09.戦闘の基礎
鍛錬室でシスティナと向き合う。
彼女は流れるように二振りの短剣を引き抜く。
対する俺も鞘から直剣を引き抜いたわけだけど、残された刃の部分……刃毀れと錆が酷い刃で彼女の絹糸のような細い髪を傷めてしまうと思えば実戦は気乗りがしなかった。
「剣を握ったまま黙っちゃってどうしたのよ?」
いつまでも構えを取らない俺にシスティナが訝しむ。
戦いの前に相手の髪を気にかける余裕なんて俺にはあるはずがないんだけど。
「いやぁ〜この剣でキミの髪を傷めると考えるとね」
本心を告げるとシスティナは一瞬だけ呆気とられた表情を見せーーそう思った時には室内に風が吹き抜け、俺の首筋に短剣の刃が当てられていた。
システィナが移動する瞬間なんて見えなかった。
首筋に押し当てられる短剣の刃にごくりと息を呑む。
「練気を扱えない今のあんたじゃ私を捉えるなんて無理よ」
そう言ってシスティナが首筋から刃を離し俺との距離を取る。
髪を傷めるなんて気にしてる場合じゃなかった。
俺とシスティナには確かな力量差がある。それこそ近くにいるのに壁に阻まわれてるような錯覚さえ……
確かな力量差を認識した俺はさきほど彼女が口にした単語について訊ねる。
「ところで練気って?」
「身体を活性化させたり武器に付与して威力を増幅させるエネルギーよ」
「エルフ族の神秘とは違うのか」
そもそもどうやるのかすら皆目見当がつかない。
「神秘は体内から口を通して。練気は呼吸を通して体内で練り上げてエネルギーを生み出す。似てるようで根本的には違うわ」
呼吸を通してエネルギーを生み出すかぁ。
「まあ今のあんたは基礎的な剣の扱い方、足運び、呼吸の方が先ね」
「それじゃあわざわざ対峙する必要は?」
「今のあんたがどれぐらい動けるか確認する必要があるでしょ……と言っても私も我流だから剣術に関しては期待しないで。それに短剣のとっておきも剣術とは言えないし」
覚えることが多いなら自分で剣の扱い方を物にした方が良さそうだな。
いや、短剣のとっておきってなんだろ? 気になるけど今は鍛錬に集中!
「分かった。じゃあ今から攻めるよ?」
「いつでもいいわよ」
剣を当てるにも近付かなければ意味がない。
身構えるシスティナに俺は走り出す。
徐々に距離を詰めて……直剣を両手で振り上げてシスティナに振り下ろす。
それは酷く遅く見えたのか彼女は短剣で防御せず、半身を半歩分だけ逸らすことで振り下ろした刃を避けた。
それならと直剣を振り払う。
両手で直剣を引き戻して今度は横に振り払う。
だけどそれもシスティナは三歩退がるだけで避けてみせた。
「腕だけじゃあそんなもんね。手首と足腰も使いなさい、特に腰に力を入れて振るう時は踏み込みも!」
そう言うや否やシスティナは踏み込みと同時に鮮やかな一閃を放つ。
空気を斬り裂く刃、風圧が俺の髪を撫でる。
ああ、そうか。剣を扱うには彼女の言う通り腕だけじゃダメなんだ。
それこそ全身を上手く使わないと。
俺は彼女が見せてくれたように、構えた直剣を踏み込みと同時に振り抜こうとしてーーたたら踏んでしまう。
もう一度、また失敗。二度目、足がもつれる。
三度目、踏み込みと振り下ろしが噛み合わない。
四度目、今度は力み過ぎて直剣が手からすっぽ抜けた。
その間システィナはじっと俺の動き観察している。
「……その筋力で剣が重いなんてことはないはず」
確かに直剣はところどころ刃毀れしてることもあって重くはない。
「最終は重かったけど今は重くはないよ」
そう答えるとシスティナはまた考え込む。
彼女がいったい何を考えてるのか気になるけど、システィナに剣を当てるより素振りに専念した方が良さそうだ。
俺はその場で素振りを始める。全身の動きを意識しながら何度も。
▽ ▽ ▽
素振りを始めてから三時間が経過した。
すぐに腕が上達するなんてことはない。
中枢の投獄城侵入は俺も戦うことが前提だ。今のままじゃ完全な足手纏いだ。
それにこのまま成長が見込めないならシスティナが俺と行動する理由もなくなる。
爆弾チョーカーを外して罪人都市ゾンザイの外に出るには彼女との協力が必要だ。
記憶の手掛かりを探すには安全で人が集まる町の方がいい。
そんなことを考えながらひたすら素振りを続けていると。
「今日はこの辺にして続きは明日の朝よ」
「え? もう少し上達してからでも良くない?」
「剣の振りも足運びも最初と比べて上達してるわよ」
そうなのだろうか? 自分では成長してるなんて確かな手応えもないけど。
「そうなのかな?」
「最初と比べてたたらを踏まなくなったわ」
それは確かな成長なのかもしれない。
それでももう少しだけ素振りを続けたい。
「もうちょっと続けていいかな?」
「あんたの好きにしなさい。私はシャワー浴びて先に寝るから」
システィナは二本の短剣を鞘に納め、入って来たドアとは別のドアに歩む。
どうやら鍛錬室の右隣の部屋がシャワー室のようだ。
素振りを終えたら今日はシャワーを浴びて大人しく寝てしまおう。
なんて事を考えるとシスティナがドアノブを握り、こちらに顔を向けた。
「一応念のために言っておくけど覗いたらあんたとはここまでよ」
威圧感を感じさせる警告に俺は黙って頷く。
警告を告げたシスティナはシャワー室へ消えた。
システィナの隠れ家に案内されて寝床を提供されたとはいえ、俺はまだ信頼されていない。
それもそのはずだ。一日で人を簡単に信じる事なんてできない。
それにさっきの忠告は俺が男だからこそ当然のもの。
でもわざわざ忠告されなくても覗きなんて考えもしなかったな。
まあ覗いたらそれこそ俺は隠れ家から追い出され、彼女との協力関係も終わることだけは間違いない。
システィナの眼はそれだけ本気だった。
その後、俺は素振りを続けーーシスティナに呼ばれたあとシャワーの使い方を聞いてから三日振りに汗を流すことに。




