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フレッシュゾンビ

 墜落せし紅い、月の都…

 墓石のように立ち並ぶ古の塔の町よ!


 その町の北外れ錆色の丘にその城は立っていた。


 堕落セし吸血の姫「アネミア」大理石のように白い指を赤く染め…彼女はゴロゴロとオヤツタイムだった。


「ん~、まずい」


 チュパチュパと目玉を一つ啜り吸血の姫 アネミアはため息をついた。

 ゴロゴロと絨毯を転がりながら食べたのは皿に盛られた目玉だ。

 程よく煮込みほんのりと塩を振ったプリプリの目玉…


「生の血よりはマシだけど、むむむ」


 アネミアは偏食家だった、吸血鬼として身体は血を求めているが、なかなかどうして舌に合わない。臭い、キモイ。


「…あぁ、来世はベジタリアンになりたいわぁ」


 モグモグ…うぅ…うっぷ


 一日でこれだけは食べようと決めているのだが、なかなかどうして食が苦痛だ。

 取るべき栄養を取り切れて居ないため、生前から死体みたいな白さの顔色は死んでますます白くなった。

 全身は常に気だるく、血行は最悪…心臓からしたら堪らないのだろう…人生というマラソンを走り切ったと思ったら“もう一周”とか…うん、そりゃ無理な話だ。


 ハァハァ


 呼吸もいささか苦しい気がする。いや、必要ないっちゃないんだけどもネ。


「あぁ~、生きたくない…死にたくもない…うぅ…揺れ動く乙女の心…うぅ…まずい…」


 ハァハァ

  (ハァハァ…

 ハァハァ…

  (ハァハァ…


 そんなアネミアを柱から覗いている男がいた


 ハァハァ…


(あぁ、アネミア様、なんてセクシーな息遣い!ハァハァ)


 男は気だるげに、四肢を投げ出すアネミアに釘付けだ!美しい青い髪、まつ毛の長い切れ長の瞳、谷間が見える赤いドレス!


 ハァハァと震えるか弱い肩…ああ!苦し気に息を漏らすその口元、そこから見える可愛い八重歯!


 ッダン!


「アネミア様!もう堪りません!」


「うひゃぁあああああ!」


 ポーン


 アネミアは食べかけていた目玉を口から飛ばしていた!

 部下は出払ってると思ってダラけていたのだ!ヤバい!主としての威厳が!柱から飛び出てくるなんて反則だ、心臓が飛び出るかとおもったわ、口からポーンと!

 うひゃー恥ずい!


「アネミア様!どうか私めを食してください!!」


 柱から飛び出た男、部下…ゾンビ男は膝まづきながらそう叫んだ!

 生前の見る影もなく腐っりはて、水分も飛びに飛んでミイラ化した男だ正直キモイ。

 うーん…え?今なんて?


「アネミア様!ハァハァ…どうか!私を!是非!」


「えぇ…」

(何言ってんのコイツ)


 アネミアの心の声が聞こえたのか、ゾンビ男はプルプルと震えだし、心なしか瞳が潤んできた。

(あぁ、まだ水分あったんだ…見た目乾物なのに…)


「アネミア様ぁあああ!私はぁ!あなたの食糧となるためにぃ!ゾンビになったのでは無かったのですか!?」


 男の叫びが城に響く、続いて悲痛な泣き声が響き始めた!…いい歳した男の声とは思えない、情けない泣き声だ。

 干からびて皺くちゃの顔から解るとうり、多分100歳はいってるはずだ…死んでからのカウントで!


「うわーーーーーん!」


「えぇえええ!?」


 確かに100年ほど前、血がダメで、生肉もダメで、ゾンビにして干物にしたらどうかと考えた事もあったのだが…

 目の前の男はその時作った部下なのだろ、しかし、やたらと献身的に世話をしてくれるこの男は自然と食糧からはずしてしまっていた。

 そもそも干物にしたら臭味が濃縮されて…うっぷオロロ


 まぁそれでも、半年…遅くとも1年ほどで食べるはずだったのだが…うん、忘れてた。もうとっくに賞味期限はすぎているわ多分。

 え?普通生き延びたら喜ばない?ショックなの?逆にショックだったの?


「うわーーーーーん!」


「あわわわ…ご…ごめんね!わわわ…悪かったわ!」


 アネミアはうずくまり、泣きじゃくる男の背中を撫でてあげた…

 カサカサカサ…

 指先に感じるその背中、うん、食いものじゃないコレ


「ゴメンね!?だけどえーっとほら、食べれないわよ?ね?えっとほら、腐ってるし!埃っぽいし!あとえっとキモイし!?」


「うびゃぁあああああ!」


 ポーン


 泣きすぎた男の目玉が飛び出て床に転がる。

 あぁ、辛い!胸が苦しい!拒否された絶望と背中の甘い苦痛に悶える!

 余りのショックで目の前が真っ暗だ!うぅ…あっ

 背中を撫でる、優しい指先が離れ…


「ほ…ほら、目玉よ…」


 どうやら主は目玉を取りに行ってくれたようだ…うぅ

 優しい、やっぱりアネミア様素敵、食べてほしい、役に立ちたい

 うぅ、神、女神、うぅアネミア様…!


「あ…あと、そうだ!生理的に無理!」


 ポーーーーーーーーン


 目玉と一緒に、口から心臓も飛び出した。


……

…………

………………


 死の絶望すら超える、この心の痛み!

 …しかし…この日からこの俺「名もなきゾンビ男」の戦いの日々が始まったのだ!!


「あああああああああああああああああああああああああああ…


 いつまでもくよくよしてるのは男じゃない…ウジウジ腐るのは体だけで十分だ!

 俺はアネミア様に食べてもらえるような活かした死体に!フレッシュなゾンビに成ろうと心に決めたのだ!


…あああああああアネミア様ァアアアアアアアアアアアアア!!」



   ◆    ◇    ◆    ◇





 墜落せし赤い、月の都

 墓石のように立ち並ぶ古の塔の町よ


 その町の北外れ錆色の丘の城から、男の一日は始まった。


  コケコッコーー!


 男はパッチリと目を覚まし、顔を洗い…厳選した野菜と果実のフレッシュジュースを飲んだ。

 そして地味なあずき色のジャージを着こみ、まだ肌寒い早朝に出かける!


 ッハッハッハ


 身体は死体のように重い、アネミア様のお世話のために、普段から人間のスピードで動いていたが、種族的には鈍足なのだ。

 心臓は止まっていたし、横隔膜も水にぬれた半紙レベルの強度しかない…


 ッハッハッハ


 しかし、弱音は吐かない!


「アネミア様も同じなんだ!あぁ…あの痛ましい悶える姿…うぅ…うおおおお!」


 シュタタタタ!

 瞼の裏の主の姿が…男に無限の力を与える!


 ドクン!

 ドクン!


 背中をなぞる主の指先!

 目玉を拾ってくれた優しいお顔!

 思い出せば胸が燃える!止まったはずの心臓が鼓動を始める!

 男は丘を下り、墓標の町までジョギングと洒落込んだ。


「あ、ゾンビさんおはような!」


「おはようございまーす!」


 そして挨拶、ここの人々はアネミア様の領民、云わば同じ主を頂く仲間だ、男はフレンドリーを心掛けていた。

 愛する主に愛されるには、まず磨くべきは心であろう!


「おじさんトマトジュースあるかい?」


 アネミア様のため、新鮮なトマトジュースは欠かせない…定期的に買いに来ていたので、店主は注文せずとも用意してくれる!しかし…今日はそれだけに留まらない!

 昨日の夜図書室で本を読み調べたのだ…体にいい野菜!


「あ、あとキャベツと玉ねぎと…」


「おぉ?珍しいな、わりぃちょい待ってくれよ」


 いつもと違う注文に店主は中に引っ込んでいった。

 フフフ…そうだ、いつもと違うのだ!今日の俺は昨日と違う!適度な運動とバランスの良い食事!それがフレッシュな体を作り上げるのだから!


         byおいしいお肉の作り方(畜産用)



「アネミア様おはようございます!朝食の時間ですよ!」


「うぅ…、もうちょっと…うぅ体がだるい」


「大丈夫ですか?食堂までが大変なようでしたら部屋にお持ちしますが?」

(あわよくば食べさせてあげたい!)


「いいえ、結構よ、ありがと」


「チィイイ!あり難き幸せ!」


「なんか今チィって…えぇ…」


 …いつまでも寝起きの愛らしさを堪能していたいが、ここは我慢だ。

 スケジュールは過密!テキパキとこなし…一日でも早く食べて欲しい!




   ◆    ◇    ◆    ◇




 生まれ変わる!

 夜は早めに眠りたっぷりの睡眠!朝早く目ざめバランスの取れた食事と!大切なのは適度な運動!


「うーん、何か足りない」


 ッハ!


「鍋(お風呂)にハーブを入れたら臭みが取れてよりフレッシュに!?」


           by お肉の美味しい煮込み方



 大変だ!

 夕飯の準備をしたら町までジョギングだな、お店やってるといいけど!

 ぐおおおお!



 これは大変な日々だった。

 とにかく、続ける事が大切なのだから雨の日も、風の日も魔獣が出た日も勇者が出た日も、俺は日々のスケジュールをこなし続けた!


 アネミア様が苦しそうな日は看病に付き添いつつ横でスクワットを欠かさなかった。

 あぁ

 きょとんとした顔も愛らしい、ビバアネミア様フォーリンラブ!近場にジムが出来ない物だろうか?

 あぁ…無くしたはずの筋肉がうずく!


 肉体改造はそう簡単に出来る事ではない、身体の代謝で増えてゆくはずの筋肉、改善されてゆくはずの肉体だがそもそも、代謝が止まって100年ばかし意味なんてないのかもしれない。

 …けれど


「あら?あなたいい香りね?香水でもつけてるの?」


 少なくともハーブ風呂は効果があったようだ。

 そういった小さな成功を支えに、男はよく寝、食べ、走り続けた。


 シュババババババ!

 (ゴロゴロ…ピッシャァアアアアアアアアアアア!


 ザァアアア

 (ドドドドドド


 雷鳴が轟く日は、濁流の横を駆け抜けながらあの日を思う…100年前、初めてあの方に出会った日を…


 ゴロゴロ…ピッシャァアアアアアアアアアアア!


 “死ねバンパイア!”


 “フフフ…貴方美味しそうね…”


 ザァアアア


「あぁ…美しかったなぁ」


 生者として最後の瞬間、男の振った剣は空を切った!

 魔を切り裂く聖なる剣も…当たらなければ意味はなく…


 タタン…ピト


 軽やかに跳ねるバンパイアは、男の腕の中まで距離を詰め…男の頬に白く美しい指をそえた。


 倒すべき、吸血の姫

 憎むべき、惨劇の悪魔


 赤い赤い、月の闇夜に浮かびあがる

 青白い少女の姿

 その悲しい瞳


「初恋だった」


 ザァアアア

 (ドドドドドド



 シュババババババ!


 男は走り続ける!

  どんなに辛くても!

 男は歩み続ける!

  どんなに意味がなかろうとも!


 俺はあの日死んだのだ、いや…産まれ変わったのだ!



「アネミア様!…貴女に!食べて頂くために!」




……

…………

………………

ゴロゴロ…ピッシャァアアアアアアアアアアア!



「うひぃいー雷こわいぃいいい!」


 アネミアは寝室で震えていた。





   ◆    ◇    ◆    ◇






 そして、季節が一回りするころ、奇跡が起きた!


 トトト…

 ットットット…

 ッタッタタタタタタ

 シュタタタタタタタタタタン!!


 100メートル9秒58!


 …スゥ…(ポイ

 スパパパパパパン!

 バララ…


 空中野菜みじん切り! イッツ グレート!


 365日で学んだ書物は5001冊!うず高く積まれた叡智の山…その叡智を集約した最強の技が…


「102…38…560…」


 男の瞳は映る物全てのカロリーと栄養素を即座に把握する魔眼を開化!


 …コンコン


「アネミア様、失礼致します」


 ガチャ…スゥ…パタン

 トットッ…ス…


 完璧な作法!優雅な足取り!!




 墜落せし紅い、月の都

 墓石のように立ち並ぶ古の塔の町よ


 その町の北外れ錆色の丘にその城は立っていた。


 堕落セし吸血の姫「アネミア」大理石のように白い頬を赤く染め…!



ハァハァ

  (ハァハァ…

ハァハァ…

  (ハァハァ…



「アネミア様!どうか私めを食べてくださぁあああああい!」



 そこには、健康になりすぎて生前の姿に戻った男が居た!

 そこにはかつて、アネミアを狙った勇者が居た!


 …すらりとしたそれでいて筋肉の付いた肉体、切れ長の瞳と、闇色の髪はワイルドに跳ねつつも花の香りで清潔感100点!


「あわわわ、無理無理!」


 片膝を付き、こちらを見上げる男にアネミアはたじろいだ…まだ人間だったころ…シャイでウブで奥手だったアネミアの好みドストライクのイケメンだったのだ!

 写真をとって部屋に飾りたいぃいいいい!


「さぁ!アネミアさま!どうか!」


「無理無理!近づかないで!あびゃー!」



 イケメンすぎて逆に無理だった、アネミア様は何百年生きてもウブでシャイなのだ。

 そんなアネミア様を、フレッシュゾンビはいつまでも愛しつづけましたとさ


 完


   ◆    ◇    ◆    ◇


 おまけ


「アネミア様おはようございます!朝食の時間ですよ!」


「うぅ…、もうちょっと…うぅ体がだるい」


「大丈夫ですか?食堂までが大変なようでしたら部屋にお持ちしますが?」

(あわよくば食べさせてあげたい!)


「っえ!?…けっ結構よ、あ…あ…ありがと//////」


「チィイイ!あり難き幸せ!」


「なんか今チィって…えぇ…」


 ドクン

 ドクン


 アネミアの心臓も、なんとか頑張りだしたみたい。

 愛でたし愛でたし




挿絵(By みてみん)

↑アネミア様デザイン

↓ネーム

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


アネミア


 古代パスタニアでソロモン王の元で悪魔や魔術の研究をしていた人間

 ソロモンの娘リトルディアの病を治すもしくは蘇らせるのが役目だったが失敗し、自身が研究した不死化魔術の実験体として処刑され…くしくも最初のバンパイアとして、死者復活の初の成功者となる。

 生前は陰キャの研究者だったが死後は追われる身となり護衛として部下作りまくったら御姫様になってしまう。がんばってそれぽっく演じている…が、ちょいちょい地が出る。


 生の食べ物が元々苦手なので、食生活が地獄…生まれ変わったらベジタリアンになりたい。

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