表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
31/62

04.宿町の事件

 夕暮れに染まった銀世界とレンガ組の町並み、道行く兵士と労働者に白息が漏れる。

 ブルク川とメジアン魔石鉱の中間に位置するこの町は宿町メジアンブルクと言うらしい。

 町の至る所に設置された魔道具から流れる熱気に首を傾げれば。


「あれは魔道暖房機よ。町の外よりは断然温かいでしょ」


 魔道具に付いて教えてくれた。

 なるほど、確かに町の外よりは温かいし寒波で冷えた体も温まる。

 改めて町中を見渡す傍らシスティナが魔道バイクを収納魔石に格納していると兵士に縋るお爺ちゃんが、


「ま、孫娘を捜してけろぉ……お願いだぁ、大事な家族をっ!」


 涙を流しながら孫娘を捜して欲しいと訴えていた。

 それに対して兵士はうんざりした様子で縋るお爺ちゃんを払い除けて歩き出してしまう。

 払い除けられて雪道に尻餅付いたお爺ちゃんはそれでも立ち去る兵士に手を伸ばす。

 兵士はそれさえ気付かず酒場に入ってしまった。

 何か一言あっても良いはずなのに、あの対応はちょっと無いなぁ。

 兵士の対応に苛立つものの町に到着したばかりの俺に何かできることは無い。

 お爺ちゃんに気休めで声をかけたとしても無責任な結果に終わる。


「胸糞悪い光景を見たわね……はぁ〜確かメジアンブルクに駐屯してる指揮官も悪い噂が絶えないのよね」


「悪い噂? 私腹を肥やしてるとか」


 システィナは白息を漏らしながら違うと首を横に振る。


「徴兵を徹底的に教育して従順な兵士に仕立てるらしいわよ」


「物騒な話だね。単なる指導じゃなくて教育って言ってる辺り似たケースが多そうだ」


「実際に隣人の男の子が徴兵されて人が変わったなんて話をよく耳にするわ」


 肩を竦めながら語るシスティナの表情は暗く険悪感さえ窺える。

 恐らく教育なんてのは方便で実際に行われてるのは洗脳なのかもしれない。


「他に悪い噂は有るの?」


「私が耳にしたのだと人の生き血を啜るだとか、生物実験を行ってるとか色々ね」


 人の生き血を啜り生物実験? ちょっと俄かには信じられない噂だなぁ。

 それにしてもさっきのお爺ちゃんは孫娘を捜して欲しいと訴えていた。

 つまり宿町メジアンブルクで行方不明か誘拐事件が発生していることになる。

 普通なら兵隊や警察が担当する事件だけどあの様子を見ると期待できそうにないなぁ。

 かと言って調査をしたところで怪しい奴だとして逆に捕まりかねない。

 何せ俺の持つ身分証は偽装で、俺自身が自分が何者なのかも分からない状態だ。

 そんな時に捕まってしまえば一発で牢獄、最悪罪人都市ゾンザイに逆戻りになる。

 それでもあのお爺ちゃんをなんとかしてあげたい気持ちもあれば心が訴えるのだ。

 このまま見過ごして良いのか? と。


「……罪人都市に逆戻りはちょっとね」


 葛藤はあるけど今は出来ることが無い。


「分かればよろしい……でもなんとかしてやりたいって気持ちは分かるわよ」


「じゃあ思い切って動く?」


「それはダメよ。詳しいことは宿で話すから()()()()()()


 真剣な眼差しで訴えるシスティナに俺は思わず頷き、歩き出す彼女に着いてゆく。

 背後にちらりと視線を向けると悲観する老人、そして何かを調べていたのか警察と思われる人物に連行される男性の姿が目に映り込んだ。

 行動するにしても身を守るための後ろ盾と正当な理由がなければ何もできない。

 無力だと認識した頃、彼女が足を止めた。

 そこは数分前に兵士が入って行った酒場だった。

 看板を見るに宿酒場らしく今日は此処で宿泊するらしい。

 店に入るシスティナの後に続けば、酒の匂いと焼かれた肉や魚の匂いした。

 

「部屋は空いてるかしら?」


「えーと、それが本日は一部屋しか空きが無くてですね」


 一部屋しか空きが無いなら諦めて別の宿屋にゆく。

 俺はそう思って扉に振り返ると、


「構わないわ」


 システィナがチェックインの手続きを始めていた!?

 ちょっと彼女が何を考えているのか分からない。

 男女同じ部屋で寝泊まりなんて……いや、今更か。

 不思議と焦りはないけど女の子と同じ部屋で寝泊まりが当たり前だと思ってはいけない。

 いくら記憶喪失でもそれが普通ではないことは分かる。

 とは言えシスティナに躊躇いが無い事には引っかかる。

 気楽に会話はしてるけど決して俺に気を許してる訳では無い。

 ましてや好意を抱かれてる訳でも無いんだ。

 単に宿部屋を探すのが面倒とか節約したいとかそういう理由なのかもしれないな。

 

「そんな所に居ないであんたもこっちに来たら?」


 俺が考え事をしてる間にシスティナはチェックインを済ませてカウンター席に座っていた。

 彼女の隣に座ってメニュー表を差し出される。

 相変わらず空腹感は感じないものの食事は喉に通る。

 ただそこまで多くの量は食べられないし、残すのは非常に勿体ない。

 なら食べ切れる量の料理を注文するのが正解だ。


「私はビーフシチューにするけどあんたは?」


「うーん、焼き鳥かなぁ」


 とりあえず選んだ料理をシスティナに伝えると、彼女は近場の店員を呼び出す止めて注文を告げる。

 ふと罪人都市ゾンザイのレストランに入った時のことが頭に浮かぶ。

 あの時は意味不明な料理名で、注文してもいつまで経っても来ず……挙句アニ・ナノールの起こした騒動で食べずに終わったんだっけ。

 流石に今回は前回と同じような事にならないはずだ。

 酒場には兵士と坑夫達がそれぞれ別れて呑んでるし、ひと騒動起こったとしてとも兵士が対応するはず。

 そんな事を考えているとふと兵士の話声が耳に届く。


「さっきの爺さんと合わせて何件目だぁ?」


「今日で誘拐事件はこれで25件目さ。それでも上官殿は相変わらず……」


 さっきお爺ちゃんを振り払った兵士が誘拐事件の話を?

 俺は会話の内容が気になって耳を研ぎ澄ませる。


「町を歩く度に泣き付かれちゃあ鬱陶しくておちおち酒も呑めたもんじゃあない」


「あれからお前、酒呑まなくなったんもんなぁ。どうせ今晩も1人で調査するんだろ?」


「……町中の至る所、近隣を捜索しても犯人の一団は愚か行方不明者の足取りが掴めない。……やっぱあの噂は本当なんかねぇ」


「噂だろ、指揮官殿も悪い噂が絶えないがそうするメリットが無いし今は例のアレで忙しいからなぁ」


 会話はそこで途切れ、二人の兵士の間に沈黙が流れる。

 さっき徴兵は教育されてると聞いたけど、あの態度の悪かった兵士も誘拐事件を独自に調査してる辺り憎めない人なのかもしれない。

 

「また増税と魔石の採掘量を増やせとか……」


「魔石の買い手は幾らでも居るけどよ、流石に朝からこの時間まで働き詰めで給料も安いとなるとなぁ」


「おまけに坑夫の中で行方不明者も出てると来た」


 増税と仕事量の増加に対する不満と坑夫にも及ぶ被害。

 誘拐犯は坑夫さえも攫えるってことはよほど腕っ節が良いのかなぁ?

 俺が噂話でそんな事を考えていると注文した料理が運ばれ、


「えっ!? でかっ!」


 腕ほどのサイズはあろうかと思うほど大きくて太い焼き鳥に思わず叫んでしまった。

 こんなに食べ切れない、助けを求めるようにシスティナに視線を向ければ彼女は俺の視線に気付くことなく黙々とビーフシチューを幸せそうに食べている。

 幸せそうなシスティナの表情に焼き鳥のサイズなど些細な問題で、ましてやあの笑顔を曇らせちゃダメだ。

 俺は覚悟を決めて焼き鳥を持ち上げる。けっこう重いし串が熱い!

 手に伝わる熱を堪えながら焼き鳥に喰らい付くっ!

 こんがり焼き上がった鶏肉から溢れる肉汁と香料の効いた味が口に広がる。


「美味いっ! けどデカい!」


 一口、二口、三口と焼き鶏を食べ続けるも一向に完食する気配も無ければお腹が満腹感に満たされる。

 

「……なにそのサイズ? 流石にそれの完食は無理じゃない」


「うん、もう限界なんだ」

 

 焼き鳥を皿に置こうとした瞬間、扉が乱暴気味に開かれた。


「大変だ! 今度は武器屋の息子が消えたっ!」


 事件が起きたと告げる男性に三人の兵士が立ち上がるものの、他の兵士は飲食を続け気にした様子さえ見せない。

 食事を終えたシスティナが席を立ち、


「食べ終わったなら部屋に行くわよ」


 既に三人の兵士が対応してる状況で素人が出る幕も無く。

 俺は焼き鳥を皿に戻して部屋を向かう。その時、一瞬だけ見えた男性の焦りと恐怖。

 少し酒場を見渡せば坑夫達の困惑と恐怖に歪んだ表情、そして無表情で淡々と食事を無機質に続ける兵士達の様子がはっきりと見える。

 これはますます素人は下手に介入できないのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ