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D級冒険者の生活 -中編-

 君は冒険者という職業に憧れを抱いているだろうか、己の身を武具と魔法で守りつつ颯爽と荒野を駆け抜ける。それは…そうだ、正しい、幻想でも夢物語でもない…ただしそれは上級冒険者の話なのだ。

 現実を考えてほしい、拳一つで牛を殺した空手家や重火器を使わずライオンを仕留める部族もいるだろう…だが…出来るかそれ?無理っしょ、冷静になってほしい…そして鏡を見て欲しい…下を見て欲しい…見える?でっぱったお腹が…うん、問題はそこだよ…だから、幻想は捨て去って強く生きて欲しい。


「あんまりすぎる…本当に異世界なのかここは!?」


 散々な言われように心を抉られ、鹿羽宗司しかはねそうじ37歳は右腕のブレスレッドを見つめた。

木製で出来たTHE安物のそれには<D-ES37・564>と刻まれている。

 そう…彼は夢にまで見た冒険者になったのだ!D級ソロ冒険者ソージの英雄譚が始まったのだ!!


……

…………クエスト掲示板の前を通りすぎ、冒険者ギルドの受付相談窓口に向かう。掲示板の字など読めないのだ…解らなければ人に聞く、これぞ世渡りの基本なのである。

「すいません、先日登録したD-ESの鹿羽と申します。D級クエストを受けたいのですが…私に出来そうなクエストはありますでしょうか」

「うわぁ…はい、わかりました。あちらでお待ちを」

「…」

 異世界人は良く言えば素直である。ガヤガヤとする冒険者ギルドの片隅にちょこんと座り、相談員が来るのを待つ…そして昼が過ぎ、夕暮れになった。


「えー…あのー…朝方ご相談をしまして、ずーっと待っているのですが…」

「うわぁ…すいません、ないです。」

「…」


 異世界人は常識知らずである、否…郷に入っては郷に従えという言葉があるのだし…ここは私がぐっと堪えるべきであろう…落ち着こう。うん…落ち着いた。その上で幾つかの質問はするべきだ…今後の為に…。


「えー…私が受けられるクエストが無いというのはどういった理由でしょうか?時期的な問題等あるのでしょうか?」

「うげぇ…うーん…はい、わかりました。あちらでおまちを。」

「早急にお願い致します。」


…ガチャガチャ、夕暮れになり…クエストから帰ってきた冒険者達が血と泥で汚れた体で何人も受付に訪れる。臭い。先ほど話をした相談員もそちらの対応に追われており、これはまた忘れ去られるパターンか?と思った所で声を掛けられた。


「ハァ…お待たせしました。受付親方のロームです。」

「あっ…よろしくお願い致します。」


 ロームと名乗るのは髭ずらで隻腕の大男だ、元冒険者あがりなのだろう…右頬には三本の爪跡、顔面の右側は毒か炎で赤くただれたように変色している。そんな武骨なおっさんが半袖ワイシャツを着ている事が少しおかしい。親方か…現場責任者と言う事だろう。


「えー…クエストが紹介理由でしたね。ハァ…では一度言いますのでよく聞いておいてください。」

「はい!」

「文字が読めないからです。」

「え…あっ…えーっと…」

「腹が出てるからです。」

「おっ…おぅっと…えー…」

「判断力が無いからです、自主性が無いからです、甘え切っているからです」

「……ッ……ウグゥ…」


 教えて欲しいとは言ったけど、まさかここまでグサグサくるとは思わなかった。…無理かもしれん、わいはこの仕事、この人種むりかもしれん…!

 口をきゅっとし言葉を飲み込み、顔を真っ赤にプルプルする鹿羽を前に、受付親方ロームはため息をつき…大きく息を吸い込んだ。


「冒険者というのは命に関わる仕事です。ご自身の命は勿論、仲間の命もです。クエストというのはA級S級クラスの人材でない限り…特にDクラスの人材では2名から5名ほどのチームで組んで挑む事になります。体力がない、判断力がない、甘え切った常識なしがチームに入ると他のメンバーの負担が増え、クエストの成否と人命に関わり。結果、お客様からの信頼を損ねるからです。字が読めないという事も致命的です、お客様からの依頼はギルドが指示書に書き直し冒険者にお渡しします。それが読めない…無理です。」

「ウッ…うわー----ん!」

「チィッ、お帰りを。もし根性あるなら掲示板へ行って自分の眼と脳みそフル回転して自己責任で選んできてください。お待ちしてません…あー忙しい!!」


 3か月の授業で異世界語なんて読める訳ない!常用語のリストと幼児向けの言語教本は配布されているけど…ぐふぅ、そんなの片手に掲示板をみてたら時間がかかり、他の利用者の迷惑になる…っと判断をして行動したのに!

 血と泥にすえた汗の匂いと加齢臭を混ぜ込んだ激臭の冒険者達、ガヤガヤと彼らがたむろする中…その後ろからクエスト掲示板を覗き込む。新品のように綺麗な「異世界語教本」その巻末にある単語表と掲示を見比べ、ギルドが閉鎖するぎりぎりまでに出来る限りのメモを取りその日は帰った。


<D級クエスト>

フライングポテト農園の罠設置と撤去、巡回。害獣駆除。

早朝と夕刻の2回罠の見回りをしてもらいます、間の時間は農園雑務を事前協定の範囲内でお手伝い下さい。

朝食・昼食付

必要スキル:罠・害獣の知識・乗馬

期間:夏から秋、休日なし

報酬:期間内の朝昼食、毛布、駆除モンスターの素材。最終日にフライングポテト3樽

※フライングポテト3樽はギルドで買取可能です。金額は時価、運搬費差し引き。


<D級クエスト>

街道整備(オカムランド・ミートボル間)

街道沿いの草木の撤去、破損個所の修繕、案内ロープの再取り付けをお願いします。

6名依頼の内、2名は①周辺警戒、4名が②作業員となります。

必要スキル:①モンスター駆除経験10体以上 ②土木作業経験

期間:2~3カ月、雨天休日

報酬:日給8メン 期日前終了時は残り日数×3メンと特別昇級テスト受験資格


<D級クエスト>

冒険者ギルド内雑務

清掃、備品管理、運搬作業、夜間見張り等

必要スキル:3年以上の経験、クエスト事由障害者優遇

期間:契約年次更新制

報酬:日給5メンと食券、簡易住居あり(使用料、1月4メン)、能力により正規ギルド職員採用検討。


※1メン=700円

「ハローワークかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 現実を認識した、冒険者とは夢のある仕事ではない。元世界で言う日雇い労働者であり、冒険者ギルドとは職業斡旋場所なのだ。

いや…普通に理解はしていたのだが、うん。現実が…現実が重い…うぐぅ…吐きそう!でも、吐く物が胃に入っていない…涙があふれる。

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