ロストIQムーンテラス
グオン グオン
回転する巨大な箱舟「ムーン=テラス」は一万年に及ぶ星雲の船旅を終えようとしていた。
底なしの奈落、海低のような暗黒の宇宙はその誕生から今に至るまで絶えず揺らぎ、泡を生み出す。
遠くに見える灯は、8000兆度という儚さでもって闇を照らすが…そんなマッチ程度の明かりが照らしだすのは小さな小さな泡が幾つか。
その泡の一つ、地球という星をレーダーが捉え、箱舟は接近し…その星の重力の鎖に身を預けた。
グオン グオン …オオオオ
引き合う重力と遠心力のつり合いが取れ、悠久に感じた一瞬の旅が今終わった。
<ピピピー:グッドモーニング人類!>
<ピピピー:グッドモーニング人類!>
青い星「地球」…その衛星たる「月」の中で八野字=星子は目を覚ました。
時は1万2千年、地上が滅びて1万年ほど後の話だ。
◆ ◇ ◆ ◇
<ピピピー:グッドモーニング人類!>
ッポピ
「むにゃ…おはよう、人類」
星子は17歳の高校生だ…いや、今は12017歳か…
どこにでもいるイギリス紳士と中華料理屋のおばちゃんのハーフで、金髪小柄、頭脳明晰な無気力系女子高生だった。1999年、恐怖の大王の接近に伴いアメリカが秘密裏に開発していたプロジェクト「月船計画」に父が参加し、その御縁で箱舟に乗る事が出来たのだ。
スペースシャトルで地球を旅立った時は罪悪感に押しつぶされそうだったものだ。箱舟に乗った人々は世界の要人と、優れた知識、技能、功績ある一部の人間だけ、そもそも一般人には箱舟の存在自体が秘匿されている。
<ピピ:おはようございます=星子様=ただいま12000年=一万年の船旅お疲れ様でした:ピー>
プシャー…
ゆっくりとコールドスリープの扉が開く…
コホッ
コホホッ
「あぁー。あー。あー。」
一万年振りの外の空気だ、声を出すのも、起き上がるのも一万年振り。
おっと、体を動かすのも心臓や脳みそもそうなんだ…ゆっくり動いてみるか。
ぐーぱー
ぐーぱー
ちょきちょきちょき
「あー ♪アアアア~↑ ォォォォ↓…ハッハッ!!んん~っと良し」
体に異常は無し…むしろ肩こりが治っている。
そういえば眼鏡も無しによく見える…ふむふむ。
「健康維持装置が優秀すぎて健康になってしまったか、すごいなぁ」
ピピ
<ピピ:現在気温24度=湿度20%…シェルター外:空気正常=天候晴れ=時刻15時15分>
「………1万年か…生き残ってしまったな」
……
…………
………………………………
………………………………………………………………………………
(お父さん、地上に残した人たちは死んじゃうんだよね?)
「あぁ…それは仕方がない事なんだ月の船には1万人しか乗れない…もう、泣くのはおよし」
(転校ばっかりだったけどさ、あの街にも…あっちの国にも友達がいたのよ)
「…OH…星子…」
私は感情を外に出すタイプではなかった。父の仕事の都合で各地を転々としていたし、IQも200あったため周りに馴染めず、虐められもしたものだ。…でも、この時は何故か涙が止まらなかった。
知り合い程度に思って居た何人かが失い難い友達に思えたし、嫌いだった人の命だって、尊い物だと突如実感した。…そして、私達はそれを見捨て…自分達だけ生き残ろうとしている。
「受け入れよう…、勿論私達にもリスクはあるし…地上の人達も全滅するとは限らないんだよ…未来は誰にも判らない…」
(うん…さよなら…人類…)
………………
…………
……ピ
<ピピピー:グッドナイト人類=良い夢を=良い未来を=それでは羊カウンター入ります=1めぇ~ 2めぇ~ 3めぇ~ 4ウホッ>
一万年前の地球
世界経済の崩壊と、食料危機、漫画アニメ業界の衰退とアイドルの量産、ポルノ規制の強化、消費税は遂に300%を超え、寿命は500年、年金制度などが崩れないのは奇跡なのか利権なのか…それら様々な問題を解決したのはAIの登場と革新的、爆発的な科学技術の革命の連続だった。
実際10年前までは時空間移動装置もなく、世の人々は交通機関を利用して筋肉を使い通学・出勤をしていたらしい…原始的な話だ。
しかし、環境問題だけは超科学をもってしても時間が足りなかった。恐怖の大王とはオゾン層の破壊による放射線の大量照射の始まり、それに伴う生物の死滅と地殻運動の変化…噴火、地震と更に伴う大津波や万年雲によるハリケーン、全球凍結と呼ばれる氷の世界の到来だ。Xデーは「1999年の7の月」そんな事が判明したのが90年代になってからだから仕方が無い。むしろ10年で良くぞ月船計画が間に合ったという話だ。
地上には何も知らない99億9999万人の人々が残された。
彼らをまとめる政治家達が、既にクローンに成り代わってるのさえ気づかない。
彼らがこの世の終わりを迎えたあとは、地上に残したAIロボットが長い年月をかけ地球の環境を治す予定だ。
生き残った人が居れば彼らを導き、命は繋がっていくという希望もある。
不安が無かったわけでも反対が無かったわけでも無いが、とにかく彼らに地球を任せ選ばれた人類時を超えて…未来へと希望を託したのだ。
「受け入れよう……未来は誰にも判らない…リスクはある。」
星子は隣で眠る両親を見て石になっていた。
自身が入っていたのと同じカプセル型のコールドスリープの扉は開き1万年ぶりに見た両親は、なんとも骨っぽい見た目になっていた。…いや骨だコレ。
ッポピ
<ピピ:音楽再生=残酷な天使のレクイエム>
♪
死んで悲しいなんていうなよ
救いの光だそれが死さ
だらかおいらが与えてあげるよ
レッツ GO GO to ヘブンヘブン
「…よし、大丈夫よー。いいよー大丈夫、うん!おkおk…うぉおお」
悲しむ事はない、1万年前に既に多くの人が死に絶えてるのだ、そこに2人加わったとても泣く資格が今更あるのだろうか?うん、大丈夫。私は強い子名は星子!
「(供養の)49日が過ぎてしまった…うぅ…葬式も通夜もなく…ぅう…どうなんだろう」
輪廻転生があるなら、もう100回ぐらい転生してるかもしれない。それだけの時間が過ぎ去ってるのだ、悲しみも何も置き去りにしよう。
星子は軽い眩暈を覚えた。
「とりあえず珈琲飲んで頭をすっきりしよう、うん、あ…シャワーも浴びないと」
星子はいよいよベッドから下り、寝室を出てリビングを目指す。
途中照明機器やシャッターのオンオフを確かめ少し安心する。
ガチャ
冷蔵庫を開けると、白い冷気に少し震え、蓋の所にあったアイスコーヒーを取り出す。プリンとタッパー入りの焼きそばが気になるが、いかせん賞味期限が怖いのでやめておこう…うん
あれ?珈琲は大丈夫なのかな?大丈夫だった。
「クハァ~、カフェインが染み渡るぅう~」
一人の声がリビングに響きちょっと切ない、うん。
テレビでも付けるか。うーん砂嵐。
あ…ウォークマンあった、アニソンでも聞いておこう。
♪ジャガヒャカ
「ウィイ~♪ヒュゥ↑ヒュゥ↓♪…ちくしょう!余計に悲しい!!」
プシャァアアアア
とりあえずはシャワーを浴び1万年分の汚れを落とす。
まぁ、代謝は完全に止まっていたから、垢が出まくるわけでも無いが…うん、気分だ。
1日2日…お風呂に入れない人がいてもまぁ解るが一万年入ってない人が居たらさすがに引く。
大切なのは気持ちそして一つ一つ、小さな不安を消していく事。
「…胸は育ってないな。うむ…むむんむ!?」
体をチェックしていると一つ問題が見つかった、頭上に渦巻く「万年=寝癖」だ、どれだけ洗ってもプレスしても治らなかった。
漫画さながらのアホ毛然として頭上にそびえ、ぐるぐる巻貝のように円を巻いているなぞのひとふさ、色は金色。
「どうやったらこうなるんだ!?…ぐぬぅう…アホっぽい…私天才少女なのに…ぐぬぅ」
忘れそうな設定なのでもう一度言っておこう「星子」のIQは200である。凄い!
星子はいよいよ準備を整え、シェルターから出る決意をする!多少の不幸はあったもの…星子は時を超え、未来に至ったのだ!
「1万年生きた人間なんて私が初かなフフフ…いや、他にもいっぱいいるのか。えーっとシェルター出て道なりにいけば中央センターがあったはず」
電子マップで地図を確認、ついでに各施設の稼働を調べるとオールグリーン、特段事故等は無かったようだ。よかった。
あとは中央センターで他の人達と合流して、両親の埋葬をしたらいよいよ地球へ!…っか、このまま船で暮らすかだ。
この船には学校病院は勿論、映画館やカラオケまで完備されているのでそれも良いだろう。
「とりあえず、人の顔みたい…大統領のおじさんとか元気かな」
腰痛治って生き生きしてるかも知れない。
「オペラ歌手のお姉さんにも会いたいなぁ」
実はロックが好きなのよと、親睦会で言われた時は笑ったものだ。
カラオケで一緒に歌ってくれた、アニソンとか。
「エジソンくんとワトソン君は地球に行くっていうだろうなぁ…」
学者の息子の二人は、地球環境の回復に使命感を持っていたし、1万年後の地球について熱い議論をしたものだ。
<生き残った人類が居たらどうなってると思う?やっぱり火星人みたいになってるのかな?>
<馬鹿野郎、超ひどい環境を生き抜いてるんだぜ?そりゃぁゴリラみたいな肉体になってるさ!>
<ウホッウホッウホッ>
プッシュゥウウウウウ…
様々な思い出と共にシャッターがゆっくりと上がる。
二人の予想の正解も、このシャッターの向こうにあるのだろう…はやく二人に会いたいなぁ
「……っえ?」
星子の前に広がったのは遥かな荒野だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「……っえ?」(二度見
星子は戸惑った
どこまでも続く荒野にではなく、目の前に立っている男にだ。
「…えぇ?っふぇ!?あ…ワ…ワトソン君?」
腰蓑だけの半裸ファッション姿にドキリとしたが、あ…あの前歯、多分ワトソン君だわ…うん。え…えぇ?
「な…なかなか斬新なサプライズね?ウ…ウホウホ?」
思春期の星子は半裸の男に戸惑った、ヒョロガリなイメージだったが案外筋肉が付いている。
まるで野生の荒野を生き抜いてきたかのようなワイルドな肉付き6パック(腹筋の数)
ドキドキ…
「………」
ドキドキ…よく見たら石斧みたいな小道具もってる、本格的だわ。
「…ゴォッ」
ドキドキ…!!
「…ゴォッ…ゴォスェンジョサマ!?」
※ご…ご先祖様!?
ドキド………っふぇ?
「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」
IQ200を超える超高性能な脳みそに電流が走る!
その電流は毛根を通り頭の渦巻をピンとそそり立つ柱に換えた!
…そうだ、星子は気づいてしまった!よく見たらこれ知らない誰かだ!
「誰あんた!うびゃぁああああああああああああ!変質者ぁあああああああああああああ!」
「ゴォシェンジョファママァァァァアアアア!?」
思わず叫ぶ星子に釣られ男も叫んだ!
「うひゃぁああ! テル=ヘルプ=ガード=カム!」
星子は腕時計型緊急通話装置を展開し、警察を呼ぶ!
音声認識により装置が作動し、彼女の腕から光の輪が展開!続きそれに連動して八野字一家のシェルターからサイレンが響く!
ピピポポー
ピピポポー
ファンファンファン
「ウビャババアアアアアアア!」
半裸男は裸足で逃げ出した!ピョンと跳ねると超スピードだ!…まぁ重力が小さいからか。
ヒュオオオと風に砂煙が舞う。
「た…助かった…?」
星子は取り合えず屋内に戻りシャッターを閉める。…うん、そしてシャワーだ、漏らしてしまった。
「だ…大丈夫、きっとパリピって人だったんだわ。うん。そうよね…この船変な人いないはずだし…うん、ちょっとはっちゃけてみただけよ、きっと…」
そう思えば中々に優しそうな顔だった。
あと筋肉がすごかった。
ドキドキ…
「落ち着こう…うん、落ち着こう」
◆ ◇ ◆ ◇
あれから3日たった…結局警察は来なかった…
「うぅ…うぅ…」
流石の星子も泣き出してしまった、気づいたのだ。世界は本当に滅びてしまった。中央センターに連絡しても出るのは人口音声のみ、外部カメラで確認しても映るのは果てしない荒野だけ…辛い…辛すぎる。
「お父さん…お母さん…うわぁああああああああああん!」
罰が当たったんだ!地上の皆を残して自分達だけ助かろうとした罰が!
だから両親は死んでしまった…連絡の取れない…みんなみんな死んでしまった!
「うぉおおんうぉおおおん えっぐえっぐ」
泣いても泣いても、泣きはらしても…誰も慰めてなんてくれない…それがまた切なくて、悲しくて…涙腺がおかしくなってしまった、心がおかしくなってしまった…止められないんだ…止めたくないんだ…こんなに泣いたのはきっと、この世に生を受けたばかり、赤ん坊の頃以来の事だ!
(…OH…星子…)
両親の声が聞こえた気がする
(受け入れよう…、勿論私達にもリスクはあるし…地上の人達も全滅するとは限らないんだよ…未来は誰にも判らない…)
「うぅ…うぅ…えっぐ」
1万年も昔の両親との会話だ。うぅ…辛いよ…寂しいよ
この声もただの過去の記憶で星子の中にある思いでに過ぎない…だって両親は目の前の骨だ。
(…OH…星子…ダイジョブさ…まだ人類は滅びてはいないよ?)
「…………っえ?」
…こんな会話はした覚えがない。
そして、その声はしっかりと「今」聞えた気がした。
「え…え…っあ」
星子はハッとして腕時計を見やる。
「ミル=ガイブエイゾ=シェルタワン=デイリ=オン」
声に反応して、腕時計から光の板が投射された。
シェルターの外の世界の映像だ…3日前に、半裸の男とあった場所だ。
「あっ……」
…シェルターの前には、小さな花束が置かれていた。
(…星子ダイジョブさ…君ならちゃんとやってけるよ)
◆ ◇ ◆ ◇
♪
生きて悲しいなんて言うなよ
希望の光だそれが命さ
だらかおいらと歩いてゆこうぜ
レッツ GO GO to ヘブンヘブン
ッポピ
<ピピ:リピート再生=残酷な天使のレクイエム>
「よーーーし!行くわよぉおおおおおおお!」
ママの愛用「ホバリングママチャリ」に冷蔵庫の中身を詰め込んで!
パパの愛用「研究セット」を背中に背負い!
大統領がくれた「星形枕」
お姉ちゃんがくれた「ウォークマン」
エジソン発明「万能変形フォーク=グニグニル」
ワトソン発明「探偵AIホームズ2世」
「これはどこに仕舞おうかしら?」
花束から一輪とった黄色いお花は髪にさした。
残りは両親の胸元に置いた。
「行ってくるわ…パパ、ママ!見ててね!」
プッシュゥウウウウウ…(ブロロロロロロロ!
一万年とは、時の流れとはなんとも残酷で無情な事か!
人類は近い未来に恐怖を抱き、遥か未来に希望を抱いた!
己が招いた環境破壊と
己が積み上げた罪の重みで
人類は滅びの日を迎え……そしてわずかに乗り越えた。
ここは箱舟=ムーンテラス
広大な宇宙の闇の中、ポツリと灯る太陽に照らされて
満ちたり欠けたり…地球の周りをぐるぐる回る。
ブロロロロ…
ブロロロロ…
星子はプラスに捉える事にした、下を向いても、明日は見えない。
生きていくなら前を見なければ、希望を持つなら上を向かねば、星子はそっと空を見上げた。
1万年前、地球で見上げた空よりも遥かに輝く星々の海…その中でもっとも大きく輝く「青い星」
「地球はちゃんと、生まれ変わったみたいね」
星子が幾つかの谷と山を越えると…遠くの空に煙が見えた。
火山でなければ恐らく焚火だ。
「やった!あの人が居ればいいんだけど…」
ドキドキと胸を高鳴らせてチャリを飛ばす。
髪に刺した花が風に揺れる。
「ウッホホ!ゴッシェンジョ!ウッホ!オデミッケ!ウッホ!」
「ウホホ!?」
「ウッホッホ?」
半裸の男達が焚火を囲んで踊っていた!
あっよかった…あの人もいる!
ドキドキ…
ドキドキ…
「こんにちわ!あっあーえーっと…グッドモーニング人類!」
◆ ◇ ◆ ◇
彼らが捕らえたというマンモスの肉は、脂が乗っていてジューシーだった。
「焼き肉うっま!」
八野字=星子は、男達にご先祖様として受け入れられた。道具を使うと感動するので、魔法使いか何かかと思われているのかもしれない。
「ゴッシェンジョ!ニックタベル!」
「あ…ありがと!」
気が遠くなる長い時間に思いを馳せるより、この瞬間を噛みしめて生きてゆこうと、星子は歓迎の宴を満喫した。
「焼き肉うっま!」
金色のアホ毛が風に揺れ、ここから文明はまた始まる。
<生き残った人類が居たらどうなってると思う?やっぱり火星人みたいになってるのかな?>
<馬鹿野郎、超ひどい環境を生き抜いてるんだぜ?そりゃぁゴリラみたいな肉体になってるさ!>
ポワン…ガガ
「ワトソン君の勝利のようですな、フムフム」
「…びっくりしたぁ…AI忘れてたわ!」
……さてさて!
今度はどんな文明が生まれるのか!
一万年後が楽しみである!
ナレーションは私!探偵AI:ホームズ2世!
END
初期イメージ
もっとクールな不機嫌キャラの予定で
眉が八の字で=八野字星子となっておりました。