19S.分断の先
牢獄の中で両腕を手錠で拘束された挙句に吊し上げられるなんて。
気分は最悪の一言に尽きる。おまけに下卑た笑みを浮かべる看守が牢獄越しに居るなんて最悪。
「へへっ、こんな美少女がマヌケな罠にかかるなんて……どうしてやろうかな」
舌を舐めずる下衆はゆっくりと檻の鉄格子に近寄る。
確かに私は罠にかかって拘束されているけど、紅色宝石は既に収納魔石にしまってある。
それに私は盗賊だ。手錠なんて靴底に仕込んだ針金一つで解錠なんて容易い。
おまけに看守がわざわざ近寄って来るなら気絶させることも雑作ないわ。
看守は私の様子なんて構わず腰の鍵束から牢の鍵を取り出した。
その調子で早く開けなさい。
私が内心でそう思っていると二人組の看守がやって来て。
「おい、何をしようとしている?」
下衆の看守は肩を跳ね上がらせ、咄嗟に鍵束を隠したがその拍子に鍵が一つ私の足元に滑り込んだのを見逃さなかった。
私は靴で足元の鍵を隠して。
「そいつ、私の身体にようがあるみたいよ? 街の警備兵といい変態が多いのかしら」
険悪感を剥き出しに二人組の看守も睨む。
「勘弁してくれ、つい先日バカ共が罰せられたばかりなんだ」
肩を竦めてため息混じりにそんなことを。
どうやら一部の看守と警備兵が不正か不埒な行為を働き、罪王グレファスに罰せられたらしい。
だからヒトツメオオコウモリの着ぐるみも着用していたのね。
私が内心で納得していると。
「コイツは俺たちが連れて行くからお前は大人しく裁かれる時を待ちな」
「脱獄なんて考えるなよ? 監獄フロアは脱出不可能だからよ」
看守の絶対的な自信が単なる脅し文句ではないと語っている。
嘘か本当かは牢獄から出れば分かることだ。
「ふーん、それじゃあ爆破されるまで大人しく待つしかないのね」
「爆死か射殺……重犯罪者なら蜂の巣でミイラ暮らしさ。まあ俺は前者をおすすめするがな」
看守フロアよりも厳重な収容施設と噂される蜂の巣。
そこに収監される者は終身刑に処された重犯罪者だけで、私はそこに収監されるような罪は犯してない。
私は考え込むように目を瞑る。
それが看守の気を良くしたのか、二人組の看守は下衆な看守を連れて去っていた。
目を開けて周囲を確認する。
牢獄の外に広がる通路、天井には通気口に続く入り口は無し。
周囲は穴はおろか傷一つもない鋼鉄の壁
そして改めて自身の身体に視線を移す。
腰のポーチと二本の短剣。
なぜか装備は取り上げられず、身体検査もされることはなかった。
それが監獄フロアに対する絶対の自信と信頼なのかしら?
「まあいいわ」
床に踵を三度叩き、つま先の底から針金を突出させる。
そのまま足を口元まで上げて針金を咥え引っ張り出した。
そのまま懸垂の要領で腕の力で身体を上げ、口に咥えた針金を指先で掴む。
手錠の鍵穴に針金を差し込んで器用に鍵を外す。
ここまでくればあとはこっちのもだ。
両手の手錠を外した私は、先程下衆の看守が落とした鍵を拾う。
「これが正解ならいいけど」
鍵を牢の鍵穴に挿し込む。どうやら正解のようだ。
そのまま静かに鍵を外して牢を開けた。
「……あっさりね」
簡単に牢が開くことも足音一つとして聴こえないことも不自然過ぎる。
他の囚人の姿や声は有るのに肝心の看守の姿は見えない。
これじゃあ好きに脱獄してくださいっと言ってるようなものだ。
ただこのまま出たんじゃ見回りに脱獄がバレる。
だから私は練気で自身の分身を生み出す。
「完璧ね」
「手数勝負?」
意志と質量を持った私自身の分身が身構える。
いつも戦闘の時にしか使わないけど、今回は違う。
「違うわ。私が無事に脱出するまで捕まって欲しいのよ」
すごく嫌な顔をされたけど、分身は本体に対して従順だ。
私は分身を拘束して牢に施錠してから、『俺も出せよ』『私も出してよ』『えっ? 出してくれないの? なんでだよッッッ!?』、囚人の騒ぎ声を無視して出口を目指して突き進む。
▽ ▽ ▽
しばらく進んで漸く辿り着いた出入り口に私は足を止めた。
術式で限定的な封印を施されたドアで足を止めざるおえないのだ。
「……これが看守の自信の正体?」
指先で触れれば魔術で弾かれる。
思い切って短剣を振り抜くと、刃が魔術で弾かれた。
物理的手段は無意味だと理解した私は小さく息を吸い込む。
体内で練気を練り上げ、掌に流し込む。
そして掌で凝縮したエネルギーをドアに向けて投げ込む!
凝縮した練気をエネルギーがドアに着弾した瞬間、爆発を引き起こし周囲一帯を揺らす!
流石に術式に綻びの一つはできるでしょ。期待を胸に抱くと。
「……無傷とか」
期待は現実の前じゃあ儚いわね。
困ったことに私は魔術干渉で直接術式に干渉できない。
なんでも収納可能な収納魔石で術式だけ収納できないかしら?
いや、無理か。収納魔石の収納は限りがある。
それに魔道バイクを収納してるからドア一つ分の空きもない。
「魔道バイクで突っ込んでも弾かれるだけよね」
目の前の術式には単なる物理障壁に留まらず封印の役割もある。
術式を解除するなら構成している陣を解体して神秘の供給源を断つ必要があるけどーー封印の内側に在る筈がない。
仮に在ったとしたらそれはバカの所業だ。
あれ? もしかして詰んでる? どうしよう、アスラには先に行くように言ったけど出られないじゃない。
ここで足止めを喰らってる間にアスラが罪王グレファスに辿り着いてしまう。
今のアイツ一人で罪王グレファスから古代遺物を奪い取るのは厳しいわね。
他に脱出方法は無いか。念のため通気口から菅の中に上がり込む。
少しは期待していたけど、監獄フロアの隣に続く菅の通路も術式が施されているわね。
「はぁ〜看守が少ないのも納得だわ」
一度捕まってしまえば術式に阻まれて脱出不可能、逆に侵入も不可能かもしれない。
他に脱出方法がないか調べるべきか。私が通気口から通路に降りようとしたその時だった。
突如術式がガラスが割れた音を立てて消滅したのは。
「……は?」
いったい何が起こってるの? 術式が勝手に消滅なんて誰かが解除しない限り有り得ない。
有り得ない筈だが、目の前の現実が一人の男を浮かばせる。
「まさかアスラ?」
そんな筈はない。彼には罠にかかった私をわざわざ助けに来る義理なんてない。
有り得ないって頭で否定しても術式は解除されている。
「……急ぐしかないわね」
私は菅の中を進んで隣の通路に進む。
菅の中を進んで監獄フロアを抜けた頃、通路から激しい物音が響き渡る。
鉄を焼き斬るような音と騒々しい足音。だけど戦闘と思われる音はすぐに止んだ。
静寂に包まれる通路から嫌な予感がひしひしと感じる。
このまま無視して罪王グレファスのところに向かう?
だけど私の直感がこのまま進んだら後悔することになると訴えている。
二人振りの短剣を両手に通気口から通路に飛び降りる。
「……」
気配を消して音がしていた方向を進む。
徐々に何かを叩き付けているのか、鈍い音がすぐそこから聴こえてくる。
壁を背に私が覗き込むと……っ!?
「対象、依然としてバイタル低下せず」
ちょっと待ってよ。どうしてこんなことになってるのよ!
石像を思わせる人造人間、それは形からしてゴーレムをベースに製造された旧式なのは明白だ。
だけど問題はソイツの足元だっ!
ソイツが足で踏んでいるのはアスラの頭だ!
私は気付けば練気を纏って駆け出していた。
自分でもなんでこんな事をしてるのか分からなくなる。
怒り? そんなんじゃない。
アスラが痛めつけられてるから? それも違うわ。
彼がこうなった原因が私の悪癖に有るからだ。
「ぐぬっ!?」
練気エネルギーを纏わせた二振りの短剣で斬り付けられた人造人間が漸く私に気付いた。
でも今更気付いたところでもう遅いわ。
人造人間が反撃に転じるために光の刃を創り出すよりも速く私はコイツを六十八回は斬れる!
や、もう供給源の魔石を斬ったからそんなことする必要もないんだけどね。
元々ひび割れていた魔石が粉々に砕け、内包されていた神秘が流失し、供給源を失った人造人間が膝を突く。
「出力低下……原因:魔石の損壊……」
これでコイツは魔石を交換しない限り動くことは無いわ。
私はしゃがみ込んで、指先で床に倒れているアスラの頬を突く。
「うっ」
眉が動いた!
「はぁ〜生きてるのね」
でも倒れているってことはどこか怪我をしてるのかもしれない。
短剣を鞘に収め、うつ伏せのアスラを仰向けの体制に変える。
「……?」
外傷が見当たらない。
服を捲り上げてもお腹には傷はおろかアザの一つも無い。
まさか転んで気絶したなんて事は無いわよね?
「起きなさい」
身体を揺さぶる。反応はあるけど起きない。
さっきまで頭を何度も踏み付けられていた。まさか脳に深刻なダメージが?
私は身体を揺さぶるのを止めて、彼の耳元で囁く。
「起きろ〜」
それでもアスラは目覚めない。
「……起きろっ!」
「うわっ!?」
「あ、起きたわね」
優しく起こそうとしても起きないのに、叫ぶと起きるのね。
「……? あれ、どうしてシスティナがここに?」
それはこっちの台詞だ。
それよりもアスラの記憶が正常なことを喜ぶべきか。
「どうやら忘れてないみたいね。あんた、頭を何度も踏み付けられてたけど大丈夫?」
「あ〜道理で頭が痛いわけか……うん、ちゃんと覚えてるよ」
「何か思い出せた?」
「……廃教会で目覚めた以前の記憶は相変わらずだね」
頭に衝撃を与えると思い出すって聴いたことはあるけど、そう上手くものでもないか。
それよりも確認の方が大事ね。
私は人造人間に視線を向けて。
「あんたが術式の解除を?」
「あー、ほぼ人造人間の自滅かなぁ」
ちょっと意味が分からないわ。
「なにそれ? 訳がわからないわ」
「術式の解除には四つの台座を陣から動かして、供給源の魔石を壊す必要があったんだけどさ。人造人間が全部壊しちゃたんだ」
ギャグみたいな話だけど、事実私は監獄フロアから脱出してるのよね。
「そう、あんたにはお礼を言わなきゃね」
「逆に助けられちゃったからお互い様だよ」
謙虚ね、少なくともここまで一人で辿り着いたんだからもう少し胸を張っていいと思うけど。
それにお互い様って言うけど、私の悪癖が招いた結果だ。
「そう? あんたが酷い目に遭ったのは私に原因があるけど」
「うーん、止めきれなかった俺にも原因があると思うけど」
もしかしてコイツはお人好しなの?
最初は警戒もできる奴だと思ってたけど、今のコイツに対する印象はお人好しのバカね。
「それでもごめんね、それと来てくれてありがと」
気取らず素直に告げれば、アスラはただ頷いて笑っていた。
不思議で変な奴。それに人造人間はアスラに必要以上に攻撃していたのも気掛かりだ。
コイツと人造人間の間にどんな会話があったのか。そして人造人間の記録にアスラの情報が載っていいたのか。
そして魔石にひびを入れたのはアスラなのか。
疑問を訊ねようと口を開きかけた時、
「あっーー!?」
アスラの絶叫が通路に響き渡った。
「うるさっ……どうしたのよ」
アスラに視線を移すと、彼は残りの剣身はおろか柄だけを残して砕けた直剣に悲鳴をあげていた。
「……元々ガラクタ同然だったじゃない」
「折れてたけど自衛に必要じゃん! それに物は大切しないと泣きをみるよ!」
確かに物は大切にするべきね。そこには同意するけど折れた直剣を使い続けるのもどうかと思うわ。
仕方ない、罪王グレファスの寝室に向かう前に何処で武器を調達するしかないか。
それに騒ぎを聞き付けたのか、足音も聞こえ始めてる。
「分かったからさっさと行くわよ。看守に見つかると面倒だからね」
そのままアスラと通気口から菅に昇って、改めて罪王グレファスの下を目指した。




