魔法の修行は便秘に効く
「魔法の修業は便秘に効くんだよ」
巷で広がったこの噂は本当だった、魔法勉強の第一ステップで行うヨーガの時点で健康効果は高く第二ステップの精神集中はストレスを軽減し、満を時して行われる「サイコキネシス」を行うともうブリリブリリの便秘知らずだ。
便秘に悩んでいた奥様達を中心に、世は正に大魔法時代を迎えていた。
「うぉおおおおおおおお!!」
ユグドラシルの枝と龍の髭で作られた巨大な籠、それを骨にペガサスとユニコーンの糞で作ったレンガの丸い家…否道場でその修行は行われていた。
道場の中心、サンゴとパールと黒曜石の粉末から作られた円形のプレートの上に置かれた青いリンゴ、それに手をかざし、額に血管を浮かべながら叫ぶ女性の首には紫の煌めく鱗がネックレスとなり揺れていた。
「はーい、そこまでぇ~…残念でしたぁ~」
「くそぅう!」
黒の鱗を首元に飾る女性講師が手を打つと、紫の女性は地団駄を踏み悔しがる。
首から下げたこの鱗は不老と健康の加護を与えるマーメイドの鱗である、これまた特別な塗料と祈りで7色に分けられたこの鱗こそ、魔法の熟練度を明確に示す指標になる。
白鱗…初心者、ヨーガと呼吸法を練習中
緑鱗…ヨーガと呼吸法、それと幾つかの所作を「知識として」正しく学んだ者
紫鱗…ヨーガと呼吸法を正しく行う事が出来る、「魔法を使う体の準備」が出来た者で…続いて心の準備たる瞑想と、いよいよもって実技として「魔法の修行」に入る。
茶鱗…全ての魔法の基礎足る「サイコキネシス」が出来る者
黒鱗…3つ以上の「魔法」を使える者で、ここに至った者が初めて「魔女」「魔法使い」と認知される。
金鱗…大会で名を遺す、社会活動にての表彰、10人以上の弟子を魔女に育てた等の様々な「偉業」を成した魔女でそれにちなんだ「二つ名」を与えられる。
そして最後に、「赤鱗」だ。
赤鱗は魔女修行を始めた際の「誓約」を破った者の鱗が呪いで変化した物である。
「くぅううう!!」
「どんまい!次はあたしねー」
リンゴを使ったサイコキネシスの修行に失敗した花詰愛子はリンゴの前から下がり、後ろで控える生徒達の端に加わる。控えている時も休憩ではなく、ヨーガのポーズで血行と魔力の流れを改善しつつの見学だ。
愛子の代わりに前に出たのは十井玲夢美、愛子の一つ下緑鱗を身につけた新人だ。
「う~…ふぁぁあああ~」
気の抜けた掛け声と共にガクンと全身の力が抜ける、かくんと膝が折れ背筋はだらんと猫背に曲がる、首も頭部を支える事を投げ出したため重い頭が長い髪を前方に垂らして「お化けのポーズ」だ。
「ぁ…ぁ…ぁあぁぁあ…ぁ…」
恨みつらみを呟く幽鬼のようなポーズで、夢子は独特なか細い掛け声を振り絞る…そして。
ズゥッ…スィイイー
「スゴイわ夢子さん!あなたは天才よ!!」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
複雑なヨガの最中で拍手が出来ない見学者達が、代わりに称賛の叫びを贈る!
まだ基礎を収めたばかりの緑鱗が、一つ上のランクの修行をクリアしたのだ!すなわちそれは…夢子には紫を飛ばして茶鱗レベルの力があるという証である!
「飛び級…すごい…本当にいるんだ!」
居合わせた者達の中には悔しがる者も多くいたが、その偉業に「私だって!」と心を燃やす者達も多くいた。
星の煌めきを思わせる眩い輝きと共に七色に輝きだした夢美の鱗が、講師と夢美の呪文の唱和によりビスケットのような茶色に収まる。
「「「うぉおおおおおおお!」」」
「てへへへ」
お化けポーズの後遺症で痛めた首を擦りながら、鱗を掲げる夢美は頬を染めながら微笑んだ。
◇ ◆ ◇ ◆
「夢美ちゃん…なんかコツとかあるのかな?」
「ふぇ~?」
道場の帰り、愛子は足取り軽い夢美の後方から意を決して声をかけた。
ルンルンと前しか見て居なかった夢美は、突然背後から…のそりのそりと重い足取りの愛子の存在など見て居なかった、知らなかった、晴天の霹靂とまではいかないが、彼女の声に夢美の心臓がドキリと跳ねた。
「こ…コツですか?」
「そう…先生は“集中力”とか“エネルギーの具現化”とかしか言わないけど…私、わからなくて。」
愛子は元々スポーツマンで、ヨーガと呼吸…肉体的な事は簡単にクリア出来た。白と緑の試験はストレート合格で紫鱗になれたのだが…ここで躓いてもう半年、2回の昇進テストに落ちているのだ。
「内面的なテクニックなんだろうとは思う…瞑想とか、うん…私それ苦手でさ…先生に踏み込んで質問した時は“イメージ”って言われたんだけど。」
「うーん…イメージ…ですかぁ。」
夢美の先ほどの飛び級現場、それを見学していた愛子は夢美が他と違う“イメージ”で魔法に挑んでいるのだと直感したのだ、あの脱力…お化けのポーズ…あれは何かに成りきっていた…おそらく…
「多分だけど…夢美ちゃんはお化けに…コホン、“幽体離脱”をしてたんじゃないの?」
「ふぇえ!?」
思い付きであるが…うん、絶対そうである、あの脱力…お化けのポーズは自身の精神・意識・霊魂・アストラルボディだかと言うらしいが、“それ”をリンゴの所まで飛ばして動かしたのだ。
…そう、愛子は推理をした。
「えーっと、イメージっていうと…うぅーん、そういうのと違くて…えーっと」
「違うの?じゃぁ…何…何を考えて魔法使ってるの?」
「えぇ…えぇっと…」
夢美の頬が赤らみ目が泳ぐ、あまりグイグイ行くことはマズイと想い…さすがに愛子も質問を止め、夢美の口が開くのを待った。
「と…トイレっていうか…う…う〇…というか…う〇こというか…」
う〇こという二つの言葉の紐づけが処理できず、脳内で思考が停止したのだ。
う〇こ…魔法…う〇こ…魔法…う〇こ…魔法…ッハ!?
「魔法の修行は…便秘に良い…!?」
「そ…それです!」
意味不明な二つのワードを繋げたのは、巷で流行っていた噂であった。
暮れなずむ夕日に照らされて、長く伸びる影二つ…その日から愛子の秘密の特訓が始まった。
◆ ◇ ◆ ◇
ー私は最初、寝ぐせを直す所から始めました。ー
「フォオオオオオ!」
ヨガのポーズ、鏡の前で精神を集中させ己の中に渦巻くエネルギーを感じる。
筋肉の力ではなく、まずは血の流れ、鼓動、そして自らの体温…根本的な事だ、根源的な意識だ。
普段意識せずとも行われているあらゆる肉体の活動に意識を向ける…それすなわち自立神経の完全制御、「自身の意識と肉体の状態を完全に一致させる」これこそが夢美流魔法トレーニングの第一歩だった。
「コォオオオオオオ!」
長く細く吐き、ゆっくりと吸う。横隔膜の動きを意識し、肺胞が満たされるのを感じ、血液を通じて全身へ運ばれる喜びに没頭する。
世の中には運動の得意な人と苦手な人が存在するのだが、それはこの意識と肉体のシンクロ率に大きく関係しているという、真っすぐ水平に腕を横に広げる…たったこれだけの動作も運動音痴は腕を出す位置が上下に大きくずれているのだ。
「本人は腕を水平に出している」つもりでも、現実の肉体にズレがある。
(こういうトレーニングなら私の得意分野だわ。)
「フォオオオオオオオオオ…コォオオオオオオオオオ!」
愛子はかつて嗜んだ数々のスポーツ経験に想いを馳せる、空手…柔道…ボクシング…スケボー…バスケット…フェンシング…ストリートファイト…ロッククライミング…魔法という、スポーツとは全く違った分野の修行に、役に立つとは思わなかった経験達。
(スポーツと魔法を分けていたのは私の偏見…全て一つ、私の中で全ては一つに…それが…私…私の魔法!)
…
……
…………熱い…、体温は37.5℃…心拍数80~115…少し…下げましょう…か…
ドドドドド…ドッドッドッド…トクン…トクン…トクン…
「次は…寝ぐせ…ね…」
己の肉体を完全に支配した愛子は次のステップに進む…、ちょうどいい具合に汗でびっしょりと濡れた髪は、指でかきあげると瞬く間に乱れ、ホームレスのような見すぼらしさを鏡に映した。
これを…
「フォオオオ…………コォオオオ………」
指先に神経を集中するごとく、否…肉の指先に、精神の指先を重ねるが如くだ。
愛子は己の乱れた髪一本一本に精神を重ね、そして動かす。
ブシュゥウウウ
立ち上る煙は気化した汗、激しいトレーニングで火照った体が冷え…乱れた髪が僅かにうねりうねり…完全ではないが、イメージした髪型へと近づいてゆく…
「フォオオオ…………コォオオオ………」
サイコキネシスとは違う
己の手足を動かすように、髪を動かしただけの話だ。
しかし…これこそがサイコキネシスの原理である、そうなのだ…違わないのだ。
ツゥー…殻を打ち破った愛子は涙を流した、長年躓いていたのは仕方がない…そもそも認識が間違っていたのだ。それに気づいた喜びと、こんな簡単な事に気が付けなかったさっきまでの自分がおかしくて、涙が流れるまま笑っていた。
…涙一粒己の肉体、止めようと思えば止められるのだが…何故か止めようと思わなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
「師匠…“寝ぐせ”直せましたよ。」
「師匠!?」
翌日スーパーで出会った夢美に愛子は特訓の成果を報告した、昨日までは後輩だった相手でも、教えを請えばすなわち師だ。夢美を師匠と呼ぶことに愛子は一切の迷いが無かった。
「そして師匠…次は何を!?」
「ふぉおおうぅ!?ふぇ…ふぇーっと…」
グイグイ来る愛子の情熱に、夢美は戸惑いながら考え…答える。
「つ…爪です…切った爪!」
「了解です!」
愛子はグァっと、半額シールの貼られたオーガのバラ肉とブラッドダイコンをひっつかみレジへと走った!早く…早く帰って修行がしたい…!
「あぁ…半額ぅう…」
夢美は狙っていた肉を持ち去る彼女の背を涙目で見送った。
◇ ◆ ◇ ◆
「ふぉおん!」
ジャキィイイイイン!
爪が伸びた、もはやこの程度は朝飯前だった。そして爪と重なる精神体…アストラルボディにイメージを付与する。
(砕けよ!)
ボフォン!
爪先は弾け、机の上に広げた新聞紙の上にバラバラと落ちて行く…問題はここから先の修行だ!
「フォオオオオオ!」
昨日の修行で、精神と肉体の完全なる一致、己の肉体と意識すれば…手を使わず髪の毛も動かす事が可能になった。
「コォオオオオオ!」
爪とて同じだ、伸ばすも縮めるも、爆ぜるのも自在…ならば、この身を離れた爪は…「肉体から離された肉体の一部」はどうなるか!?
(…………伸びよ!!)
ジャジャジャジャジャキィイイイイイン!!!
爪の破片全てが短剣のごとく鋭く尖った!
(浮かべ!!)
ヒュォオオン!ヒュンヒュンヒュン!
己の手足を振るうように、切り離した爪も操るのは容易い…何故ならば、切り離されようが私は私…己の血肉は己の血肉…たったそれだけの認識だ。
「今なら…出来る!!」
買い物袋に駆け寄り、肉と大根を取り上げ机に乗せる。
「フォオオオオオオオ!…コォオオオオオ!」
…
……
…………駄目だ!あれは私じゃない!!
辛い時間だった、オーク肉を自分の肉だと思い込んでみたり、私はダイコンですと鏡の前で延々と呟き続けてみてもダメだった…飛ばした爪で肉を八つ裂きにすることが出来ても、髪で操った包丁でダイコンのかつら剥きを作る事が出来ても…これではまた試験に落ちてしまうだろう。
…その日は料理をする気分にもなれず、生のオーク肉と生ダイコンを飲み込んで床についた。
奇跡は翌朝トイレで起こった。
グギュルウウウウウウウ
おそらく試験前のプレッシャー…ストレスが原因だと思われる、愛子は激しい腹痛に襲われていた。トイレに籠ってはや2時間…激しい修行の後のように疲弊し…頭はグルグルと回っていた。
あまり美しい話ではないが、辛かった…出しても出しても…出きった感じがしなかったのだ。
氷のように冷えた腹に、脂汗が滲んだ手を当てる…落ち着け、肉体は私の支配下にある…出来る!
意識を腹に集中し、疲弊しきった内臓の力を抜く…無駄に流れる涙と油汗を止め、腸液の分泌を増加させ「それ」が出やすいようにする。
「…ッハ!?」
閃いた、胃から降りた先、小腸を下り大腸に至る…そして、その中に横たわるう〇こを心で見つめる。
(魔法の修行は便秘に効く)
Q夢美さんは何をイメージして魔法を使うの?
Aう〇こ
「ふぉおおおおお!!」
己から離れた爪を、己として操るように…己の腹から生まれたう〇こを、己の一部として意識する…そして!
右へウネリ、左へウネり、腹から周り、背からまわり…複雑な大腸の曲道を駆け抜けて…
◆ ◇ ◆ ◇
「はーい、次は愛子さーん」
「おっす!!」
ユグドラシルの枝と龍の髭で作られた巨大な籠、それを骨にペガサスとユニコーンの糞で作ったレンガの道場でその修行は行われていた。
道場の中心、サンゴとパールと黒曜石の粉末から作られた円形のプレートの上に置かれた青いリンゴ、それに手をかざしながら愛子は穏やかに目を閉じて…集中を始めた。
コォオオオオオオオオ
フォオオオオオオ
ヨガのポースで見学をする仲間達が、いつもと違う愛子の様子にヨガを崩した…
彼女の髪が…蠢き、逆立っているのだ!!
(私は…私を支配する!)
ジャッキィイイン
ジャキィイイイン
ジャキィイイン
ジャジャキィイイン!
リンゴにかざしていた右手の五指の爪が、サーベルのように鋭利に尖った!
「ふぇええええええ!?」
「ふぁあああああああ!?」
夢美と女講師が、同時に驚きの声を上げた!!
(そして…う〇こも私…!)
ギュルゥウウウウウォオオオオ!
ドラゴンの遠吠えに似た異音がドーム型の道場の中反響する!!
(人はう〇こをし、そのう〇こは土に返り、植物を育み、命を育み、風と大地と一つに溶け合い…やがて恵となって人に還る)
ザワァア
道場の床、掃除が行き届かなかった為に生えて居た小さなキノコが…身の丈ほどに急成長した。
ズァワァアアア
隅に溜まっていた土埃が風も無いのに舞い上がり、旋毛を巻いて道場生達の頬をチクチクと打つ。
「何!?…何これ!?」
「先生…先生なんですか…これなんですかぁああ!?」
「目が…目がぁあああ!」
カッ
集中を終え、目を見開いた愛子は高らかに叫ぶ!
“我は汝なり、汝は我なり!万物は一にして、一こそが全て成!”
「浮け!!」
スゥー
青いリンゴは、黒いプレートの上に更に黒い影を落とした。
誰一人として手で持ち上げたわけではなく、糸で吊る…透明な板で持ち上げる等…そんなトリックの類ではなかった。
太陽と月、大地と風と水の恵みで育ったずっしりとした青いリンゴが浮いたのだ、一人でに…否、愛子のサイコキネシス…魔法の力で!!
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
心なしかいつもより大きな歓声が上がっている!
愛子は軽くなった心が、喜びで満たされ…苦しくなるのを感じた、胸がはちきれてしまう喜びの感情、あふれ出る涙、笑顔…ちくり
「フフ…ついやっちゃたのね」
夢中になりすぎて、爪を無意識に伸ばしてしまっていたようだ。ほっぺが多少切り裂かれたが何の問題も無い。
意識を集中し、傷を塞ぐ…伸びた爪は…
「もう要らわないわね…えい!」
ボフゥウン
砕けた。
「「「うぉわぁあああああああああああああ!!!」」」
鳴りやまない感性、愛子はくるりと講師に向き合い頭を下げた。
おそらくこれで、紫鱗から次の茶色鱗に昇進が出来る筈である、高鳴る鼓動を落ち着けて…愛子は講師の言葉を待った。
この世の終わりを思わせる眩い輝きと共に七色に輝きだした愛子の鱗が、講師と夢美の呪文の唱和もないまま一つの色に集約をした…あぁ、これは…そんなまさか…伝説の…栄光の…
「金の鱗!!」
こうして、この世界に新たな伝説の大魔法使いが生まれたのだ。
二つ名は「肉体の支配者」「魔装アマゾネス」の二つのうちどちらかになる予定だ…
「えぇ、魔法は便秘にいいですのよ。」
新たな伝説がインタビューでこう答えたので、再び世界のあちらこちらで魔法道場が開かれていった。
E N D