05.取引の訪れ
暖炉付きの宿部屋のソファで対面に座るシスティナに問う。
「それで詳しい話って?」
宿部屋に備え付けのポットから淹れた紅茶を一口呑んでからシスティナが答えた。
「今回の件には盗賊ギルドも水面下で動いててね、詳しい情報を入手するまでは下手に動けないのよ」
盗賊ギルドが動いてるなら俺達も調査に乗り出すべきだと思うけど、俺の立場はまだ正式に加入した訳でもない。
それ以前に下手に動けばせっかく入手した情報が無駄になるかもしれない、誘拐犯と言って良いのか分からないけど犯人が勢力なら作戦は必要だ。
そのためには情報が必要で下手に動いて悟られる訳にもいかないと。
「下手に動いて悟られないためって認識でいいのかな?」
「その認識で良いわ。実際に今回はちょっと面倒らしいの」
困り顔を浮かべるシスティナに首を傾げる。
「面倒って? 軍隊が誘拐犯に協力してるとか?」
「前例も有るけど今回は違うわ」
前例が有るんだとかツッコミそうになったけど今は我慢だ。
「じゃあどうして面倒なの?」
「単純に犯人の足取りと目撃情報、どうやって攫ったのかさえ不明なの。魔術にしても遠距離から対象を何処かに飛ばすなんて不可能だし仮に可能だとしても大掛かりになるわ」
犯行の方法が不明なのは理解ができるけど目撃情報まで不明なんてどいうことだろう?
外は雪が積もってて歩けば足跡が付く。攫うにしてもその場で抵抗されたら争ったような足跡が残るはず。
「争った痕跡さえ見つからないの?」
「困った事にね……あーでもギルドマスターなら既に判ってると思うわ」
それなら盗賊ギルドの情報共有してもいいと思うけど、システィナにそれらしい連絡は来てないみたいだ。
システィナもそれが腑に落ちないのか曇った表情で紅茶を一口。
「……アイツなら情報を掴み次第動く筈なんだけど、外部から交渉でも有ったのかしらね」
「外部から交渉? それも含めて今は我慢しろってことなの?」
「まー簡単に言ってしまえばそういう事よ。そもそも人助けなんて盗賊ギルドの領分じゃないわ」
システィナは自分の性分でも無いとカップを置いて肩を竦めてみせた。
疑問に感じなかったけど、言われてみればそうだ。
盗み専門の犯罪ギルドが人助けのために動くかと問われれば首を傾げてしまう。
一応盗賊ギルドは戦争回避のために義賊として動いてる側面が有るけど、人助けなんてするのだろうか?
「余程報酬が魅力的だったからとか?」
「さあ? あの腹黒サングラスのことだからなんかあるはずよ」
「うーん、盗賊ギルドが誘拐事件の調査に乗り出した。犯罪ギルドが市民を救出、軍隊や警察に変わって犯罪ギルドが救出に乗り出したのは動かない彼らを見兼ねて! とか?」
ちょっと頭の中で湧いた推測を手振りを交えて語ると、
「あんた、芝居が下手糞ね。語り口調をするなら棒読みはやめなさい」
まさかの駄目出しに狼狽えてしまう。
「盗賊として動くなら芝居も必要になるわ」
「精進します。それで他に現状動けない理由は無いの?」
話を元に戻すとシスティナは頭を掻いて天井を見上げた。
「相手がどの規模の勢力か分からないけど単純に戦力不足。私とあんたの2人だけでどうこうできるならギルドマスターがわざわざ動くなって指示を出さないわ」
ああ、システィナが動かないのもギルドマスターの指示も理由の一つだったのか。
それに規模も不明な相手に立ち向かうのも流石に無謀と言えるし、今回の一件は動かない方が正しいか。
ただどうしても頭の隅には悲しみに暮れるお爺ちゃんや坑夫、駆け込んだ男性の様子や兵士の様子がちらつく。
「助けを求められた訳でもないし、それに兵士も応対してたから俺達が調査に乗り出す理由もないか」
「連中の様子は少し変だったけど、兵士が独自に調査してるようだし任せるべきね」
システィナの意見に同意を示すとドアからノック音が響く。
思わずお互いに顔を見合わせる。
「押し売りだったら適当な理由を付けて断って。あ、燃料魔石の訪問販売だったら3つぐらい買っておいて」
投げ渡された財布を受け取り、ソファから立ち上がってから気付く。
俺が応対することになってることに。
いや、別にそれぐらいは構わないしご飯も奢ってもらってる立場で反論など許されないのだ。
反論するなら先ずは彼女に借金を返してからだ。
俺はノック音が鳴り響くドアを開け、
「押し売りは間に合ってますよ〜」
遠回しに帰れと告げてから来訪者の正体に気がつく。
酒場に居た兵士とは違った堅苦しくて装飾が飾られた軍服を纏めた男性に。
長い金髪をサイドに纏め、眼鏡を押し上げる男性の黒い瞳と目が合う。
「押し売りに見えたかね? もしそうなら眼鏡の購入を検討するか眼科に行くことを提言しよう」
嫌味たっぷりな口調で返されてしまった。
俺には軍服を見ただけで階級は分からないし、彼が何者なのかも定かでない。
「あー、兵士さんが何の用なの?」
率直に訊ねると兵士の眉間に皺が寄った。
その直後背後からシスティナに言われる。
「アスラ、ソイツはジュリアス大佐でこの辺を統括する第4師団の指揮官よ」
なんで指揮官がわざわざ此処に!?
指揮官って部下に命令出したりする偉い立場の人だよね!
「……えーとジュリアス大佐がどうしてこちらに?」
「悪名を含めてそれなりに有名だと自負していたが……まあいい要件を済ませるとしよう」
そう言ってジュリアスは俺を退けて宿部屋に踏み込んだ。
入室を許した覚えはないけどシスティナが対面に座る彼に何も言わない辺り問題ないらしい。
仕方ないと俺は部屋の隅で話を聞くことにした。
「単刀直入に言おう、今回の一件には何もするな」
「何もするなって言われても明日には出発する予定よ。それとも私に調べられると不都合でもあるの?」
「何もないさ、ただ連中の捕縛は我々にとっても意義が有る」
誘拐犯の逮捕に第四師団が動く。なおさら俺達が動く理由が無いんだよなぁ。
ジュリアスは何をそんなに警戒してるのか。
「警戒されなくとも何もする気は無いわよ。でも意外ね、冷徹で教育者として悪名が轟いてるあんたが逮捕に乗り出すなんて、連中はそれほどなの?」
「軍人が市民の安全を護ることは意外でも何でもないと思うがね。……連中は厄介ではあるさ」
指揮官にも厄介と言わせる誘拐犯か。少し気になるな。
「ふーん? どんな連中なのよ、例の組織とか?」
「魔人の復活を謳う組織の構成員が国内で活動してるが、瑣事に過ぎんよ」
罪人都市ゾンザイでも活動してるって聴いた組織だけど、結局あの場所で遭遇することもなかったなぁ。
というか魔人の復活を目論む組織を瑣事って切り捨ていいものなのだろうか?
それにしてもジュリアスは結構質問に答えてくれる。何か裏がありそうだけど……。
俺がそんな事を考えているとシスティナがジュリアスを見詰め、深くため息を吐いた。
「はぁ〜眼鏡とかサングラス掛けてる奴ってなんで腹黒が多いんだか、嫌になるわぁ〜」
「さてこちらはお前の所属は預かり知らないが腹黒サングラスになら心当たりはあるな」
今の含みのある言い方……システィナが盗賊ギルドだって気付いてる?
いや、どっちかは判らない状況で下手に口出すとボロが出てしまうな。
「ふーん、あんたの事だから腹黒サングラスと交渉済みじゃないの?」
「ああ、向こうも交渉に応じたが……ふん、まあいい」
交渉済みなら既にシスティナにも連絡を……あ、動くなってそういう意味だったのか。
ギルドマスターとジュリアスの間で何らかの取引が行われたことは分かったけど、それが何なのかは判らない。
システィナも眉間に皺を寄せて考え込んでるけど、答えが出ないと判断したのか、
「ま、さっきから言ってるように私とそっちに居る彼は明日には出発するわ。あんたらが私達に罪を擦り付けたりしない限りね」
「ふむ、では明日の旅は影ながら祝福するとしよう」
ジュリアスは立ち上がり、そのまま宿部屋を退出した。
交渉と呼べるかも怪しいしかと言って取引かと言われると違う気がする。
というか俺が知らないだけでシスティナはギルドマスターから指示を受けていたのだろうか?
それなら動けない理由に関する会話は何だったのかとか疑問が生じるけど。
「システィナはギルドマスターから指示を受けてたの? さっきまでの説明の意味は?」
「細かい指示とかは受けてないわよ。メールで誘拐事件に関することを知らされたぐらいでね。まあ動くなってのは指示に当たると思うけど」
「説明の意味は有ったわよ? あんたが無駄に正義感を拗らせて無闇矢鱈調査に出ないようにする必要も有ったわ」
なるほど、確かに俺はシスティナから詳細を聞かなければ約束を忘れて調査に乗り出していたかもしれないな。
「じゃあギルドマスターが調査を進めてるって話は?」
「それは本当のこと。恐らく動くなって指示も交渉が終わるか調査が終わるまでの間は動くなって意味だったのよ」
「交渉が不可能なら盗賊ギルドの手で誘拐犯から被害者を盗み出すって口実を作ってね」
盗賊ギルドが動いた場合は軍隊の信頼が低下、軍隊が事件を解決すれば信頼は向上するか維持はできる。
どっちに転ぼうとも盗賊ギルドに影響が出るとは思えない。
むしろ戦争をしたい国の軍隊が国民から信頼されるのは拙い状況なんじゃ? 判らない、ギルドマスターとジュリアスの目論見が。
「ギルドマスターがジュリアス大佐と交渉したのは間違いないけど、なんで交渉したのかなぁ」
「恐らくアイツの目的が最初からジュリアス大佐との交渉だったからよ……彼はそれに関しては嘘は言ってなかったわ」
「まあ実際には本人に確認しないと判らないし、交渉で何を得たのかも聴かないとなぁ」
答えてくれるかは、これまでのギルドマスターの話からして難しそうだ。
でも明日には出発するから誘拐事件のこともジュリアス大佐の目論見も考えても仕方ないのかもしれない。
「うーん、何だか今日は疲れたなぁ」
「慣れない旅と陰険眼鏡の相手だもの、誰だって疲れるわ」
それにしては慣れた様子で会話してたけど……あぁギルドマスターか。
心中で思ったことを胸の内に留め、先にシャワーを浴びて休むことにした。




