ゆで卵の魔法と他3つ
「硬く握りしめた拳は凝り固まったあなたの固定概念よ、さぁ目を閉じて。水の入ったたらいをイメージして…そして手を入れるの」
「水の感触をイメージ出来たら人差し指を伸ばして、力を抜いて解けるように」
「さぁ、今あなたが感じている水が流れ出すわ、手を入れたのはタライではなく小川だったの」
「イメージ出来たら2本目の指も同じ様に」
「水があなたの意識で流れを変える…3本目」
「水は風に変わり、貴方の全身を包み吹き抜ける…4本目」
「ゆっくり目をひらけば。世界を流れる力が見える…5本目」
地図にすら無い山奥の屋敷、香の立ち込めた薄暗い部屋には物憂げな貴婦人と二人の子供が眠たげな様子で立っていた。
ポクポクポクポク
木魚に似た音を放つからくり時計の音が静寂を防ぎ、3人の魂があっちの世界に囚われるのを防ぎ
「見えたぁアアアアすげぇええええ!」
女の子が女の子らしくない叫びをあげた、木魚が必死に繋いでいたリアルへ…あっちの世界に片足入れ四苦八苦していた他2人を無理やり戻す。
「だぁああああ!出来るかあああ!うるせぇえええ!」
こめかみを持ちながら男の子がキレた。当然だ…魔術の修行は感覚の修行、こんな騒音女がいたら集中出来ない。しかもよりによってその問題児は魔術の才能の塊なのだ。ちゃっかり一人だけ感覚を理解して先に行く…ぐぬぬ
「…先生、どうにもこの修行は出来る気がしません。もっと簡単に魔法が使える方法はありませんか?」
魔法を使うにはいくつかの方法がある。その一つが「思考による世界の改変」だ、これを極めるには徹底的な固定概念の破壊と薬物等を使用した思考の一極化、固執、超強化が必要なのだ。その修行としてやっているのが薄暗い部屋で香を焚いてポクポクポクポク…「五指.解魔法術」と呼ばれるものなのだ。
他には魔法理論を極めて「魔法陣」を極めるか、金を集めて魔法陣が組み込まれた「魔道具」を装備するか…もしくは…
「怪電波ゆでたまご法」いわゆる「ゆで卵の魔法」と呼ばれる方法もある。
原理は「思考による世界の改変」修行なしで誰でも一瞬で魔法が使えるようになるのだが、使える魔法は生涯1種。そして不可逆の脳変質により思考の一極化、固執、超強化されてしまう為に実質精神疾患を患ってしまう。故に…ガチの魔術師からは忌み嫌われ「ゆで卵の外法」と呼ばれたりする。
Q もっと簡単に魔法が使える方法はありませんか?」
回答はこうだ。
貴夫人はサラサラとペンを走らせ、複雑な図形と怪しげな文字をしたためた。
「あなたにはコレをあげるわ、1枚1000円…お小遣いから天引きね」
頑張って鍛えるか、頑張って自作出来るまで勉強するか、頑張ってお金を貯めるか…基本の道を弟子に示して、貴夫人はカーテンと窓を開け放った。
「ちなみにこの陣の魔法はなんですか?」
眩しげに目を細目、男の子は1000円の紙切れをじっとみつめる。
「上にやかんを置くとお湯が沸くのよ、10分ぐらいで」
啞然とする男の子に貴夫人は続ける
「あ〜、そろそろ午後のお茶の時間ね」
男の子は紙を懐にしまい、薪をとりに部屋を出た。女の子は光に満ち溢れた世界の景色に大興奮し、奇声をあげながら窓から外に飛び出していった。
魔法とは、魔術とは…かくも大変なものなのである。