VSおっぱい拳
「アラアラ、死ぬ覚悟が出来たのかしら?」
「フン…抜かせ、小娘」
時は大正
場所は静畑の山の上
少女は河童と対峙していた。
少女と言ってもその挙動に一切の不安や怯えはない。
人外の化け物を前にしての太々しさ
それは酷く、河童のプライドを傷つけた
「おぃおぃ、ちっとも怯えやしねぇ、どうなってんだ?おいハゲ河童」
河童は少女の後ろの仲間に、
いや…仲間だった男に声をかける。
「気安く話しかけるな、ならず者が…」
男は忌々し気に河童を睨みつける。
「お前が悪さばかりするから、人間達が嬢ちゃんを雇ったんだよ!」
いい迷惑だ!
そう言っている仲間の怒りを、しかし河童は気にも止めない。
「へぇ~、嬢ちゃん退治屋か何かかい?」
ヘラヘラと喋りかける河童は
舐めるように少女の体を観察する。
年は10を2か3過ぎた程度に見えるが、人間の年は解らねぇ
背丈でみても、小さなばあさんかもしれないし
(実際昔、それで痛い目あった事がある)
…まぁ
“嬢ちゃん”って男の呼び方からするに
婆じゃねぇ、年は10と半ば
背丈は平均的な童っこだ。
手足も肉付きが言い訳でなし、むしろスラリと細すぎる気さえする。
不気味なのは
長い髪に前髪で目が見えない事と、さらけ出した腕の異常な傷あとだ。
子供の腕とは思えない
拷問でも受けたかのように、腕の外側に傷がついている。
河童が見ていると
少女の手はゆらりと動き
指先を揃え、構えをとった。
河童には一瞬その手の動きが、日本刀の動きのように怪しげに見えた。
「退治屋…では、ありませんね。ただの格闘家…、全国行脚の修行中の身です」
「っへ、そうかい!」
退治屋ではない、格闘家なら怪しげな術は使うまい
傷を見るに相当の鍛錬をしているようだが。
相手が“少女”ならオレの勝ちは揺るがない!
「嬢ちゃん!仕事は選んだ方がいいぜ!」
空気が変わる!
音も無く、合図も無く
しかし対峙する二人は同時に構える
退治屋の少女は「手刀」指先を揃えた手を軽く前に出し
腰をほんの軽く落とした
対して河童は
足を内またに広げ、腰を落とし
両手の平を少女に向ける形で突き出す
掌は丸く、何かをそっと包むように優しい形
そして、あろうことか
戦いの最中目を閉じ
唇を突き出し…
「気をつけろ!嬢ちゃん!奴は“おっぱい拳”の使い手だ!!」
戦いとは無情
向かい合い、矛を交えたならもう退けない
二人は命をかけ、向かい合いそして覚悟し、構えたのだ
瞬きすら命とりになる、張り詰めた空気
しかしそれを破るようにその声は響いた。
「お…っお?おっぱ?えぇえ!?」
少女は混乱した
聞き間違え?えぇええぇ?おっぱ?えぇ…なんて…?え?なんて?
「気を付けるんだ!おっぱい拳!奴め…禁じ手を使いやがった!」
落ち着こう。
うん、私大丈夫
少女は咄嗟に一歩後ろに飛び、距離を取った。
今アドバイスをくれた男も河童だが
目の前の糞河童と違い、イイひとだ。
山で取れた作物を人里で交換し、田植えの季節には手伝ってくれると
里での評判もあり、山の案内役をかって出てくれた。
短い旅の道中も私を気遣い
荷物を持ってくれたり
河童にしておくのはもったいない誠実な人だ
そんな彼が注意してくれた
これは何か理由があるはず
「ど…どうゆう事?」
おっぱいって聞こえたけど
違うかもしれないし
大破威拳とか、そういう名前かもしれない。
「我々河童は尻好き…」
男は重々しく答えた。えっあっ…うん。
案内の報酬で尻子玉を要求されたり、道中も視線をお尻に感じていたので少女は受け入れた。
え?お尻?え?
「おっぱい拳は尻好きの誇りを捨てた外道の拳だ!」
えぇええええええええええええええええええええええええええええええ
やっぱりぃいいいい!?
うぇえええ?
少女は噴き出す冷や汗を拭い
動揺した心を静める、この身を一振りの刀に見立て、揺るがない心を修行してきたが
まさかここまで動揺してしまうとは、まだまだ己の未熟を感じる。
…落ち着こう
「お…おっぱぃけんってどどど…どんな拳なのの?」
無理、高鳴る胸が落ち着かない、無理
冷静に相手の構えを見る
内股の足
丸い掌をこちらに向けて…
「あの手の構え、あれはおっぱいを揉みしだく形だ」
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
無理無理無理無理無理
なにこの糞ガッパきんんもぉおおおお
あばばばばば
少女は思わず更に一歩下がる
いや…全力で飛んだからメートルほどは下がった。
くしくも今までの人生で一番飛べた、人体ってすごい。
「クククッ…どうした嬢ちゃん?俺を退治するんじゃないのかい?」
くされガッパはすぼめた口から舌をチロチロ出しながら語りかける
無理無理無理無理
そうしながら、ジワリジワリと内股で進んでくる
いやぁああああああ!!
涙が溢れてきた
気を抜いたら、漏らしてしまいそうな恐怖を少女は感じていた。
どんな厳しい修行も
戦いの中でも、こんな恐怖を感じた事はない!
熊と戦った時の方が100倍増しだ!
しかし、そんな恐怖の最中であっても、少女は構えを解きはしなかった。
刃を思わせる、鋭い手刀
河童は実際それを警戒し、攻めあぐねていた。
(何か一手、あの構えを崩せば勝ちだな)
「…嬢ちゃん」(ペロペロペロ
「ヒィイイ!」
変な声が出た、もう無理、本当無理、ちびる
「…この指を見てみな」
コリコリコリコリ
何かを包むように丸を描いていた掌
指は大きく開かれ、
何かを揉みしだくように動いていた。
そして今
少女は気づいた
コリコリコリ
人差し指の動き
何かを転がすような、弾き、弄ぶような動き…
コリコリコリ
あの手のひらがおっぱいを揉みしだく形だとすれば
あの指の位置は…
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
理解した瞬間!
少女の心は崩壊した!
武道家としての足場は崩壊し
構えを解いてしまった
腕を交差するように、胸を守る
嫌だ!あんあ醜悪な生き物に胸を弄ばれるなんて!
奇声と共に涙が溢れ
完全に武道家としての少女は死んだ
その刹那
「かかったな!尻がガラアキだぜ!!」
一瞬で間合いを詰め、背後に回った河童がいやらしく笑う!
熟練した河童はなぜるように一瞬で、尻子玉を奪うという
「ッヒ!」
少女は構えもなにもなく
ただ、長年の修行で培った反射神経で体を捻り
背後の河童の頭を打ちぬいた
…と見えたが!
「残念!」
河童は亀のように頭を同体にうずめ避けていた!
そうして、不安定な体勢で、腕を振りぬき…体の正面を曝け出した少女に
両手を突き出す!
「おっぱいは頂きだぜええええ!」
あれ?
河童の攻撃、諸手は確かに少女に届いた…
しかし、なんという事だ!
「おっぱいなくね!?」
時は大正
場所は静畑の山の上
転がる躯
血だまりの中で少女は泣いていた
「うわぁあああああああん!」
「だ…大丈夫だ嬢ちゃん!俺は尻が好きだ!」
END