電波覚醒サイココップス
2025年 歴史的な事故が起きた。
超能力秘密研究所と大宇宙研究所の共同研究「超マイクロ波による星間通信技術」
電波の波長は長ければより遠くに届くが運べるデータは少ない、短い波長は遠くに行かないが運べるデータ量が多い、のだが…宇宙研究をしていく上で使われている長波を中波へ、…更に短波へ…そしてマイクロ波へ移行出来れば、これは世紀の大革命だ!
その為の電波発信機の魔改造、出力の向上に次ぐ向上…そして事故が起きた。
電波は波長が短いと物質への影響が強くなる、電子レンジを考えてくれ…電波とは恐ろしい力なのだ研究では電波の力を高めて行ったが、それを受ける「器」の研究が追いつかず…が耐えられなくなった、これが後に指摘された事故の検証結果。
最終実験のスイッチを押すと同時に研究所は爆ぜ超マイクロ派は放出した。
キュピィィイ…パァアアアアアン
全国各地では電子機器トラブルが巻き起り…多くの人命が失われかけた。
解るかい?ここから本題に入る…この事故の結果、被害についてなのだが…クククッ
そうなのだ、この事件の凄い所は死者が出なかった事だ、爆心地にいた研究所職員は勿論の事、人口臓器を使っていた病人、墜落しかけた飛行機さえ…
その当事者の「超人化」と呼ばれる、火事場のエネルギーを発揮して九死に一生を実現させた。
映像機器が動いていれば、各地で凄まじい映像が取れただろうに…あぁ、それが一番の歴史的損失だったかもしれない。
かくいう私も…暴走した自動運転車が突っ込んで来た時には、爆裂させた筋肉でもって受け止めたものさ…おっと、自慢になってしまった。
すまないな…好きなんだ…筋肉。コホン
「人体へ直ちに影響はありません!」
責任者がテレビでそう言った時は流石に吹いたよ、俺の嫁さんは眼鏡が無くなったタイミングで電波を浴び視力が千里眼になり、娘は手をかざすだけでゴキブリを殺傷出来るようになったんだぜ?
あの事件から、世界が変わっちまったんだ。
◆ ◇ ◆ ◇
事件から3年後、ここは事件の中心地、静畑山の麓の街 「静大花」その警察所の一室だ。
出入口に付けられた札には「超・迷惑課」とふざけた名前が書かれている。
新人婦警の「御串=香依瑠」は3カ月の交番勤務の後この課に強制的に配属された。
年は21才、中肉中背の特徴の無い女性だが、細い目と丸い鼻は優しい印象を相手に与える。今の髪型は茶色のボブカット、髪型は分単位で変わるので彼女を髪型で覚える事は不可能だ。
…おっと、こういってる間にも髪が蠢き、不安そうに渦巻、バッファみたいになった。
「相緒井先輩…、留芽先輩が取り調べ室から出てこないですぅ…」
御串の不安そうな投げかけに。「相緒井先輩」は新聞を置く、新聞の記事は怪電波の事故の再調査結果と、「電波の人体への影響について」だ。
相緒井は落ち着いた好青年、年の頃は20代半ばと言ったところか…、スラリとした体を椅子に沈め紅茶を手に持つ様はイケメン俳優が演じる探偵のような印象だ。
新聞に続いてゆっくりとティーカップを置き、相緒井は落ち着いた優しい声で御串に応える。
「うーん、そろそろだと思うんだけど。あんまり長いとちょっと可哀そうだねぇ…」
「…はぃ…カウンセラーを呼んでおきましょうか…」
二人は部屋の隅のモニターを見やる、モニターの向こうは取り調べ室だ。
「逃げようたって無駄だからな?」
小柄な女性がドスの効いた声で釘を刺す。
体格こそ小柄だが、画面越しでもオーラがある…肩口で揃った黒い髪が揺れ…鋭い眼光が光を放つ。
その光が放つ圧倒的な“恐怖”のオーラは彼女を何倍にも大きく見せた。
「変な行動をしたら心臓をつぶす」
「ヒィ!」
嘘だ…彼女は既に潰す気でいる。容疑者の心臓をぐちゃぐちゃに潰して情報を取り出すのが彼女…「留芽=沙支巳」の仕事であり生き甲斐なのだ。
まぁ、逃がさないのだけは本当で「超・迷惑課」は他の課とは独立した特別な課であり、取り調べ、資料室、作業部屋、押収品の仮置き場…全てが警察署の最上階、その片隅にまとめられている。
各部屋には緊急のボタンがあり、それを押せば下階の職員が一斉に対応、決して犯罪者を逃さない。
たとえ犯人の筋肉が爆裂して床をぶち抜いて逃げようが…建物の壁を歩いて逃げようが…だ!
勿論そんな馬鹿な考えが起きないように、心を折る工夫も大いにしてある…
「千里眼の相緒井」
「熊殺しの御串」
「心臓潰しの留芽」
ちょっと大げさな肩書の掛け軸…そう、大切なのは「心」を折る事、その為の彼女「留芽=沙支巳」だ
「おいおい、“迷惑防止条例”って知ってるか?」
眉を顰め、容疑者の顔を覗き込むように留芽は動いた…
頭の悪い生徒を侮蔑する、性根の腐った教師のような眼差しだ。
容疑者の男はビクリと震え…そして小さく首を振るう。
「ハァ~…」
留芽は首を振り、椅子に持たれる。そして、目を閉じゆっくりと馬鹿に説明をした。
「殺人でも放火でも盗みでもない、だけど確かに“迷惑”って行為を、取り締まるための条例だ」
ッカ!
目が光る!
「「ヒィ!」」
目の前の容疑者と、モニター越しの御串が同時に悲鳴を上げた。
モニター越しでも判る空気の変化…留芽を中心に重力が増し、世界は暗く重くなったようだ…
ダンッ!
「…解るかぁ?僕は悪くないっていくらいってもなぁあ、迷惑な奴は迷惑なんだよ?お前みたいにな!!」
取り調べを受ける小市民は、丸い鼻に脂汗を浮かべ俯いていた。
よく見れば全身が小刻みに震えている、まるで蛇に睨まれたカエルの様だ。
バン!
バン!
バン!
「あー合図だね、カウンセリング呼んでおくよ」
相緒井は受話器に手をかけた。
御串は調書を書く手に力を込める。
モニターの向こうからは堰を切ったように撒くし立てる、「心臓潰しの留芽」のドス声と容疑者の嗚咽が響いてくる!
「いいか!?テメーみたいな奴は“超”迷惑なんだよ!気持ち悪い!早くさっさとゲロしちまえヨ?あぁん?童貞キモオタ野郎が!お前みたいな奴と一緒の部屋にいる女の気持ちになれってんだ!くせーなぁああ!?風呂入ってんのか?あぁん?さっさと吐けよ!気持ち悪くてこっちが吐くわ!!」
「うわぁああああん!」
とうとう男は泣きだした。
御串は引きつった顔で、記録をとりつつ手配を終えた先輩に質問する。
「相緒井先輩…こういうのって駄目なんじゃないですか?警察学校で習ったのは…」
「あーあー、彼女は大丈夫。“能力”もあるし、この課は治外法権みたいな所だからさ」
「ぇぇぇえぇ…」
取り調べ室からは、罵声と鳴き声が交互に聞こえてくる。
ここまで数時間かかったというのに、こうなってからものの1分、容疑者は全てを話、晴れて犯人となり部屋から出てきた。
「いやぁ~!仕事とはいえ…人の心をエグルのは辛いなぁあ!」
泣きじゃくる犯人と共に、妙にすっきりした顔の留芽が出てきた。
「おい、御串調書まとめたら出しといてくれよ。相緒井、犯人頼むわ!」
そういって留芽は、ソファーにドカッと腰を下ろした。
タイミングを計ったように、留芽の前のテーブルには淹れたてのコーヒーと、温めなおしたドーナッツが置かれていた。
相緒井は出来る男なのだ。
「いやぁ~、タフな仕事だったわ!」
「留芽先輩って取り調べ楽しそうですよねぇ」
取り調べの様子は全て録画録音されている、モニターを巻き戻しながら御串は調書を書いていたが、留芽の罵声と犯人の鳴き声が重なってよく聞こえない箇所が多い。
「せ…先輩!すいません…聞き取れないところがありまして…犯人の“能力”っていうのは?」
「あぁ、あれだ。“ボタンをポーンと飛ばす”能力だ」
◆ ◇ ◆ ◇
2025年
静畑山に建てられた電波塔から
正体不明の怪電波が放たれた。
超能力秘密研究所と大宇宙研究所の共同研究「超マイクロ波による星間通信技術」中に起こった事故だった。
「人体へ直ちに影響はありません!」
責任者はそう言い逃れたが、あからさまに明らかに人体に影響があった。
それも速攻で、超速でだ。
人間の脳が不自然に大きいという話はご存じだろうか?
脳の役割は完全には解明されてはいないが、脳の一番深く、どうにも活動の弱い場所が見つかった。
他の部位に比べ活動は明らかに小さく、人によっては完全に活動をしていない。
そんな場所に、例の怪電波は届いたようだ。電子レンジで水分子を揺らすように、怪電波はその場所を駆け抜け“揺らした”不幸中の幸いか、その影響で死者が出たとは聞かないが、社会には大きな影響を及ぼした。
「超能力」の発現…SFの世界の代物だったが、怪電波事件…俗にゆう「サイコウェーブ」事件直後から不可思議な現象が世に溢れた。
先ほどの犯人もその一人だ。
ズズゥ…
モグモグ…
「犯人が言うには、サイコウェーブを受けた時は学生だったらしい、卒業を目の前にした中学三年でな」
卒業式で女の子に第二ボタンを渡すシチュエーションに憧れた彼はカッコいいボタンの渡し方を真剣に考えていたらしい…
そうして事件の瞬間を迎え…ボタンをポーーーンと弾き飛ばすという、しょうも無い能力に目覚めたとか。
電波で脳が揺れている間に何を考えて居たかが、開化する能力に影響しているというのが今の仮説だ。
そしてそれはおそらく正しい…死者が出なかったもそうだ。
電波障害による事故や生命の危機を迎えていた者はより高次で実用な能力に目覚めていて、一般人はしょうも無い能力ばかりだ。
そのために怪電波を「救いの波」と呼ぶカルト集団も出ていて事件の裁判が進まない。
社会的損害と人類への貢献度が図り切れないのだ。
…そうは言っても、人の基準が変われば即ち、社会という受け皿が機能しなくなる。
議論による法整備はスピードが合わず、政府の強硬な権力行使により半ば乱暴に措置が取られた。
その一つがこの「超・迷惑課」や乱暴な取り調べの許容だ。
人権だなんだと騒いでいれば警察は後手後手に回り、国民の平和は瞬く間に消失する。
「ボ…ボタンをポーン…うぅ…」
書類をまとめながら御串は涙を禁じ得ない…彼は加害者だが…被害者だ…こんな能力…どう…どう申請すれば良かったのか。
ちまたでは「超能力による性格診断」という本が売れている。
もってる能力と発現した年代別の好き勝手な妄想と邪推…性癖の暴露…レッテル…無理だろ…彼は…うぅ
「…しかも、制御できないらしくてなぁ!電車内の乗客ボタン同時弾け飛び事件は、奴の押しアイドルの電撃引退ショックが原因らしい」
「うぐぅ…えぇ…め…迷惑ですねぇ」
御串もさすがに頭を抱えた。
本人の立場になれば可哀そうだが、実害が出ているのだ…可哀そうだが純然たる迷惑…超・迷惑…
「確かに本人に悪気は無いがな、能力が発現したら役所に申し出て、ちゃんと制御の訓練を受ける決まりだ。それを怠って世間様に迷惑をかけたんだ。同情しすぎるなよ?」
留芽はドーナッツに手を伸ばし、最後に一言付け加えた。
「超・迷惑な話だぜ」
超・迷惑課
超能力による迷惑防止条例を取り締まる、新設の警察機関である。
今回のように悪意の無い犯罪者が多いことから。厳しく取り締まるのではなく、あくまで迷惑条例違反として犯人を特定する。
もちろん、悪意溢れる凶悪犯もいるわけだが法整備も道徳的議論も出し尽くされていない問題だ。
とりあえずのルール<仮条例>で守られた半無法社会、外法には外法、無法には無法と取り締まる側の決まりも曖昧で、先ほどの人権無視の取り調べも黙殺された。
「所で、御串?お前の能力ってどうやって身に着けたんだ?」
「ふえぇえ!?」
突然の質問に御串=香依瑠は肝を冷やした。
先輩の手には「超能力による性格診断」が握れれている。
先ほどまでストレートに下りていた髪は逆立ち、御串の混乱を示すように頭上で渦巻きはじめた。
「お…おっ…乙女ですから!オシャレな髪型を考えてたんです!」
…チョンマゲになった。
「うーん…嘘臭いなぁ」
ギラりと、留芽=沙支巳の瞳が光る。彼女の能力を知る御串は震えあがり、髪は怯えたようにちじれアフロになった。
(い…言えない、寝坊して寝ぐせだらけで…それを直してる時発現したなんて!)
「………ズボラ?か?」
「…………ヒィ!」
…先輩と話すのは毛根に悪い。
「まぁいいや、大した理由は無さそうだしな。そうだお前、今度その能力使って囮捜査でもやってみるか!変装し放題だろ?」
「いや…いやですよ。私…柔道最下位で…こ…コワイ人、怖いですって」
「いやお前。能力あるからここに来たんだろ?活かせよそれを…私みたいにな!」
超能力迷惑防止防止条例課
通称
「超・迷惑課」
人の弱みや嫌がる事を見抜く能力「心臓潰しの留芽」!
大和撫子七変化「熊殺しの御串」
妹の場所はいつでも把握!「千里眼の相緒井」
SFで夢に見ていたのとは違う
下らなすぎる能力に溢れた、混乱の社会を守る新設警察組織である!
「なぁ相緒井、お前の妹で囮捜査ってどうだ?」
「ハハハ…ブチ殺すぞこのアマぁあああああああああああああああああああああああ!!」
クールな相緒井の瞳が煌めき、膨張した筋肉にボタンがボーン!
彼のこれは能力ではない…この乱世で妹も守るため身に着けた愛の結晶だ!
「おいおい私を敵に回して良いのかい?…妹ちゃんに能力言ったら何ていうかなぁ?」
「あ~超・迷惑って言いますかね?」
「いや…普通に“キモイ”と“お兄ちゃん嫌い”だろ」
「ゴッファァア(吐血」
頑張れぼくらの超・迷惑課!
世界の平和は君たちにそこそこかかっている!
END