08.ゲイルス広場の盗賊ギルド
精悍な面構えの男性を模った銅像が石碑と共に中心に置かれたゲイルス広場で俺はじっとゲイルス像を見上げた。
右手の甲に掘られた精巧な痣と左手で掲げられた大剣を見比べ、やはり痣が心を刺激する。
何か大切な事を忘れていると訴えかけるような、喪失感にも似た感覚だ。
だけどそれだけで何も思い出せない。ゲイルス像からこれ以上の手掛かりが得られないなら石碑に刻まれた文章で何か分かるかもしれない。
「えっと、大崩壊以前に活躍した3人組の冒険者の末裔にして英雄の血を引く偉人の一人なり、かぁ」
文章の上文を読み上げ、続きを読もうとして気がつく。
石碑が古びてるせいか文字が擦れておりそれ以上を読む事ができない。
これ以上はどんな経緯で建国に至ったのかすら分からないな。
落胆にも似たため息が漏れて漸く落胆していた事に気付いた。
そんな俺の隣でシスティナがゲイルス像を見上げて息を漏らす。
「飽きるぐらいに見てるけど3人組の冒険者が大崩壊で亡くなったのか、それ以前に亡くなったかは分かんないのよね」
「それは痣持ちの一族の中で誰かが英雄の血筋を騙ってる可能性もあると?」
「その可能性は充分よ」
どっちにしても始皇帝ゲイルスが建国の英雄であることには変わらないのは疑いようもない事実だ。
そうでも無ければ誰も銅像なんて建てないし、中央区の広場の名称に使わないだろう。
ふと隣に視線を向ければ、システィナは今の皇帝が気に食わないのか険悪感を宿した眼をしていた。
宣戦布告してガレイスト公国への侵攻を企てる現皇帝を好ましく思う人物は、政策に賛同する者と甘い蜜を吸える者ぐらいかな。
ゲイルス広場で現皇帝の批判をしても目を付けられちゃうか。
なにか別の話題を振ろうと頭を捻るとシスティナに向けて手を振る男性によって思考が明後日方向に飛んでいった。
陽気な笑みを浮かべた濃い茶髪に褐色肌の男性が、
「よっ! 我らがひん……」
何か言いかけた瞬間、目の前のシスティナが疾風と共に駆け抜けた。
「ただいまっ!」
軽快な挨拶に宿った殺意と共に褐色肌の男性の頭部に鋭い回し蹴りが炸裂した!?
「ぬぐぉぉぉぉっ!?」
頭から地面に叩き付けられ、痛みに悶える褐色肌の男性を他所にシスティナはこっちに手招き。
褐色肌の男性が言いかけた一言がシスティナの怒りを買ったのは明白だし、ちょっと擁護はできないな。
「その人は知り合い?」
「コレはジェイクで不本意ながら知り合いよ」
コレとか不本意とか散々な言われようだなぁ。
そんな事を思ってジェイクに視線を落とすと彼は何事もなく立ち上がった。
そしてこっちを一眼見るとシスティナに振り向いた。
「コレとか不本意とか先輩に対して酷い奴だな」
つまり彼も盗賊ギルドのメンバーってことか。
「不快な発言するあんたが悪い」
「今更だろ。それよりも連れは新入りでいいのか?」
改めてこっちに振り向くジェイクに俺は名乗る。
「はじめまして先輩、俺はアスラって言います」
「アスラか、話は聞いていたが記憶喪失だってな? それに罪人都市でシスティナの悪癖に付き合わされたんだろ? 大変だったそうじゃないか」
システィナの悪癖。例え罠と理解しようともお宝に手の出すことかな。
いや、それ以外にシスティナの悪癖なんて知らないし他にもあるのかな?
「むしろシスティナには助けられてばっかりだったよ」
「そうかぁ〜? 腕は立つが胸無いからなぁ」
胸の有無って関係あるのかな? いや、それよりもジェイク? 貴方の背後でシスティナがすごい殺気を放ってるけど!?
「ぶっ殺すわよ?」
口で言うよりも早く跳躍からの回し蹴りがジェイクの顔面に炸裂していた!
また地面に沈んだジェイクを尻目にシスティナが笑みを浮かべる。
ちょっとその笑顔は怖いなぁ。言葉の選択を間違えたら俺まで沈められそうだ。
「……そろそろ目的の場所に行かない?」
「そうね、ソレの相手はどうせギルド内でもすることになろうだから話はその時にすればいいわ」
怒りを買わずに済んだことに安堵した俺はシスティナの後をついて歩くが、目的の場所は案外近くで歩みを止めるのもすぐのことだった。
システィナが立ち止まったレンガ組みの建物ーー看板に記された『酒場アルフノーラ』に納得と罪人都市での出来事を思い出す。
『ひと時の憩い』で少しだけ働いたこと。義勇兵のヴェルトや彼の部下でバーテンダーのヨランのことが頭に浮かぶ。
記憶を失ってから得た大切な思い出を胸に扉を開けるとナイフが頬を掠めた。
血が頬を伝い、腰の折れた直剣の柄に手を伸ばす。
ナイフが飛んで来るんだ、タチの悪い酔っ払いが暴れてるかもしれない。
警戒心を強めると黒髪の長髪に琥珀色の瞳、スーツを着こなした女性がこっちに近付く。
「ふふ、ごめんなさいね。ジェイクの馬鹿が戻って来たのだと勘違いしちゃったわ」
笑みを浮かべながら謝る彼女だが、笑顔だけど眼が笑ってないんだ。
本当に勘違いだったのか疑いたくもなるけど、今は加入前だし先輩達とは円滑でいい関係を構築したい。
それに酒場には結構なお客さんも居るし酒の席に水を指すのは不粋だ。
折れた直剣の柄から手を離して、ついでにナイフの行方に視線を向け……絶句してしまった。
地面に倒れていたジェイクの尻に突き刺さったナイフ。これは見なかったことにしよう。
「勘違いならしょうがないけど危ないから気をつけてね」
気にしてないと笑いかけた。
「えぇ、次からは気を付けるわ」
笑顔を浮かべて右手を差し出す彼女に俺は左手を差し出した。
すると女性は差し出した左手を掴んで、
「……手の剣ダコと腕の筋力、鍛えられているけど確かにチグハグね。システィナ、面白い子を連れて来たわね」
分析するような眼差しでそんな事を語り出した。
「アスラに関しては報告通りよ。それよりもアイネ? さっきのナイフはどういうつもり?」
先程の件を咎めるシスティナにアイネと呼ばれた女性は掴んでいた左手を離し、システィナの両肩を優しく触れた。
「アレは勘違いしただけよ? それよりも今まで誰とも組まなかったシスティが男連れで帰って来るんですもん。少し気になっちゃうわ」
アイネがシスティナを心配してることはなんとなく分かった。
それりゃあ誰とも組まなかった女の子が男連れで帰って来たらナイフの一本でも投げたくなるのかもしれない。
「アスラとは何もないけど?」
それに関しては本当にシスティナの言う通りだ。
「本当に? 彼、見た目と優しげな雰囲気はなかなかだと思うけど」
「アイネが心配してる事なんて無いわよ。それに私が男のために腹黒サングラスを頼ると思う?」
「貴女なら頼らず自分の力でなんとかしようとするわね」
システィナの事をよく理解してるからこそ、アイネはそれ以上詮索する気が無いのかシスティナの両肩から手を離した。
そしてアイネはこっちに振り向き、
「アスラ、3階でギルドマスターが待ってるわ。システィナと一緒に来て」
酒場の3階に向かって歩き出した。
いよいよギルドマスターとの対面に身を引き締めてアイネの後に続いた。




