線路の先で
随分と長いこと俺たちを乗せた。『竜車』と呼ばれる木製のトロッコは暗い洞窟の中を彷徨っている。
洞窟内は随分と広く、俺たちの乗っているトロッコのレールだけでなく隣を見ても、複数のレールが敷き詰められていた。
トンネル内は薄暗いが灯りがないわけではない。 トンネルの壁から時折枝が伸びており葉が映えている。 この葉は自ら発光しており鮮やかな空色がトンネル内を僅かに照らすことで、俺はトンネル内の様子をかろうじて視認することが出来ていた。
トロッコは随分と頑丈な木製で、スピードはかなりのものだった。 どういう原理かは知らないが運転手はおらずトロッコのレールはおそらく目的地に向けて勝手に動き切り替わって言った。
乗員は俺と、俺を抱きかかえてるアウリン
そしてその付き人、謂わばボディーガードのような役目を担っているエルリエスのみだった。
「赤子となれば、あのエルフたちは随分と喜ぶでしょうね。」
「うーん、そうだね。まぁ男の子だったらもっと喜ばれかもしれないわ。」
なんだと…? ちょっと待てよ。おれ…女?!
アウリンは抱きかかえた俺の頭を撫でながら言った。 俺はこの時彼女の言葉で初めて、自分の身体の性別が女性のものだということに気づいた。
「アウリン様、『陽快茶』ですそれにしても…この子の顔…どういうことなんでしょうかね…」
「ありがとう…エルリエス…どういうこと?」
エルリエスが不意に俺の顔を覗きながら、鎧の内にしまっている収納具から取り出した水筒でついだ黄色のお茶をアウリンに渡した。
その時ふと呟いたエルリエスの疑問についてアウリンは聞き返す。
「どういう意味? エルリエス」
「……この子の顔…ユディアンエルフの顔ですよね…でもおかしくないですか?」
「つまり、ユディアンエルフの村は子供が少なくて、子孫が貴重なはずなのに、こんな所に赤ちゃんを置いていくわけ無いってこと…?」
アウリンは陽快茶と呼ばれる飲み物に口を付けるとエルリエスの疑問をまとめてみせた。
エルリエスはそれに対して首を縦にふる。
「そうか…貴方には話していいけない内容だけど…この娘はお祖母ちゃんが私はに遺した遺産…三世代に渡って託され続けた約束なの文書…50000年前に魔王と交わした密約よ…。」
「魔王…ルシュノアールと関わりが?」
「そう…私の何台も前のおじいちゃんおばあちゃんとね…『いつか妾の娘をお前たちに託すって…。』」
「どうすんですか…その曰く付き…。」
曰く付きとはなんだ…全くさっきからこの女騎士、失礼な奴だな…。
オレはそう思いながらも泣き声一つ出さずトロッコのいく先を見守っていた。
1時間くらいたった頃だろうか凄まじい速さで暗い洞窟の中の風を切って進むこのトロッコも徐々にスピードを緩めた。 気になったオレはアウリンの腕の隙間からなんとか進行方向の方を見ると、線路の先、100メートルほど先から、眩くか細い光が差し込んできていることが、わかった。 ソレは洞窟の終わり、オレたちは線路の先を投げ出される用に冷たい空気が漂う、世界をみた。
洞窟を抜けた先最初に見えたのは『雲』とどんよりとした灰の空だった。 どうやらこのトロッコは身の毛もよだつほど危険な高所を走っているのだとオレは理解した。
の外の景色は、例えるなら、何よりも夜空の星を見上げた時に起こる恐怖、自らの尊厳を成すすべなく奪い去っていくほどに、高低、開放感圧倒的といえるスケールを展開していった。
ふとトロッコの右側から、バタバタと複数の何が羽ばたく音がした。
オレがそちらに意識を集中させるやいなや
巨大な怪鳥の群れが、その翼をはためかせ、この時速150キロは出ているであろうトロッコに並走していた。
先程オレを襲った黒い雛鳥とは違う怪鳥。 それよりも大きい体長に白い羽毛と、立派な嘴、何よりも奴らの捕食者としての『飢える眼光』が、何故かこの鳥にはない、臆病で温厚な害のないつぶらな気配。
「あ…ぅ…。」
気になったオレはアウリンの腕の中から、まだ生まれたばかりでうまく機能しない喉を鳴らし、怪鳥の方へ手を伸ばした。
気になったんだ、こんなにも大きく、凶悪な嘴、鉤爪をもつバケモノがどうしてこんなに優しそうな目をしているのかを。しかし
「ダメ!!」
オレは手を伸ばしアウリンの腕から体をよじらせたが、彼女は、ソレを許さずすぐにオレを遠ざけた。
理由はすぐに分かった、彼女がオレを抱きかかえたまま慌てて、トロッコの内側に振り回した瞬間、突如として蒼炎の光線が鳥の群れを焼き払った。
彼女がオレを止めなければ、今頃怒鳴っていたか。
焼き払われた鳥の群れは、わずか数話無傷の生き残りがおり、それらはすぐに隊列を崩し各々が四方八方に散っていった。
すると低くけたたましい唸り声が、トロッコの後ろから鳴り響き、トロッコの後ろから凄まじい大きさの昆虫の羽根を複数背から生やす青い体色のカエルのような姿のバケモノがこのトロッコを追い越し、鳥の何匹かを追っていった。
オレは何故かその時、完全に理解した。 体格5メートルはありそうな、この怪鳥ですら、この壮大な世界では弱者なのだと。
あんなバケモノでさえ生態系のヒエラルキーの中では最も生産者に、隣接していると言っていいほど低い位置にいる。 オレは改めてこの世界の果てしないスケールに目をくらました。
「なぜ…ルクノモンテなんかに興味を示したのでしょうか。」
エルエリスが後ろからアウリンに近づきオレの目を除きながら、アウリンに尋ねた。どうやらあの焼かれた怪鳥の名前は『ルクノモンテ』と呼ばれているらしい。
冷たい。 アウリンが冷えた手でオレの頬を撫でると、畏怖や忌々しきを感じさせる震えた声色で口を開いた。
「魔王の力よ…。この子の『生態能力』…。 無意識にわかるのよ。 どの魔物が自分に危害を加えるの可能性があるのか…。 測れているのよまるで『モノリス』のように…。」
モノリス…?…。アビリティ…??…。
ウンザリする。 知らない世界だから、仕方がないが、新しい単語のオンパレードですでにオレの脳はショートしかかっている。
第一この二人、いやおそらくはこの世界の住民は特定の単語以外が、理解できるどころか聞きに馴染んだ『日本語』で話している。それがマジで気味が悪い。
オレは自分自身に起きていることを突き止めようと、ずっと思っていたが、まずは生きるうえではこの違和感と不自由さに慣れなければならないと強く思った。
走行していると、トロッコのレールは緑あふれる自然の中に入っていき、今までにないほど減速していった。 ソレはまさしく、終点、目的地の到着を意味していた。