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記憶と遺産を求めて  作者: 藤咲晃
罪人都市編
13/62

12.接客と情報

 ヴェルトの指示でパーテンダー服に着替え一通りの説明と接客業の心構えを受けた俺はさっそくカウンターに立った。


「ボスに用があると言われた時は警戒したもんだが、まさか此処で働くとはねぇ」


 カウンターの荒くれ者がカクテルシェーカーを片手に意外そうにぼやく。


「ヴェルト……あーいや、ボスが寛大な心の持ち主で助かったよ」


「ボスはああ見えて面倒見が良い。それによ、こんな俺達を拾い上げた恩人でもあるからな」


 彼の言葉からヴェルトに対する信頼をありありと感じる。

 一時はどうなるかと思ったけど、争わず事が穏便に済むなら現状に不満はない。

 ティアラの詫びは労働で支払い、システィナに釣られた客から情報収集も兼ねる。

 とはいえそう簡単に看守が情報を落とすとも思えない。

 看守も女性相手に警戒はする筈だ。これは根気が入りそうだな。

 看守の相手はシスティナに任せるとして、俺は彼女が首尾よく情報を引き出すためにサポートしなきゃ。


「ところで先輩」


 張り切ってパーテンダーの先輩である荒くれ者に声をかけると彼はほんわかに笑った。


「ヨランでいい」


 最初に来た時は全員が張り詰めた空気を纏っていたのに今では警戒した素振りを見せない。

 着替えている間にヴェルトが伝えたらしいけど、ボスの一言でこうも警戒されないものなのかな?


「盗まれたティアラは大切な物じゃなかったの?」


 頭の中で荒くれ者達の様子を浮かべながらティアラの件について訊ねる。

 

「確かに高価な代物だったけどよ……ま、この話はもうちょいしてからな」


 高価な物だったことに間違いないが、彼らにとってさして重要でないことが伝わる。

 俺はティアラを盗み出したシスティナに視線を向ける。

 給仕服に着替えテーブルを拭く彼女は妙に様になっているというか、馴れた手付きで手早くテーブルを拭いていた。


「やっぱ華があると違うが……お前も心配だろ」


 同じくシスティナに視線を向けるヨランに首を傾げる。


「なにが?」


「あんだけかわいい子だ、きっと他の野郎はほうっておかないだろさ」


 そう言われても反応に困るなぁ。

 心配ってなにを心配すればいいんだろう? システィナに彼氏が出来たならそれは祝福すべきだ。

 それで隠れ家を出ることになったとしてもそれは自然な成り行きで、追い出されるのとは違う。

 前者の方が精神的に気楽かな。


「もしそれでシスティナに彼氏が出来てもかまわないよ」


 そもそもシスティナの自由を縛る権利は誰にもない。ましてや俺と彼女の関係性は浅く脆いものだ。


「あっさりしてるな」

  

「その方がお互いに気楽でしょ」

 

 雑談しながらカクテルの作り方を教わり、そうこうしてる内に酒場は看守や変わった服装の客人、やたらデカいヒトツメオオコウモリや他の客で溢れ始めていた。

 まだ昼前なのに忙しなくシスティナに注文が飛び交う。

 彼女は動じることなくカウンターに向かう。


「5番テーブル、夜明けの空とエール。6番テーブルはミートパイとエールよ」

 

 システィナから注文を受け、事前に用意されているミートパイを棚から取り出しジョッキにエールを注ぐ。

 その間にヨランが手早くカクテルシェーカーを振り、夜明けの空と呼ばれるカクテルを作り上げる。

 そしてそれをシスティナが手早く運び出す。

 テーブルに注文が運ばれる傍ら看守がわざとらしい言葉と共にシスティナの足元にスマホンを落とした。

 果たしてあの行動になんの意味があるのか疑問だけど、ヨランが険しい表情を浮かべてる辺り褒められたことではないらしい。


「スマホンの撮影機能を使った盗撮か」


 漸く看守の行動に合点がゆくが当人はさして気にした素振りを見せず淡々と注文を告げては運ぶの繰り返し。

 彼女の様子も気になるが、それにしても俺は初日ってこともあってぎこちないけどシスティナは慣れた様子でもう順応してる。


「盗賊ギルドってのは表では酒場を経営してると聞いていたが、なるほど彼女の働き振りを見ると本当なんだな」


 だからシスティナは慣れていたのか。

 俺が納得していると注文を運び終えたシスティナに近寄る人物が。


「むさ苦しい空間に咲く一輪の花でござるか。可憐な女子よ、このあと街でデートでもどうでござるか?」


 なんともむず痒い台詞で彼女を誘った! さあシスティナはどう返す!?


「嫌よ」

 

 冷ややかな声で断った。

 そこはもう少し断り方もあると思うけど……それにしても声をかけた少年は周りと見比べても異彩を放っているなぁ。

 変わった服装と腰の細長い鞘、そしてこれまた変わった靴だ。

 

「あれは……アズマ極東連邦国のサムライか」


「サムライ?」


「武士とも呼ばれる極東の剣士だ」


 剣士にもいろんな呼び方があるのか。

 俺は教わった通りにカクテルを作る傍ら酒場を見渡した。

 先から突っ込まないようにしてたけど、看守とサムライの他にデカいヒトツメオオコウモリが居るんだよなぁ。

 正直サムライよりもそっちの方が気になる。


「じゃああのデカいヒトツメオオコウモリは?」


「先から気になっちゃあいたんだが、なんだろうなあれ?」


 他の荒くれ者もデカいヒトツメオオコウモリに視線は向けるけど誰も近付こうとしない。

 椅子に座ってるけどそもそも客なの? そんな疑問を浮かべた時だ。

 不意に単眼と目が合ったような気がしたのは。

 そっと視線を逸らすと注文を受け取ったシスティナが、


「おにぎりは扱ってる?」


 うんざりした様子でヨランに訊ねた。

 

「メニューには無いが厨房の連中に言えば用意するが、他に要望は? こっから見てたが随分とお前にお熱なようだな」


「そいつから美少女が握ったおにぎりを頼まれたぐらいね」


「酒場でわざわざ握り飯か……」


 今は昼時だからそこまで変わった注文じゃない。前文を抜けばだけど。


「……この都市に入り込んだ人斬りと死合うためにだそうよ」


 人斬りと聞いてヨランが渋い顔を浮かべる。


「人斬りなんぞごまんと居るが……その件はボスにも伝えておく」


「任せるわ。じゃあ私は厨房に行くから」


 それだけ言い残してシスティナが厨房に向かって……おにぎりを乗せた皿を片手にサムライの下へ向かった。

 

「おにぎりって簡単なの?」


「簡単だが奥が深いらしい。いや、だとしても速すぎる」


 事前に完成していたおにぎりを運んだってことかな。

 サムライは美少女が握ったおにぎりを注文したけど、厨房の様子はここからじゃあ見えないからね。

 あのおにぎりは美少女が握ったか荒くれ者が握ったかは厨房に居る人達にしかわからない。

 それでもサムライは幸せそうな表情でおにぎりを美味しそうに食べている。

 真相はどうであれ彼にとってそれだけあのおにぎりは美味いのだろう。

 っとサムライから視線を外せば今度はこっちに歩いてくるデカいヒトツメオオコウモリが居るではないか。

 デカいヒトツメオオコウモリはカウンター席に座るや、


「カクテルを、なんでもいいから一杯」


 ぐぐもった人間の声で注文を告げる。

 喋ったことにも驚きだけど! ヒトツメオオコウモリって酒飲んでも大丈夫なの!?


「えっと、飲んでも大丈夫なの?」


「こんな哀れな格好をしてるが、わたしは歴とした人間だ」


「とてもそうには見えないけど」


「これは着ぐるみだ」


 そう言われてようやく理解が及んだ。

 目の前に居るヒトツメオオコウモリは着ぐるみで中身は人間なのだと。

 それなら飲食してもなんの問題もない。

 俺は先輩がやっていたパーフォマンスを真似てグラスを宙に放り投げる。

 放り投げたグラスは指からすり抜け掴むことができず……哀れなグラスは床で虚しく砕け散った。

 その様はなんとも儚いことか。

 お前は何をしてるんだ? そんな視線がカウンターに沈黙と共に漂う。


「てへっ」


 失敗を誤魔化すように笑うとヨランの視線は呆れたものに変わる。


「いいからカクテルを作ってみろ……グラス代は後で請求するからな」


 思わぬ借金ができてしまったが、俺は教わった通りにカクテルシェーカーを振りグラスに三種の酒を注ぐ。

 グラスは三色の層を作った酒に満たされ、それを着ぐるみの人物に差し出す。


「ぎこちないが、よく出来ている」


 ヒトツメオオコウモリの単眼の下が開かれ、グラスが中の人物の口元に運ばれる。

 しかし生憎と中の人物の顔を見る事は叶わない。

 着ぐるみの人物は飲み干したグラスをカウンターに置き、


「美味い……思えばはじめての給金で飲んだ酒も同じカクテルだったな」


 懐かしむように語り出した。


「……警備兵として働くうちにいつのまにか初心を忘れ、同僚の不正にも慣れる内に、次第に不正が当たり前だと思うようになっていたのだろうな」


「今の姿は不正を働いた哀れなわたしに相応しい罰だ」


 着ぐるみの人物は席から立ち上がり、心なしか哀愁を漂わせた背中を見せながら酒場を出てゆく。

 ヒトツメオオコウモリの着ぐるみは不正を働いた罰なのか。

 じゃあ今後は街で見かけるデカいヒトツメオオコウモリの視線にも気を付けなきゃな。

 この情報が投獄城の侵入に役立つかどうかは分からないが、決して無駄にならない。

 

「初仕事にしては上出来だ……っと午後から忙しくなるからな、お前も昼飯を食ってこい」


 依然とお腹は空かないけど俺はその言葉に甘えることにした。

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