末すればシスティナの反感を買うが、個人の反感程度で留まる。
確かにその意味では少年が言ったいつでも捨て駒に使える人材というのは決して間違いではないな。
少年が万が一を起こした場合の処遇を改めて再確認したところでわたしは時計に視線を移した。
時刻がそろそろ少年がスマホンを購入した頃合いだと告げている。
わたしはスマホンを取り出し、とある番号にかける。
数回鳴り響くコール音と同情心を向ける眼差し……果たしてアイネが向ける同情は誰に対するものか。
『もしもし?』
スマホン越しから聴こえる少年の戸惑った声にわたしの口元が自然と釣り上がる。
「どうやら無事にスマホンを購入できたようだな。では通話履歴からわたしの番号を登録しておけ」
『えっ? ついさっき買ったばかりなのに……』
疑問を口にする少年の声を通話を切ることで遮断した。
「……流石にシスティも面食らってるかしら?」
「恐らくはな……ところで少年の部屋は用意できたのかね?」
「その件に関しては既に」
「ふむ、では後は少年が買い物を済ませ戻って来るばかりか……ついでに街中であの話を耳にしていれば話も早いのだがな」
「さっき話しておけばよかったのでは?」
情報を何でも与えては意味がない。
それこそ口を開けて餌を待つばかりの雛鳥にしかなり得ず、情報を拾う耳が成長しない。
「あの件に関しては住民の話を耳にした方が早い」
「確かにそうですけどね。あ、ところでもしもアスラのテスト結果が悪かった時は?」
システィナなら問題なく解ける基礎的な内容だが、記憶喪失の少年では厳しいものだ。
確実に計画に支障が出るが既に手は打ってある。
「既に手は打ってある」
不測の事態に備え予備プランは幾つも用意しておくものだが、今回は急遽決まった計画のため予備プランは決して多くはない。
普段からわたしの秘書として支えているアイネもあの計画に関しては不安を抱くのも無理はない。
特にアイネはこれからしばらくわたしの側を離れ、ギルドを預かる身なのだから……。




