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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
罪人都市編
24/62

21.強者共の戯れ

 静寂に包まれたわたしの寝室。

 この静寂とは打って変わって城内は喧騒に包まれていた。

 時期にこの騒ぎの元凶もここに辿り着くだろう。いや、もう辿り着いていたか。

 わたしは杖を背後に振り抜いた。

 硬い金属に阻まれる爆撃杖と冷徹な視線。

 わたしの目の前に居るのは間違いなく人斬りだ。ヤマトの狂人ムラサメ・ヤクモ。

 黒い瞳、茶髪と髭。返り血に染まり穢れた和服。

 看守から告げられた身体的特徴とも一致している。

 奴がここに辿り着くまで一体何人の看守や警備兵がやられたことか。

 看守はいつの間にか入り込んでいた救護団によって治療されるが、それでも部下を傷付けられた事実には変わりない。


「貴様が人斬りのムラサメ・ヤクモか」


「いかにも。今宵貴殿の首を討ち取る者だ」


 ムラサメは歓喜に打ち震えながら刀で爆撃杖を弾いた。

 距離を取ろうと退がる奴に対してわたしはすかさず距離を詰め、


「距離を離すわけがなかろう?」


 爆撃杖でムラサメの腹部に突きを放つ。

 古代遺物の爆撃杖には触れたものを対象に爆発する魔術が宿っている。

 既に刀に一度、そしてムラサメの腹部に一度。これでいつでも爆発できるわけだが、相手は腐っても剣豪。

 ムラサメは脇差を抜き、すかさず自らの腹部と刀を斬り付けた。

 一太刀によって両断される印ーー爆撃杖の所有者にしか見えない印をムラサメは直観任せに気付き斬ったのか。


「これが爆発の仕組み……」


 腹部の出血はムラサメの練気によって瞬く間に塞がれ、奴はこちらに狂気の視線を向けた。

 腰を落とし刀の柄を掴む姿勢。居合斬りの構えにわたしは、背後から接近する者の気配に任せるように、ムラサメに背を向ける。

 意表を突かれたムラサメに接近する人物は、


「漸く見つけたでござるよ!」


 勇ましく刀を抜くーーコイツは誰だ?

 わたしは確かに部外者を雇った。ヴェルト率いる義勇兵達を。

 しかしこの見ず知らずの若者を雇った覚えもましてや招き入れた覚えもない。

 てっきりヴェルトが駆け付けたかと思えば来たのは全くの別人。


「拙者はカイ・エノシラ。そなたと死合うために此処まで来たでござる!」


「侵入者が2人に増えたか」


「ちょっと待つでござるよ!? 拙者は其奴を斬るためにでござる。謂わば利害の一致ってやつでござるよ!」


 目の前の少年が侵入者である事実には変わらない。

 それにわたしはムラサメの雇い主を知る必要がある。

 とはいえ、計画通りなら既に雇い主の方は始末されている頃合いか。

 惜しい人材だったが敵なら仕方ない。本格的な戦乱が始まるよりは安い代償だ。


「エノシラ家の小僧か。面白い、罪王と小僧の首を手土産にしてくれよう」


 居合の構えを取り直したムラサメにカイが刀の刃を向ける。

 そして私は二人に対して爆撃杖を構え、体内の神秘を活性化させた。

 カイは味方と言うが侵入者に変わりはない。何やら因縁の有る者同士の戦闘を観たい気持ちは有るが、ならばこそ二人まとめて捕縛するのが罪人都市を治める者としての責任だ。

 馬鹿正直に真っ向勝負に付き合ってやる筋合いもない。

 わたしが魔術を放とうと体内の神秘を最大限に活性化させたその時だった。

 部屋の外から感じる重圧感にこの場に居る誰もが扉の外へ身体を向けたのは。

 いや、向けざる負えなかった。これだけの威圧感を放つ者が投獄城に現れたのだ。

 一体誰が? 心当たりは一人だけ居るが彼女と会うのは明日。

 彼女以外の誰か、例の組織か新たな刺客か。わたしも身構えると扉がゆっくりと開かれる。

 外套で身体を覆い隠して素顔も隠した人物の姿にわたしは思わず呆れた眼差しを向けるのも無理はなかった。


「なぜ貴女がここに?」


 素朴な疑問を訊ねれば彼女は不思議に首を傾げた。


「会う約束だったから」


「それは明日の話では?」


「? 日付が既に変わってるけど」


 確かに0時を迎えて日付は変わっている。

 しかし普通こんな時間帯に人を訊ねないだろう。

 長く生きるエルフ族は常識をどこかに落としてしまったのか?


「冗談だよ。ちょっとした確認のために来たんだ……ふむ、私はいま非常に機嫌が悪い」


 外套に隠された腰から一振りの直剣が抜かれたかと思えば、ムラサメとカイが床に倒れ伏していた。

 一瞬の出来事。まさに神速の如き所業に身体が震える。


「……や、八つ当たりとかっ」


 床に倒れ伏したムラサメの悲痛な声にわたしは思わず頷いてしまった。

 仕事で潜入し標的と相対したまで良かったが、突然現れた彼女に八つ当たりの如く制圧されては文句の一つも出るだろう。

 むしろ彼らには彼女に文句を言う権利がある。

 大人気ない、自重しろとか色々と。


「おや? どうして私が非難されてるのかな」


「そこの人斬りとカイは何やら因縁があったらしい」


「私には関係ないことだ。それより久し振りになるかな、グレファス」


「……はぁ〜相変わらずだな剣聖レティシア」


 彼女の素性を口にすると首筋に直剣の刃が当てられる。

 なぜ? とは疑問に思わない。

 剣士が目指す極みに居る彼女が剣聖と呼ばれながら、その名を嫌っているからだ。

 いや正確には複雑な感情と心境から来ているのだろう。


「その呼ばれ方は嫌いだ」


「分かったから剣を離してくれまいか? それにまだ二人を捕らえてないのでね」


 わたしが二人を拘束しようと爆撃杖を動かすと。


「まあ待って、そっちの小僧は少し見所がある。このまま見逃してやって」


「わたしが侵入者を見逃す理由が何処にあると?」


「彼は侵入した人斬りからお前を護るために危険を犯してまでわざわざ来た。となればお前にも見逃す理由が出来るさ」


 確かにこの場ではその言い訳も通じるがーーああ、一度決めたレティシアは頑固だ。

 きっと意見を受け入れるまで譲らないだろう。

 面倒な時に面倒な来客が来てしまったものだ。


「分かった。捕縛するのはムラサメだけにしよう」


 わたしは爆撃杖を動かし、ムラサメの身体を伸縮性の強い布でミイラのように拘束した。

 あとは蜂の巣に入れるだけで収容は完了だ。

 部屋の様子を眺めているヒトツメオオコウモリに向けて、


「侵入者は捕縛した。コイツを蜂の巣に収容しておけ」


 監視室の看守に指示を飛ばす。

 とはいえ監視室の看守は予定通りなら二人ほど殺害されている。

 糸目の看守と新人の女性看守ーー二国から派遣された工作員は不幸にも侵入者と遭遇、名誉の殉職を遂げた。

 これで投獄城内に潜入した工作員の排除は完了、あとは街に蔓延る工作員を徐々に消すのみ。

 それでしばらくは都市に平穏が訪れるが近郊で行われる軍隊の衝突だけはどうにもならない。

 流れ弾は防壁魔術で防げているが、油断も許されない状況が続く。


「どうやら上手く物事が運んだようだね」


「さて、なんのことか。それよりも貴女の用事は魔人の遺産の確認だったか」


 確認するとレティシアは外套を退け、珍しく素顔を晒した。

 本当に珍しい。明日は槍か異次元空間から厄災が降るのか、それとも豪雨か。

 それだけ滅多にエルフの里以外では素顔を曝さないレティシアにわたしは思わず咽喉を鳴らした。

 美しい翡翠の長髪、一度目にすれば惹き込まれる空色の瞳。

 千年以前から生き続けた武の極みに君臨する強者の一人。

 エルフ族のレティシアにわたしは告げる。


「その件だが、魔人の遺産はとある人物に譲った」


「……なんですって?」


 珍しく女性口調になるということは彼女は少なからず動揺してる。

 やはり魔人の詳細を知る一人として魔人の遺産は無視できない存在か。


「誰に譲った?」


 教えたところでレティシアが彼女から魔人の遺産を奪い取ることは無いだろう。

 エルフ族のプライドが他者から強奪することを拒むからだ。

 そうでもなければわたしが魔人の遺産とその候補を確保した時点で彼女は奪い取りに来るはずだ。

 ゆえにわたしは譲った相手の名を告げる。


「システィナ・ヴァルグラフ」


「……弟の子孫にか。となるとお前はあの小僧に会ったか?」


 あの小僧とは記憶喪失の彼のことか。

 レティシアが彼を気にする理由は恐らく魔人と一部特徴が一致するからだ。

 アスラと呼ばれている少年。しかし彼には本来の記憶も名もない。

 彼女に軽率にアスラの事を話すべきか?

 気絶していたとはいえ眼を見張る剣筋を見せた彼を。


「会ったには会ったが……貴女が気にするほどかね?」


「……」


 沈黙と眼に見えての動揺。それだけアスラは魔人と瓜二つなのか非常に似てるのか。

 しかし魔人の血筋と評される者も自称する者が多い現在で、アスラが魔人の血筋の可能性は低いとも言い切れない。

 彼には不明瞭な点が多過ぎる。

 記憶喪失以前にまず何処で剣術を身に付けたのか、それは独学なのか師が居たのか。

 そしてなぜ本来在るべき記憶が存在していないのか。

 いや、後者に関しては魔術の不発の可能性もある。

 魔術師としてそれなりに腕に覚えはあるがたまに脳内の術式が互いに混ざり合って術が不発してしまうこともあるのだ。

 わたしが頭の中でこうして考えている間もレティシアは沈黙している。


「沈黙しては何も分からないのだが?」


「……すまない、少し考え事をしていた。まあ小僧の件は今はいい……他の魔人の遺産候補は有るのか」


「ああ、宝物庫に保管されている剣が一つだけな」


 獄炎を纏い操る魔剣が一振りだけ保管されているが、システィナがどちらを持っていたのかは確認しないことには分からない。

 わたしはレティシアを連れて宝物庫に足を運ぶ。

 そしてすぐさまに宝物庫の異変に気付いた。

 保管されていた折れた直剣はもとより、奥の台座に保管していた魔剣が無くなっていることに。


「……まさか両方持ち出したのか?」


 わたしは監視しているヒトツメオオコウモリを呼び寄せ、使い魔が視た記憶をその場に投影させる。

 そこには折れた直剣だけを手に取るシスティナの姿が映し出され、奥の台座に置かれた魔剣の姿も映されていた。

 だが現実は違う。魔剣は既に無いーー何者かが侵入してわたしの使い魔に幻惑を施したのか?


「ふむ、使い魔は幻惑が掛けられているね」


 レティシアが結論を述べ、わたしもそれに頷く。

 何者にも気付かれず宝物庫に侵入。そして使い魔に幻惑を施した人物は一体何者なのか。

 今晩の騒ぎに一切姿も存在も感じさせなかった例の組織か?

 可能性としては高いがいつ侵入されたのかさえ分からないとは。


「してやれたか」


「魔人の遺産はどちらも無いか。本物か偽物、それとも両方とも偽物か」


「貴女は例の組織に付いてどう対応するつもりで?」


 正直例の組織は実のところ組織名すら不明で、得体の知れない連中だ。

 構成員は魔人の血筋か末裔を謳い、全員身体の何処かに紋章が在るぐらいしか分かっていない。

 そんな組織をエルフ族はどう対応するのか。


「魔人の復活、あるいは再誕を目論むなら潰すさ」


 冷徹な判断にわたしはただ眼を瞑る。

 そんな彼らが組織を設立するに至ったのも長寿種からの理不尽な迫害が原因だ。

 しかし世界を破滅寸前まで追い込んだ魔人の復活、再誕となれば決して放置はできないだろう。

 魔人という危険人物が現れることだけは避けたい。

 そしてなぜ魔人が誕生したのかも知る必要がある。


「魔人は如何にして誕生したのか、それさえ分かれば防ぎようはあるのでは?」


「……私には答えられないよ。というのも私も知らないんだ」


 レティシアでさえ知らない真実が過去に在る。

 わたしは様々な疑問を胸に彼女と今後に付いて話し合うことにした。

 この時わたしはさっさとムラサメを蜂の巣に放り込んでおけば良かったと後悔する事になる。

 わたしが彼女と話し合っている間に人斬りムラサメは拘束を解き逃げたのだから。

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