09.ギルドマスター
三階のギルドマスターの部屋に通されるとそこには窓の外を眺めるスーツ姿の男性が居た。
部屋には他に誰も居ないことから彼がギルドマスターなんだと理解すると短髪の黒髪でサングラス越しの視線がこちらに向く。
「ようこそ少年、そこに座るといい」
威圧感を感じる声だけどギルドマスターは威厳が無ければ務まらないのかもしれない。
そんなことを思いながら促されるままソファに座るとギルドマスターが対面に座る。
「システィナ、君も座りたまえ」
「私も? 何か必要なことでもあったかしら?」
「ああ、これから必要になる」
ギルドマスターがそう言うと背後に移動していたアイネが十枚の書類らしき物を俺達に五枚ずつ配った。
名前の記入欄から書類の手続きに必要なサインか何かと思ったらどうやら違うらしい。
記入欄の下に続く問題文と解答欄……あ、これテストだ!
「テストってあるんだなぁ」
テストを受けなければ盗賊ギルドに加入できないなら問題を解いていくしかない……システィナから教わったこと以外は何一つ判らないけど!
一先ず名前を記載して問題文に頭を唸らせるとシスティナがギルドマスターを睨む。
「なんで私まで?」
「さっきも言ったと思うが、ソレは後々必要になる。君ならそう難しい問題でもあるまい」
「まあ解けなくもないけど……また企んでるのね。宿町メジアンブルクの件とかもそうだったけど」
「それに関しては明日にでも伝える」
二人の会話の傍らで解ける問題だけ埋めてはいるものの正直言って絶望的だ。
会話から察するにこのテストは加入に影響するものじゃないみたいだけど、何からの作戦に必要なのは間違いないみたいだ。
もしかすると大事な作戦に関われない可能性も!
会話が耳に入って来ないほど集中していたのか、
「あのアスラ君、時間切れ」
時間切れが訪れていたらしい。
テスト用紙は背後に居たアイネに回収され、二人分のテスト用紙が別々の封筒に入られる。
何処かに送られることは分かったけど、いつ何に使われるのかは結局分からず。
「さて少年、紹介がまだだったな。わたしがギルドマスターのレオスだ、恐らくわたしに関する情報は立場と腹黒サングラスとしか伝わっていないと思うがね」
確かに俺はこれまでギルドマスター、腹黒サングラスとしか聞いていなかった。
だけどそれ以上に少しだけ末恐ろしさを感じている。
システィナの性格を熟知してるからか、彼女が伝える情報を正確に把握してるところもそうだけど……何よりもサングラス越しから伝わる鋭い視線に恐ろしさを感じるんだ。
「うん、確かにそう伝わってるよ。でもなんでわざわざ俺みたいな怪しい奴に身分証を用意しようと思ったの?」
これはギルドマスターに会ってから聞きたかったことだ。
システィナは俺に興味を示したと言っていたけど実際の所は本人しか分からない。
「身元不明の記憶喪失。本来なら拾う理由などないが、システィナが名を与え計画に巻き込んだ時点で上司に当たるわたしが手を貸すのは必然だとは思わんか?」
それだけ聞くなら良い人に感じるけど、事前情報が何かあると囁く。
「そうかなぁ? 切り捨て易い捨て駒が1人ぐらい居たら便利程度の認識だと思ってたけど……」
「ふむ、その辺の脳無し共と違ってある程度考える能力は有るようだな」
あれ? これって試されてるのかな?
もしかしてこれが本命のテストなのか。
頭の片隅でそんな事を考えながら話を続ける。
「事前にシスティナから色々と聞いてた影響も有るよ」
「それでいて驕らないか。そこのシスティナがギルドに誘う人物がどんなものかと思えば……存外普通だな」
記憶喪失を抜きにしても普通と称されるのはありがたい。むしろシスティナが連れて来たとかで変に期待されても困る。
「あんたみたいな策略家がごろごろ居ても困るわよ。それに報告した通りアスラは普通じゃないわ」
ちょっと心外だ。何処をどう見ても俺は至って普通で平凡な人間だ。
「酷いなぁ〜俺は普通の人間だと思うよ」
システィナに戯けて見せると彼女に笑みを向けられる。
「空腹を感じず平気で活動できるのに?」
む、確かにそれを言われると普通じゃないかも。
「罪人都市での一件に関する報告は全て受けているが、君の症状に関しては専門家に診て貰った方が早い」
「練気の乱れが胃や満腹中枢、神経等に影響を与えることは有るけど?」
「アイネ、アスラはまだ練気を扱えないわ」
それも現在密かに鍛錬中だけどコツを掴むにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「そうかしら? 少なくとも掠った頬は治ってるわ」
アイネに言われて漸く頬の傷が痛まないことに気付いた。
不思議に思って頬に触れると切傷の感触は愚か瘡蓋の感触もしない。
「瘡蓋とかできてない?」
「……できてないわよ。あんたは傷の治りが早いのかしら」
じっとこっちを観察するシスティナに自分でも分からないと笑う。
「あんたねぇ〜」
システィナに呆れた眼差しを向けられ、背後のアイネからも観察するような視線を向けられる。
システィナの人を観察する視線はもしかしたらアイネの影響なのかな?
それはそうと今はレオスと話の途中だった。
「えっとそれで……なんの話だっけ?」
「君が普通か異常かの話さ」
「あー、普通って話だったね」
「さて前置きはこの辺にして、少年にはこれから盗賊として働いてもらうが引き返すなら今だぞ」
此処に来て提示れた引き返す選択肢に目を瞑る。
「恩義を感じた結果、盗賊ギルドに加入を選択するのもけっこうだが……重要なのは君の選択だ。」
恩義を抜きに俺自身が考えて選べってことか。
それともレオスの言葉には他の意味も含まれている?
いや、確かに俺はシスティナに恩義を感じてるし借金も返したい。
だけどそれを抜きにしてももう俺は世界を周り記憶の手掛かりを見付けたいって想いが強いんだ。
きっとそれは盗賊ギルド以外でもできることだ。でも魔人と聖女の遺産を求めるシスティナを手伝うのは盗賊ギルドでしかできないし、それ以外の方法を知らない。
だから選択なんて最初から決まってるんだ。
「俺はこの道で自分の記憶を探すよ」
「ふむ、既に結論は出していたか。では拒む理由もないな」
「それは向かい入れてくれるって認識でいいのかな」
「その認識で構わないよ。とはいえわたしも君の現状の実力を把握する必要がある」
おや? 加入してすぐに実力テストかな?
「何させるつもり? 実戦は流石に早いと思うけど」
「本来ならば訓練期間を設けるところだが、あと数日もすれば騒がしくなるからな……今夜君と少年でバロン公爵邸から資金と聖女の聖剣を盗んで来い」
いきなり公爵邸から盗みとか色々と言いたいことは有るけど、それ以上に数日が引っかかる。
訓練期間を設けられない様な事態が数日以内に起こると言わんばかりの口振だ。
それに資金を盗むのは分かるけど聖女の聖剣って遺産の一つだろうか?
「数日以内? 確かに山岳竜は数日以内にケルドブルク帝国に来るけど、まさかギルドが強制検挙対象にでも入った?」
「いいやそれは無い。検挙に入ろうものならわたしは真っ先に帝国が我々を介して何を各国から盗ませたか、それら全ての情報を拡散する」
そういえば各国は盗賊ギルドに盗みの依頼を出しているって前にシスティナから聞いたな。
不利益な情報を握るからこそ迂闊に手を出し難い状況を作っているとも。
だから急にケルドブルク帝国が盗賊ギルドに対して何かすることは無いってことなのかな。
「ふーん、ジュリアスと何か交渉したらしいけどそれは明日にでも教えてくれるんでしょ」
「ああ、君が新人研修を終えた後にでもね」
実力を測るテストだと思ってたけどレオスからしたら新人研修の認識なの?
それにしては公爵邸に挑むってだいぶ危険だと思うけど!?
「分かったわ。それで聖女の聖剣は教会が保管してると思ってたけど本物なの?」
「正確には聖女の聖剣と思われる武器がバロン公爵邸に運び込まれた……物が物だけに本物かどうかは疑わしいのだがね」
本物か偽物かの確認は必須だけど、盗んだ聖女の聖剣は教会に送るのかな? その辺りのことは後でシスティナに聞いておくか。
「まあ偽物にしろ聖剣は高値で売れるから盗む価値はあるわね」
「実行まで時間は有る。少年にも諸々の準備が必要だろう」
レオスがアイネに目配りすると背後から封筒を差し出された。
なんだろう? アイネはレオスの秘書的な立場に居て背後で俺を観察してるのかな?
っと封筒を手に取ってレオスに訊ねる。
「これは?」
「必要経費だ、それで君にとって必要な物を買え揃えると良い」
新入りに対してポンとお金を出すことにも驚きだけど、これを本当に受け取って良いものか。もしかしたらまだ試されてるのかもしれない。
「いいの!?」
「構わないさ。それにいつまでもシスティナに借金を作るのは癪だろう?」
癪には思わないけど、確かにこれ以上借金を増やす必要が無いのは大変ありがたい。
「ちょっとそれじゃあ私が弱者に借金を背負わせてる様に聞こえるんだけど?」
「そうかな? 少なくとも何も知らない第三者はそう認識することも有るだろう」
確かにレオスの言う通り第三者はそう捉えても変な話じゃないな。
それにシスティナが借金を背負わせて盗賊に誘ったとしても、俺にとって道を選ぶ選択肢が増えたに過ぎないんだ。
そもそも借金は記憶屋の代金で、彼女はそこで記憶を取り戻していたら手を組むことを提案しなかったと言っていた。
ってレオスの口元が歪んでるように見えるんだけど?
「そうね、私とアスラは手を組んでるけど第三者はそうは思わないわね。むしろ私のことを知ってる奴は手を組んでるなんて思いもしないでしょうよ」
「君が加入して今日まで単独だったが、罪人都市に向かい男を連れて来ると聞けば誰もが邪推するさ。あのシスティナに男が出来たとな」
「私の仕事は一人で事足りたし必要とも思わなかったもの。でも……やっと実感したわ、魔人と聖女の遺産は一人で挑むには身に余るってことをね」
「アレを狙う輩は様々だが……組織単位で動く連中に対して個人が挑むには無謀過ぎる。君は漸くそのことを学習したのだな」
「えぇ! 罪人都市で爆弾チョーカーを首に取り付けられてね! っていうかそもそもあんたは罪王グレファスと通じてたんでしょ!」
最初は穏やかだったけどシスティナが怒鳴りだした。
それに対してレオスは口元を歪めたままだ。
でも察するにレオスはシスティナが誰かと組むことを望んでいたのかな?
なんとなくアイネに顔を向けてみると、しーっとジェスチャーで告げられてしまった。
レオスは単なる腹黒サングラスじゃなさそうだな。
「確かにわたしと彼は旧知ではあるが、罠にかかり間抜けにも命を握られたのは君のミスだと思うがね。それともわたしがそうなるよう仕向けたと?」
今にも殴りかかりそうなシスティナと余裕な笑みを見せるレオス。
いや、分かんないなぁ。単に揶揄って遊んでる様にも見える。
「えっと、長くなるなら探索がてら買い物に行きたいんだけど」
「ちょっと待てて! いまこのサングラスを叩き割るからっ!」
「そう言って君は未だ実行出来たことはないな。そろそろわたしは新しいサングラスに新調したいところだが、物は大切にしなければな?」
怒るシスティナと嫌味たっぷりに挑発するレオス。
ああ、親しみと憎しみを込めて腹黒サングラスと呼ばれる由縁の一端が分かった気がする。
これは長くなると判断した俺は、封筒を手にソファから立ち上がる。
「先に行って酒場で待ってるけど、盗んだ魔人の剣を鍛冶屋に持って行くんだよね?」
忘れ欠けていた目的の一つをシスティナに告げると彼女は勢いよく立ち上がった!
「そうだったわ! 早く鍛冶屋に持って行って本物か確認しないと!」
そう言ってシスティナは部屋から飛び出してしまった。
あれ? このままじゃ置いていかれる?
そう認識した俺は慌ててドアに駆け寄り、
「それじゃあ準備を済ませてくるから!」
レオスとアイネにそれだけ伝えてから部屋を後にして、一階の酒場で待つシスティナの下に駆け付ける。




