この三日月が輝く限り
「……ソルラーク殿下、ごめんなさい。 この場で婚約を破棄させていただきます……」
婚約者に向けて、私は静かに告げた。
きっとこれが一番だと、自分に言い聞かせながら……
隣国の侵略。
その報を受け、我が国はすぐ守りを固めたが、強大な軍事力に抗う力は我が国に無く、瞬く間に王城へと敵が迫っていた。
「父上達は、もう脱出しただろうか……」
「王様方には、我が父を含め精鋭が付いてます。 ……ぶっちゃけ申し上げて、私達より、万倍安全ですわよ」
城内に多数ある脱出用通路へと先導しながら、殿下の呟きにいつもの調子で返事をする。
「……こんな時でもいつも通りで、少し安心するよ」
「せっかく王様も父上も居ないのですから、堅苦しいのはパスです」
不敬では?と思わなくもないが、「公の場でなければいい」と言質は取っている。
それよりも――
「いたぞ!」
向かう先に姿を見せる敵兵。
……こちらもダメか。
なら――
「殿下、あちらの回廊から私の部屋へ!」
殿下の手を引き、すぐさま自室へと向かう。
護衛達も一人、また一人と時間稼ぎに残り、部屋に着いた時には殿下と二人きりだった。
「皆、すまない……」
部屋の鍵を閉めた私は、壁際で脱力した殿下を尻目に、戸棚から一振の刀剣を取り出す。
そして壁の燭台を捻り、外へ繋がる通路を開いた。
「さぁ、追手が来る前に行きましょう」
「逃げた所で、もう……」
「殿下――」
へたり込んだ殿下の腕を掴み、無理矢理立たせた私は、諭すように語りかける。
国の象徴は城ではなく王家――だから、必ず生き抜いて、と。
そう言って、殿下を通路内に促した直後。
ドンドン!
激しく扉を叩く音が室内に響いた。
咄嗟に振り返った私の目に映ったのは、今にも破られそうな扉。
もはや……ここまで……
覚悟を決めた私は、一瞬だけ振り返り婚約破棄を宣言した。
「ルーナリア!? 何を――」
驚く殿下を通路内に押し込み、すぐ入口を閉める。
これでいい。
彼には幸せになって欲しい。
そのためにも――
“婚約者を囮にした王子”には絶対にさせない!
この瞬間から、私は殿下の婚約者ではなく――
王家に――いえ……殿下に忠義を尽くす騎士となる。
「――王家の守護者たる侯爵家の者として、一歩も通しません!」
月光姫と呼ばれた私が輝けたのは、太陽のお陰だから。
幸福な日々をくれた貴方に、私が出来る精一杯を。
きっと優しい貴方は悲しむけれど。
それでも、あなたを愛しているから。
三日月刀が輝く限り、守り抜いてみせる!