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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
33/62

06.教育者

 白銀の月が虚空の穴と重なり黒兎の鳴き声が遠くから聴こえる。

 執務室で書類に羽根ペンを走らせ敬礼している部下に視線を向ける。

 二等兵が敬礼したまま肩を強張らせ緊張しているのも無理はない。

 なにせ彼は突然呼び出され悪名高い指揮官の下に居るのだ、緊張しない方が難しい。

 彼を呼び出したのは他でも無い独断行動の件だ。

 そして呼び出す前に事前に眼を通した調査報告書……涙ながら訴える市民を見兼ねて独断で始めた調査は問題では有るが、教育状態にありながら行動に移したことは評価に値する。

 もっとも彼は処罰から逃れられないが、


「貴様の調査報告を読んだが、犯人の目撃情報が無いと?」


 有益な報告なら処罰を軽めにすることも厭わない。

 

「え、えぇ……雪道には存在する筈の痕跡と犯人に関する目撃証言はありませんでしたが、目の前の人が消えるという現象はいくつか証言で得られました」

 

 二等兵は緊張に肩を震わせながら疑いの視線を向けている。

 指揮官ならそんな芸当が可能なんじゃないのかと。

 可能か不可能かと問われれば魔術と秘術に精通した自分なら可能だ。

 逆に魔術と秘術の両方を扱えるなら誰にでも犯行は可能とも言える。

 その意味では軍上層部、メジアンブルク基地に駐屯する兵士、酒場の店主に道具屋の店主、果ては鉱夫にも可能だ。

 

「その現象に関して言えば魔術で姿と痕跡を隠し、沈黙の秘術の合わせ技なら可能だな……俺とお前を含めてそれが可能な人物は存外多い」


「……確かに自分にもそれは可能ですが人を攫うメリットも動機もありません」


「お前に動機が無いように俺にも動機が無い」


「……人体実験を行なっているという噂もありますが」


 人体実験とは人聞きが悪い。部下に対して単にどの薬が誰に対して効果的に作用するのか調べているに過ぎないというのに。


「人体実験はしてないさ。そもそも市民に人体実験を施せば帝国軍の不利益しか生まん。それが理解できないほど馬鹿ではないだろう?」


「……それは、分かってます。所詮は噂に過ぎないと」


 顔を伏せている二等兵に対して話を続ける。


「お前が俺を疑っているのは理解してるが、この件に関しては手は打ってある」


 二等兵が心底驚いてるが無理もない。

 彼の眼には俺という人間がどう映っているのか、教育者としての立場と悪名の数々を思えば彼の反応は正常だ。


「上官殿が既に手を……市民のために」


 今更軍隊が誘拐事件を解決したところで信頼の回復など不可能に等しい。それだけ市民は軍隊を信用せず敵意さえ懐く始末だ。

 そんな状況でも無能をこれまでかと詰め込み肥えた軍上層部共と皇帝陛下が侵略路線を変えることはない。

 軍上層部が甘い汁を啜るために皇帝陛下を支持しているが、あの優しかった皇帝陛下が何故宣戦布告したのかは今でも、誰にも判らない。

 少なくとも二十年前の皇帝陛下なら絶対に選ばなたかった、いや選択肢にすら浮かばなかったと言うのにまるで人が変わってしまったような変貌だ。

 しかし現状で侵略路線を続ける意味が薄い。度重なる増税と徴兵による募る不満と怒り。

 理不尽なスラム落としと傲慢な貴族による差別意識。

 だから軍事資金やら溜め込んだ私腹を盗賊ギルドに盗まれ国民にばら撒かれるのだ。

 それに今回は動かなければならない状況でも有ったのは事実だ。

 だからあの腹黒サングラスから入手した情報を基に手を打ち、邪魔が入らないようにあの少女とも交渉を済ませた。

 こちらは対価として情報を提供することになったが、それは些細な問題だ。盗賊ギルドを敵に回す結果と比べれば。

 それに誘拐犯共という使い捨てにできる手駒が手に入るのは何よりも得難い。

 腹の内を二等兵に隠しながら続ける。


「明朝5.00には部隊が連中の拠点を叩き、市民を救出する手筈になっている」


「それは……自分の調査は無駄だったのでしょうか?」


 彼の行動は決して無駄とは言えない。

 むしろ今の状況で市民に寄り添える人材は貴重だ。

 しかし俺は従順な兵士を作り出すための教育者だ、前任から半ば強引に押し付けられた役割もある。

 教育者の役割はガレアス公国との戦争が終わるまで兵士を教育し従順な兵士を戦場に送り出すこと。

 ゆえに指揮官以前に教育者として二等兵の処罰を告げなければならない。

 

「規律と規範を乱し独断に走った結果がこれでは無駄だ。よって()は教育者としてお前を再び教育し直す」


「意志を持たず命令に従順に従うだけの兵士に……」


 足を竦ませた二等兵に冷徹な視線を浴びせる。

 徴兵はそういう風に教育するが士官学院を卒業した兵士や志願兵の処置は異なるが、どちらにせよ人道を無視した行為に変わりはない。

 ()が二等兵に近付けば、


「や、やめっ! うわァァァァっ!!」


 耐え切れず泣き叫んだ。

 いくら叫ぼうとも助けを乞おうとも外の見張りは従順な兵士。

 誰も二等兵を助けようとはしない。従順な兵士にとって悲鳴も助けと許しを乞う叫び声は微風程度でしかない。

 所詮は自我と意志を奪われた人形だ。仲間意識も愛国心も消えてしまった彼らに助けを求めたところで無駄だ。

 さて彼をどう教育するか、()は頭の中で教育プランを練りながら笑みが深まるのを感じた。

 ……所詮()も教育者を演じる人形に過ぎないがまだ()が存在してる内に手を打たなければ。

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