14A.外套の客人
カウンターに戻り仕事を再開すると外套に身を隠した客がカウンター席に座る。
正面に座る客に俺は思わずぎょっとした。
本来外套の隙間から見える筈の顔が見えず、変わりに暗黒空間が広がってるじゃないか。
突然のことでびっくりしたけど、これがさっきシスティナの言っていた魔術なのだと分かる。
体格は細身だがそれだけで男性か女性か判断はできないな。
「ご注文は何にする?」
「………っ」
一先ず注文を伺うと客はじっとこちらを……視線は感じるけど見つめてるのか分からないなぁ。
ただそれでも咽喉が聞こえたのは確かだ。
もう一度聞くべきか? いや、人と話すのが苦手ならこんな時こそメニュー表を渡すべきだ。
俺はカウンターからメニュー表を取り出して客に差し出した。
すると客はメニュー表を受け取るとヨランの方に頭を向ける。
「チェリーパイとエールを」
外套の暗黒の中から凛々しい女性の声がヨランに向けて発せられた。
目の前に居る俺よりもヨランに……こうなる可能性はヴェルトから言われていたけど、改めて直面すると少しくるものがあるなぁ。
「こっちの対応は俺がするから、お前はあっちの客を頼む」
俺はヨランに言われた通り、別の客の対応に移った。
看守の二人組から注文を受け、グラスに酒を注ぐ。
そして差し出した酒を肴に二人組の話に耳を傾ける。
この時俺は徹底して空気を、自然と立体化してその場に居ないのだと。
存在してないと自分に言い聞かせながら沈黙した。
「はぁ〜監視室の新入りの子、真面目そうでかわいいよなぁ」
「おっ、分かるぞぉ〜糸目の新人のことだよな」
「違えよ! 女性の方だよ。野郎に興味は無い! ってかアイツはどこか薄気味悪いっ!」
「そうかぁ? まあ新人のかわい子ちゃんも夜な夜な何処に出掛けてるらしいが、尾行するか?」
「いいね」
監視室の新入り……投獄城か罪人都市のどこかに監視室なんてあるのか。
あんまり有益な情報には思えないけど、他には何かないのかな?
俺は期待しつつも看守の会話に耳を傾けたものの、その内容は色恋を中心にしたものばかりだった。
ただその中でも気になる情報が一つだけ。罪王グレファスは日々監視室で新入りの指導に当たってるらしい。
投獄城で目指す場所は罪王グレファスのところ。だけど肝心の居場所が分からないと捜す必要が有る。
うん、居場所が分かるなら待ち伏せも可能だ。
俺はこの情報を頭の中に留め、二人組の看守が立ち去るのを静かに見送る。
ふうと一息吐き、改めて酒場を見渡す。
昼前とは打って変わって閑散とした酒場……荒くれ者は暇そうにため息を吐き、システィナは適当な樽に腰掛けていた。
「……客足が減ったね」
「昨日よりは大盛況だったさ。それに16時には店仕舞いだからな……お前らを帰すにも丁度良いだろ」
確かに十八時までにシスティナの隠れ家に帰らないと拙い。
いや、帰れそうにない時は酒場に置いてもらえないだろうか?
「帰れそうに無い時は?」
「いや、何がなんでも16時には帰すさ」
如何あっても泊めてくれないのだろう。
それだけ俺とシスティナはまだヴェルト達から信用されてない。
それとも単に男ばかりの酒場にシスティナを泊めるのは憚れるからだろうか?
俺はふとまだカウンター席でチェリーパイを食す外套の女性に視線を向けた。
「ヨラン、彼女は何者なの?」
「それがさっぱりだ……ただ一つ分かったのはお前が嫌いってことぐらいだな」
何かをした訳じゃないけど、それは単に覚えてないだけで何かしたのかもしれないなぁ。
それなら嫌われても仕方ないし、無視されるのも無理はない。
ただ俺のことを知ってるなら訪ねたい。俺はキミに何をしたのか、俺の何を知ってるのか。
目の前に確かな情報が有る。それなのに俺は外套の女性に声をかけることができなかった。
外套の女性は食事を終えると静かに立ち上がり、そのまま酒場を後にした。
「次に女性が来たら聴いてもらえるかな?」
「なにをだ?」
「俺のこと」
ヨランは黙って静かに頷いてくれた。
外套の女性がまた来るとは限らないけど、少しだけ手掛かりが得られる可能性が増えるのは喜ばしい。
それに情報収集も始まったばかりだ。明日も頑張ろうと意気込みながら酒場を見渡す。
すると既にシスティナの姿は何処にもなかった。
「あれ? システィナが居ないけど」
「んっ!? 本当だ! 確かに今日は閉店を考えてたが、それにしちゃあ早すぎるだろ! ってか誰も見てないのか!?」
荒くれ者を見渡すヨランに彼らは互いに顔を見合わせ、
「さっきまでそこの樽に座ってたけどな」
「トイレじゃね? ほら女の子ってそういうの伝えるのって恥ずかしがるじゃん」
誰もシスティナが何処に行ったのか分からないらしい。
もう帰ってしまったのだろうか? それなら一言あってもいいはずだけど。
ふと背中を見せる荒くれ者に俺とヨランは気付いた。彼の背中に張り紙があることを。
「えっと、背中に張り紙が付いてるよ」
「なに!? 今日来た女性看守からのラブレターか!」
「寝言は寝てから言えよハゲ」
ヨランの辛辣な罵声に荒くれ者は眼を吊り上げ、背中の張り紙を手に取る。
「あ〜?『少し野暮用が出来たから外すわ』……いや、口頭で伝えてくんない? なに、恥ずかしがり屋なの?」
どうやらシスティナは野暮用で出掛けたようだ。
それなら俺は時間まで酒場の営業を彼女の分まで手伝うだけだ。




