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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
ケルドブルク帝国編
28/62

01.グレシア関所で足を止めて

 罪人都市ゾンザイの北に位置するグレシア関所で無事に入国手続きを終えた俺とシスティナは、施設内の宿泊部屋で休憩を取っていた。

 窓に視線を移せばグレシア関所の丁度背後に雪に包まれた重厚な建造物が目に映る。

 グレシア関所は閑散としながら背後に聳える砦が威圧感を与える。

 近年建造された砦にはケルドブルク軍が駐屯し国境線で絶えず軍事訓練が行われてるのだ。

 実際に俺はここに来る道中で軍隊の行進を目の当たりにした。

 魔道銃を標準装備に兵士それぞれに適した武器と長距離を砲撃するための移動式砲台。

 罪人都市では何処か他人事のように捉えていたけど、いざ武装した軍隊を目の当たりにすると現実に直面したのだと理解が及んだ。

 同時にガレイスト公国との緊張状態も只事ではないのだと。


「今にも攻め込みそうな勢いだったな」


「罪人都市ゾンザイや妨害工作が無かったら20年前に両国の土地は戦火に包まれてたわね」


 両国が同時に宣戦布告したのが二十年前。

 互いに進軍を試みたそうだけどアズマ極東連合国、セイズール、罪人都市ゾンザイと様々な勢力の妨害によって小競り合い程度に留まっているのが現状らしい。

 二十年も進行目標を変えない辺り両国の仲は元々険悪だったのだろうか?


「それだけ険悪な国だったの?」


 俺の疑問にシスティナは眉を歪めた。

 

「建国時からの友好国で盛んな交換留学。積極的な交易と共同技術研究なんかが頻繁に行われるほど友好国だったらしいわよ。少なくとも20年前まではね」


 建国時がいつかは分からないけど、それだけ長い友好国と二十年前に突如互いに敵対? それはあまりにも奇妙な話に思えた。

 両国の小さな衝突の積み重ねの結果と言われた方がまだ納得も理解もできる。

 

「えっと、原因って分かってるの?」


 きっと何かしらの事情があったのだと。俺の淡い期待を抱く様にシスティナは首を横に振る。


「突然だったらしいわよ。軍部の人間も大混乱で反発しようものなら極刑も辞さないほどだったとか」


「俺は政治とか国の運営は何も分からないけど、そう言うのって軍部と協議して決めることなんじゃ」


「普通ならね。みんな当時のことを聞くと皇帝が乱心したって口を揃えて言うわよ」


「誰も止める人は居なかったの?」


「戦意と狂気は伝染する。戦争のために始まった重税と軍人優遇制度が軍に甘い蜜を与え、反乱を起こす前に戦争意識に呑み込まれたそうよ」


 それだけで戦争意識に染まるものだろうか?

 でも同時に宣戦布告して添えなければ故郷に攻め込まれる焦りもあったと考えれば軍人が戦備増強を良しとするのも理解できなくはない。

 それでも革命家が立ち上がりそうなものだけど。


「革命家は立ち上がらなかったの?」


「革命を起こせば敵国の侵攻を許しかねず国が割れる状況を作るわけにはいかなかった……だから水面下で妨害に徹底する事にしたそうよ」


 ベッドに腰掛けていたシスティナは息を吐きながら肩をほぐすように動かす。


「まだまだ知りたいことは多いだろうけど今日はここまでよ」


 こうしてシスティナに質問して色々と知っていくことが最近の俺の日常になりつつある。

 それでも逸る気持ちがつい彼女に訊ねてしまう。

 

「ありがと……それで出発はいつだったけ?」


 外を見れば悪天候で魔道バイクを動かせないことも理解できてるのに、それだけ俺は出来るだけ速くこの場所から離れたかった。

 軍隊が見せる集団規模の威圧感と殺意……そんな感情に呑まれるのが怖くて仕方ないのだ。


「雪は2時間もすれば雪は止むけど、出発は止み次第になるわね」


「まあ速く此処から離れたい気持ちは分かるけどね」


「ビビりでごめん」


「軍隊に近付くなはケルドブルク市民にとって常識よ。それにあんたも見たでしょ? あの異常に殺気だった眼を……アレは私でも恐怖を感じるわよ」


 肩を震わせるシスティナから確かな恐怖心が伝わる。

 その様子に少しだけ安堵してしまった自分が情け無い。


「なに小難しい顔してるのよ」


 そんなに小難しい顔してたかな? いや、してたかもしれない。

 俺が彼女の言葉に納得してるとシスティナが背を向け、


「そんなことよりもほらっ」


 肩をほぐす様に握り締めた。

 そういえば此処に来る道中で肩揉みの約束をしたなぁ。

 俺はソファから立ち上がってベッドに座るシスティナの背中に近寄る。

 そして両手を肩に近付けーー本当に触れて良いのかぁ?

 

「どうしたの? やるなら早く欲しいんだけど」


 肩には彼女の美しい銀髪がかかっている。

 あまりにも美しい髪に触れて良いものかと躊躇してしまうが、システィナの『早くして』と訴える視線に俺は両手を両肩に置く。

 そのまま親指で肩を押す。


「うあっ!」


 なんて声を出すんだ!? そんな叫び声をグッと飲み込んで肩揉みを続ける。

 その度にシスティナが気持ち良さげな声を漏らす。


「んん〜」


 これは誰かに聞かれてたら勘違いを招きかねない。

 まだ昼にも早い時間帯に宿部屋からシスティナの声。

 聴こえようによっては喘ぎ声に聴こえるかもしれないけど、ただ肩揉みをしてるだけなんだ!

 俺はきっと廊下に居るであろう人々に弁明しながら肩揉みを続ける。


「はぁ〜肩の凝りが解れたわぁ」


「それは良かったね……でも結構硬かったけど魔道バイクはそれだけ肩が凝るの?」


「普段は肩なんて凝らないんだけど……ほぼ四つん這いに近い体勢だからね〜でも風は気持ちよかったでしょ」


 確かに魔道バイクが走ってる間に感じた風は心地良かった。

 何よりもはじめてってことで楽しかったのも事実だ。

 俺は肯定するように頷くとシスティナが満足気な笑みを浮かべる。

 普段はクールな感じな表情が多いのに笑ってる表情はかわいい。

 それでもいざ戦闘になれば凛々しい一面を見せ、魔道バイクを乗ればかっこいい少女に変わる。

 

「なによ? 私の顔に何か付いてる?」


「いやぁ〜魔道バイクに乗ってるキミはかっこよく見えたなぁって」


「褒めても何も出ないわよ」


 とか言いながら満更でもなさそうな表情だ。

 今のシスティナを見ていると罪人都市に居た頃は張り詰めていたのかもしれない。


「おっ? 予定よりだいぶ早く病んだわね」


 システィナの声に釣られて窓に顔を向けると雪は嘘のように止んでいた。

 システィナはベッドから立ち上がり、徐に荷物を漁り出す。

 そして荷物から着替えを取り出したシスティナがこっちに視線を向けーー着替えるのに男の俺は邪魔だな。

 俺は言われるよりも早く部屋を出た。

 廊下に出ると前屈みで壁に手を付いてる数人の男性と不意に目が合う。


「「「………」」」


 視線に込められる殺意に俺はそっと眼を逸らす。

 ただ肩揉みをしていただけなんだ。きっとその弁明は今の彼らには通用しないのだろう。

 むしろ何か語ろうものならば腰の得物を抜く勢いさえ見せている。

 俺とシスティナはそんな関係じゃあないのに。

 そんな事を内心で思っていると部屋のドアが開き、


「……? 早く行くわよ」


 システィナが俺の手を引っ張りながら北門に向けて歩き出した。

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