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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
29/62

02.巨竜の道

 曇り空の下は見渡す限り辺り一面の雪原の景色。

 魔道バイクが走る整備された雪道。

 北に向かえば向かうほど寒いと聴くが、まさかグレシア関所を超えた瞬間に環境が急変するなんて。

 大陸の季節は春だけどこの寒さには白息が漏れる。

 グレシア関所を出発してから結構時間が経つけど、未だにこの寒さに慣れるのは厳しい。

 寒さに身が震えるというのにシスティナは平然と魔道バイクの運転を続けている。

 相変わらずの臍出しにコートを着ただけの装い。とてもじゃないがケルドブルクを旅する服装じゃない。

 魔道バイクを運転するならなおさら防寒対策は徹底すべきだ。

 

「グレシア関所を出発して結構経つけどさ、キミは寒くないの?」


「これぐらい平気よ」


 お腹を冷やさないのか若干心配にもなるけど、彼女の声色から単なる強がりではないことが分かる。

 北国で生まれ育った彼女にとってこの寒さは慣れ親しんだ環境ということか。

 

「……まあ油断してると凍死するけどね」


「慣れは最大の敵って言うけどさ……キミの服装は油断のなにものでもない気がするよ」


「因みに今日は野宿よ」


 辺り一面の雪原で野宿。

 罪人都市でテントも買ってたけど野宿を頭に入れてのことだったのか。

 いや、普通に死ぬと思うけどっ!?


「凍死するんじゃないのかな」


「大丈夫よテントには保温の魔術が施されてるから」


 保温の魔術で凍死は防げるなら別に文句はないし、これもオローラを見るいい機会かもしれないな。

 納得してなんとなく明後日の方向に顔を向けると雪原を飛び跳ねる巨体を誇る黒い生き物に、


「なんか居るけど!?」


 俺が思わず身構えて叫ぶとシスティナがそちらに顔を向ける。

 すると彼女はため息混じりに肩を竦めた。


「なんだただの黒兎じゃない」


 ただのと言えるシスティナの度胸を見習うべきか、それとも人より巨体の黒兎はそういう生物と認識するべきなのか。

 それでも言えることはあの巨体に襲われたら一溜りもない。


「襲われたら危険じゃないかなぁ」


「初見の人はみんなあんたと同じ反応をするわ」


「誰だってあんな巨体の生物を見たら驚くよ」


「人よりも大きい生物なんて珍しくないわよ? ま、記憶が無いあんたが驚いたり疑問に感じるのは無理もないか……」


「いいアスラ? 黒兎は人懐こくってもふもふなの。魔物の血を受け継いでる生物だけど人畜無害よ」


 それにかわいいっと断言するシスティナに俺は一つだけ疑問を挟まざるおえない。


「いまさ魔物って言った? 魔物って人類に害意を持つ危険生物の魔物だよね?」


「あんたどこでその知識を得たのよ……確かに魔物は危険生物だったけど大崩壊中に人を襲うことは無くなったそうよ」


 種として存亡に関わる大崩壊の最中で人を襲う余裕も無かったのかな?

 魔物の考えなんて分からないけど、ただ言えることは大崩壊を生き抜いた魔物は在り方を変えたのかもしれない。

 俺は改めて黒兎に視線を向ける。

 なんか群れで踊っている。

 それはまるで何かに対して喜んでいるような、歓迎しているような様子だ。


「……そろそろね」


 システィナの意味深な呟きに俺は正面に視線を向ける。

 なにがそろそろなのか? 考えられるとすれば町が近いか黒兎の踊りに関係したことか地形が関係してるかだ。


「町でも近いの?」


「この付近に町は無いわよ。というか建てられないわ」


 こんな雪原じゃあ町の建設も一筋縄に行かないのも頷ける。

 ただ人が通るために雪道が整備されてる辺り、町を建設しようと思えば可能なのかもしれない。

 しかし黒兎の踊りといい他にも理由があるのだろう。

 

「雪原の雪道を整えられるのに町は建てられないの? 黒兎の踊りと何か関係が?」


「あんたは疑問に対する着眼点はいい線行ってるわ。ただこればかりは実際に見た方が早いわね」


 そう言ってシスティナは魔道バイクの速度を上げ雪道を走る。

 加速した魔道バイクから振り落とされまいとシスティナの脇腹をしっかり掴む。

 それにしても吹き抜ける風が冷たいな。

 冷風に耐え程なくすると異様な光景が映り込む。

 雪原にいくつも点在する崖かと見紛う巨大なクレーターに息を呑む。

 それはまるで巨大な生物が通ったように東から西に続いており、システィナが運転する魔道バイクは確実に巨大なクレーターに向かっている。


「し、システィナさん? この先のクレーターを通るの?」


「驚いてるみたいね!」


 システィナがしてやったりと言わんばかりに笑う。

 つまりアレが付近に町を建設できない理由であり黒兎が踊る理由の一つだと理解した俺は、


「キミが見せたかったのは分かったけどさ、あのクレーターは通れるの!?」


 刻々と近付くクレーターに叫ぶ。

 だって崖みたいに深い穴なんだもん。

 もしも落ちてしまったら大惨事では済まされないだろう。

 直進するよりクレーターとクレーターの間に出来ている雪道を通った方が遥かに安全だ!

 しかし俺の心の叫びなど無意味でシスティナは魔道バイクを減速させることはなく寧ろ加速させた。

 そして前輪ごと車体を浮かせたシスティナは声高らかに叫ぶ。


「しっかり掴まってなさい!」


 言われずとも既に掴まってる。

 というかツッコミたいけどいま叫んだらきっと舌を噛むだろう。

 俺がそんな事を考えていると魔道バイクが宙を浮く。

 いや、正確にはクレーターを飛んだのだ。

 思わず下を見れば、クレーターが巨大な生物の足跡のような形だということが分かる。

 こんな巨体を誇る生物が存在するのか? むしろこれも魔術か秘術とかすごい力によって作られたクレーターだと思いたい。

 魔道バイクがクレーターの対岸に着地し、システィナは速度を落とすことなくそのまま雪原を駆け抜ける。


「今のは山岳竜の足跡よ」


「あんな巨体なクレーターが足跡……マジで?」

 

 ちょっと俄かには信じられない。


「本当よ。山岳竜の通り道を巨竜の道と呼んでるの」


 システィナが嘘を言ってるようには思えない。

 つまり大陸には山岳竜と呼ばれる巨竜が棲息し、巨竜の道付近に町を建設しないことも理解が及ぶ。

 それでも黒兎の踊りだけは分からない。


「黒兎は山岳竜の接近が近いと踊り出すのよ。それで山岳竜が東の国境を越えると地響きが発生するの」


「巨体なら仕方ないと思うけど、山岳竜は大陸を一周でもしてるの?」


 東から西に続く巨竜の道を見ながら質問するとシスティナが頷く。


「そうよ、山岳竜はずっと大陸を一周し続けてるの。それに山岳竜の背中には山岳竜街(シャロン)と呼ばれる移動都市が在るわ」


「入国には手続きが必要だけど山岳竜が入国手続きを?」


「竜は知性が高いけど手続きはしないわよ。それに山岳竜街は各国から特別に無許可の出入りが許可されてるの」


 どれだけ巨体なのかは実際に見てみないことには分からないけどあの足跡だ。

 入国手続きに歩みを止めるにしても逆に被害が被りそうだなぁ。

 それはそれとして近年の情勢で入国手続きは厳重に取り締まりされそうな気はするけど、案外ケルドブルク帝国とガレスト公国は互いの工作員を敵国に送り込むために利用してるのかもしれない。

 罪人都市ゾンザイでも両国の工作員が暗躍してると聴く。なおのこと東と西が北と南は通さないなら移動都市を利用しない手はないのかもしれないな。

 俺がそんな事を考えていると魔道バイクが停まり、システィナが雪原に降りた。


「今日はこの辺で野宿よ」

 

 彼女に倣って荷物を手に魔道バイクから雪原に足を付く。

 雪に足が足首辺りまで沈む。非常に動き難いけど滑らないだけマシかも。

 

「ちゃちゃと設営して明日の早朝に出発よ」


 罪人都市ゾンザイからここまでシスティナは魔道バイクの運転を続けた。

 グレシア関所で小休止はしたけど彼女は間違いなく疲れてる。

 俺はそのまま荷物からテント用具一式を取り出して……何事もなく設営を終わらせた。

 テントの設営なんてした覚えもないのに無意識のうちに身体が勝手に動くような感覚が不思議でならない。

 もしかして記憶を失う前の俺は野宿も嗜んでたのかな。

 だが俺の疑問が晴れることはないし、そんな事を考えるよりも今日はシスティナを労いつつ休んでしまった方が得策だ。

 まだ慣れない雪原の旅、油断して体調を崩したらそれこそ笑い話にもならない。

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