死生の歩
「おぎゃぁああ」
つま先に力を入れて、踵を浮かせる。
「まんまー、ぶーぶー」
「入学おめでとう」
体をやや前に倒し、ふとももに力を入れる。
「友達100人出来るかな?」
力を込めれば疲労となって、重い足を降ろしたくなる…けれど駄目だ、もっと高く。
「うわぁああん」
もっと高く、更にふとももに力を入れた。引っかからないようつま先も上げる…そしてようやく
「卒業おめでとう」
足先が大地を離れ、中空で完全に自由になった…つかの間の浮遊感に心が浮かれる。今は自由だ。
「がんばれよ新人」
もっと高く、足をあげよう…
「君には期待しているよ」
将来の事も考える、自由なこの足を…一体、どこに下ろすかだ。
「何をしてるんだ!」
眼に集中したらつま先を引っかけた。
「別れましょう…」
バランスを崩す。
「今世紀最大の台風が…大災害です。」
掴もうとした手すりが消えて、無様に手を振り回し…腹筋背筋、全身全霊で無様なあがき…
「あなたも苦労してるんですね」
ふと、あたたかな手に支えられて…そのぬくもりに身を任せた。
バランスを直したら、上げ切った足を降ろすだけだ…あとは慎重に、力を抜いて…足の置き場所を外さぬように。
「おぎゃー」
遠く産声が聞こえた、この世界のどこかで…誰かが一歩を踏み出したようだ。
「まんまー、ぶーぶー」
昔の自分を見るようで、なんだか心が穏やかになる。
コツリ
つま先が地面に触れた、あぁ…良かった。
少しずれたが、納得のいく場所に降りれたようだ。
「じーじ、なのねぇー」
もう、自由は無くなった…やっぱり辞めたと、足を持ち上げる事は出来ない。
ゆっくりと足を降ろしてゆく…
「痛い!」
小石が足の裏に食い込む
「冷たい!」
しかしバランスは崩さないぞ、しっかりと一歩を踏み込むのだ!
…
……
…………
……………………
そして、私は踵を降ろした。
◇ ◆ ◇ ◆
「付いてきなさい」
光の中で、顔の見えない男が言った。
…いや、男か女かも…若者か老人かもわからない。
一歩一歩と進む度に、その人の背格好も声も変わる。
一歩…一歩…
素晴らしい歩があり、情けない歩がある。
勇んで踏み出す時もあれば、嫌々踏み出す時もある。
良かったと思う足跡あれば、後悔しかない足跡もある…
一歩…一歩…
どこへ向かうのか、どこまで続くのか…目の前のその人を追いかけて、私のわしの僕の俺のあたしの歩は続き…いつしか、無心で…穏やかに…淡々と…時を忘れて、過去を忘れて…
ギィイイイ
あぁ、今…門が開いた。
「おめでとう…ここが君の目指した場所だよ。」
わー
わー
わー
誰もかれもがそこに居た。
私の中の彼も、彼の中のあなたも
愛した人も、恨んだ人も
わー
わー
わー
私達皆を引き入れて、扉は閉じる。
お茶会を楽しんだら…また帰る為に扉は開くの…
ティーカップの中に、浮かぶ星々を飲み込んで…
あぁ
とても穏やかな昼下がり。