17.潜入決行
空の彼方に浮かぶ月と星々を背に聳え立つ投獄城。
城の周辺はヒトツメオオコウモリが忙しなく飛び廻り、武装した警備兵の巡回が続く。
息を潜めて二番侵入ルート辿り着いた俺とシスティナは息を吐く。
「本番は此処からよ。内部の警備は外と比較にならないはず」
彼女が促す警戒に頷いて答えてみせる。
罪人都市を騒がす人斬りの影響で警備が厳重に強化されてしまったのだ。
恐らく内部も侵入者を捕らえるための罠が仕掛けられているはず。
システィナはダクトの入り口を外し先に入る。
人が一人通れる程度の入り口を俺も匍匐前進で入る。
鋼鉄の冷たい感触が腕に伝う。
此処から先は物音一つでバレてしまう可能性が高い。
おまけに手狭な菅の中には逃げ場なんてものは無いことがより緊張感を高めるには充分だ。
緊張感に襲われながら菅の中を進んでいるとシスティナが突然止まって……俺の顔は彼女の小さなお尻に突っ込んでしまった。
柔かな感触と甘い香り、長く美しい銀髪が鼻にかかる。
いや、そんなことよりも顔を離さないと!
「っ?!」
「ご、ごめん」
「……合図も無しに止まった私が悪いわ。それよりも」
システィナは脇に身体を退け、通気口を覗き込んだ。
俺も彼女に倣って通気口を覗き込む。
鉄格子越しに見える下の通路と歩く警備兵と看守。
そして手錠で拘束された囚人らしき人物の姿がそこにあった。
「捕まった奴かしら?」
「人斬り……じゃないのは確かだね」
人斬りは和服で刀を所持した男性だ。連れられている囚人はハゲ散らかった頭部に囚人服を着た男だ。
「通り抜けるまで様子見ね……それに何か情報が掴めるかも」
小声で話すシスティナに俺は頷く。
構造図通りに進んでいるけど警備状況に関する情報は無い。
耳を澄ませて会話に意識を傾ける。
「ほら! きりきり歩け!」
「クソッ! 後少しだったのによっ!」
悔しがるハゲた囚人に警備兵と看守が嘲笑う。
「何が後少しだ! 俺達はお前が油断する時を待っていたんだよ」
「ふん、麻薬の売人風情がっ。貴様の背後関係も洗いざらい吐かせてやる」
顔面蒼白で身を震わせるハゲた囚人が警備兵と看守に引きずられるように通路を通り過ぎた。
そこに入れ替わるように別な警備兵が通る。
「警備強化って言ってもよ? 人斬りは相当な使い手らしいじゃないか」
「ああ、弾頭を見切る動体視力に純粋な身体能力……どれをとっても一級の剣士らしいな」
「……アズマ極東連合国の剣豪か、惜しいな」
「人斬りでさえなければ雇いたいぐらいだが、捕縛が無理なら射殺許可も出ている」
人斬りは危険人物と見做されている。それはここ数日で起こした騒ぎを考えれば妥当だ。
それに昼間も鎮圧部隊を相手に大立ち回りを演じたらしい。
なぜ人斬りはわざわざ目立つ真似をしたのか。
人斬りの行動に思わず考え込むと通路から人が居なくなった。
また人が通らない内にシスティナが通気口を通り抜け、先に進む。
さっきみたいにシスティナのお尻に突っ込むのは避けたい。
彼女と距離を置きながら匍匐前進で菅の中を進む。
通気口を通して通路から慌ただしい物音が菅の中に響く。
何が起きたのか気になるけど此処で時間を無駄にはできない。
俺は騒ぎ声に後髪惹かれながらもシスティナの後を追いかける。
時折り菅の至る所に何かを擦ったような跡や傷が目立つけど、掃除の時にでも付いた傷だろうか?
▽ ▽ ▽
菅の中を進み幾度も登り坂や通気口を通り抜けた頃、システィナが止まって通気口を覗き込み始めた。
「なにか見付けた?」
「構造図通りね……丁度監視室の上に着いたわ」
緊張に咽喉が鳴る。
この下に罪王グレファスが居れば古代遺物を奪うために降りる必要が有る。
そうなれば戦闘は避けられないだろう。
「……あんたも見てみなさい」
促されるままに通気口から監視室を覗き込む。
そこには糸目の看守と女性の看守が何かに映る光景を観ていた。
「あれは、なに?」
「モニターよ。ヒトツメオオコウモリの視界を投映してるみたいね」
それも魔術によるものだと理解が及ぶにはそう時間は掛からなかった。
逆に此処までスムーズに進んでいるこの状況に違和感が芽生え始める。
「魔術を使えるならダクトの中にも仕掛けられていても可笑しくはないけど」
「私もそう思って警戒しながら進んだんだけどね……魔術が仕掛けられた痕跡は在ったけど魔術の式は解体された状態だったわ」
「そんな痕跡在ったかな?」
「此処に来る途中に何度も見かけたわよ? 擦った跡や傷がそれね」
此処に来るまでかなりの数を見掛けたけど、それが魔術の痕跡だなんて俺には見抜けなかったよ。
いや、それよりも重要なのは仕掛けられた魔術が誰かに解体された事実だ。
誰が何のために? ヴェルトに内部構造図を渡した協力者?
「協力者の仕業ってこと?」
「……私達が侵入してグレファスから古代遺物を奪うことに得する奴は多いけどね」
俺達の目的は古代遺物を盗み出して持ち出すことじゃない。
古代遺物で爆弾チョーカーを外すことだ。
「古代遺物を持ち出すの?」
「まさか、アレは罪人都市を機能させるのに必要な物よ。確かにお宝だけど持ち出さないわよ」
それを聞いて安心した。いや、最初にもシスティナは罪人都市の機能を損うことはしないって言ってたけど。
心の何処かで盗賊の彼女を信じきれなかった自分が居たんだ。
俺は改めてシスティナから監視室の二人に視線を落とす。
「罪王様は自室っすか?」
「仮眠を摂りに行ったわ……サボりなんて考えてる?」
「減給されたくないっすよ。それに『祝福のひと時』って噂の酒場に行きたいっすから」
糸目の看守は軽口を叩くように語り、一方女性の看守はモニターから眼を離さない。
普通の会話だ。なんの変哲もない恐ろしく普通の会話。
それなのになぜか違和感を感じる。
糸目の看守はなぜ笑ってるのだろうか?
「ふーん? 確か商業ギルドの許可証を所持してるんだったけ」
「そうらしいっすね。不法侵入したのに商売の許可証を所持してるなんて奇妙な連中っす」
「政府側なのかなぁ」
「どうっすかね。政府側は既に投獄城に居る可能性も捨て切れないっす」
情報提供者が政府側の人間って可能性は充分に高いけど、俺達の行動は一歩間違えれば戦争の火種に利用されかねない。
「あなただったり?」
「まさか、逆にそっちがそうなんじゃないっすか?」
互いに軽口を叩き合うが如く牽制し合う二人の看守。
他に看守の姿は無いけどーー俺はどうするべきかシスティナに視線を移す。
「罪王グレファスの寝室を目指すわよ」
そう言ってシスティナはダクトを無言で進み始めた。
結局得た情報は罪王グレファスの居場所と疑惑だけだった。
俺には政府の思惑とか戦争したい理由なんて分からないけど、人がたくさん死ぬ状況だけは作ってはならないことだけは分かる。
もしもヴェルト達が政府側の人間なら爆弾チョーカーを外すことはできない。
彼らと敵対することも視野に入れながら進むとまたシスティナが止まるのだった。
今度は何だろう? 今度こそ罠の可能性に警戒しながらシスティナが覗き込む通気口を覗くと……。




