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第五話 会合


「こちらが、私が高校で仲良くさせてもらっている人たちです。右から麻生さん、成瀬さん、泉さんです。学年は泉さんだけ一年生で、二人は同い年です」

「よろしく」


 正午に集まった俺たちは、岩崎により紹介を受けていた。しかし、言葉だけ聞くと普通だが、実際こんな紹介をしたりされたりすることってあまりない。くすぐったいというか、気持ちが悪いというか、とにかくあまり嬉しい状況ではなかった。


「それで、こちらが中学のころの友人です。右から内川さん、村田さん、吉村さんです。皆さん同い年で、ちなみに中学三年生のとき、同じクラスでした」

「よろしく」


 額面どおりの紹介を終え、とりあえず食事をしながら交流を深めるらしい。


「お互い緊張しているかもしれませんが、今日は楽しくやりましょう」


 俺たちは集合場所である駅前から近くのファミリーレストランに移動を開始した。


 日曜に決めたように、今日は岩崎の中学の友人たちと一緒に出かけることになっている。実際はどうなのか知らないが、先方が俺たちに興味津々らしい。俺としてはどうでもいいが、岩崎のテンションが異様だったため、押し切られた形である。そして、今日もテンションが異様である。加えて、空気は完全に中学の連中が握っている。こう言った空気が苦手な俺と姫はアウェー気分を味わっている。麻生が溶け込んでいるのが、せめてもの救いである。


 岩崎の中学のころの友人とは、女子一人男子二人と、俺たちTCCと同じ構成で、どちらも岩崎を含めると、男女二人ずつになる。これは偶然だろうな。名前は内川麻美、村田章二、吉村健太郎。現在三人とも同じ高校に通っているらしい。村田は野球部、内川はバレーボール部に所属しているが、吉村は帰宅部みたいだ。なぜ俺がこんなことを知っているかというと、昨日の段階で、岩崎に予習させられたからだ。別に前情報なんて要らないだろう。ま、会話を盛り上げるために必要だと思ったのかもしれないが、そういった質問も含めて会話になる。ありきたりな質問から会話を始めるのが、ベタな方法だと言えるのではないか。


「岩崎先輩、テンション高めだよね。今日も」


 話しかけてきたのは姫だ。ちなみに麻生は岩崎と供に、中学メンバーのほうにいる。さすが麻生。すでに溶け込み始めている。向こうもそれなりに気さくな連中であるらしい。


「何でこんなに必死なのかな?」

「それほど仲良くなってもらいたいんだろ」


 理由は解らない。ただ、自分の仲のいい人同士が仲良くなるのは、それだけで嬉しい状況なのかもしれない。俺には思い至らない部分だが、そう思ってもおかしくはない。むしろ普通の感覚なのではないか。そう考えると、俺と姫はもう少し頑張るべきなのかもしれない。ただ、やる気にはなれないが。


「私たちも協力したほうがいいのかな?」


 姫としても戸惑っているようだ。そりゃそうだ。こんな経験ないだろう。


「普通にしていればいい。表だって頑張る必要はないだろう」


 もちろん俺はそのつもりだ。空気くらいは読むが、やりたくないことをやるつもりはない。




 それから数分、食事を取ることになるファミリーレストランに到着した。人数は七人なので、八人席に着く。配置はテーブルを挟んで高校と中学に分かれ、岩崎は俺の隣に座っている。奥から麻生、岩崎、俺、姫といった感じだ。


 とりあえず冷水で乾杯すると、岩崎が猛然としゃべりだした。


「せっかくこうして出会えたわけですし、私としましては仲良くなってもらいたいですね。皆さんとてもいい方ばかりなので、すぐに仲良くなれると思いますし、絶対楽しいと思います。あわよくば、今日中に連絡先とかお互いに教え合うところまでいってもらいたいです。あ、泉さんだけ学年が違いますけど、気にする必要はないです。皆さんいつもどおり話して下さい質問とかしていただいても、あ、私は少し黙っていたほうがいいですかね?」


 俺はため息をつきつつ、岩崎の頭をはたく。俺とてやりたくない仕事だったが、隣というポジションだったので仕方なくだ。


「少し落ち着け。あんたが一番普通じゃない。落ち着くまで少し黙っていろ」


 すると、岩崎は主人に起こられた子犬のごとく、


「あ、はい……。すみません」


 と悲しそうな表情をして、黙り込んだ。叩いたことに対するお咎めはないようだ。調子狂うね、どうも。


「あはは。確かに今日の岩崎は変だよね。高校ではいつもこうなの?」

「いやー、いつもはもっと落ち着いていると思う。今日は興奮状態だな」

「だよね。傍から見てもそんな感じする」

「でも新鮮だな。こんな岩崎、中学時代は絶対見れなかった」


 盛り上げようとして、空回りをする岩崎。岩崎の思惑通りにはなっていないが、その岩崎をネタに、話が盛り上がり始めている。皮肉なものだな。


「中学のころは、どんなやつだったの?」

「そうだね、絵に描いたような優等生だったよ。おしゃれに興味もなかったみたい」


 今でも優等生そのものというイメージがあるのは俺だけか?見た目は少し変わったようだが、それでも優等生そのものだと思う。


「でも今は少し変わったかな。前より女の子らしくなったよ。高校に入って何かあったのかな?」

「いえ、大した変化はないと思うのですが……」


 主に話しているのは麻生と、内川麻美、吉村健太郎。そして岩崎だ。俺と姫は完全に傍観者となり、村田章二はたまに口を挟む程度。それにしても我らTCCは主導権を握られている感じである。麻生は会話を合わせているだけだし、岩崎はいじられ役になっている。


「本当かなぁ?」

「本当ですよ!何ですか、その目は」


 岩崎の反応を楽しむように、内川と吉村がニヤニヤ笑う。俺から見れば、演技しているのが丸分かりである。とにかく中学のころの岩崎はこういうポジションであるらしい。完全にいじられ役になっている。高校ではあまり見ない岩崎に、少し珍しさを覚える。


「中学のころの岩崎はどんなやつだったの?」


 麻生のこの質問で、話題は中学のころの話になった。


「三年の初めは、本当に大人しい女子だったよ。引っ込み思案で内気な感じだった」


 話す吉村は、どことなく懐かしそうだった。


「うんうん。図書室で本読んでいる感じだったね」


 内川も話に乗ってくる。聞いている岩崎は、決まりが悪そうにしている。


「へえ。今じゃ信じられないレベルの話だな。それで?」

「うん。当時から俺たち三人は仲良かったんだけど、麻美が岩崎のことが気になったらしく……」

「私、見る目あったでしょ?」


 誇らしげに笑う内川。岩崎が現在のようになったのは、この女が元凶らしい。そのまま文学少女にしておけばよかったものを。


「それからしょっちゅう麻美が話しかけるようになって、俺たちと仲良くなったんだ。最初はなかなか心を開いてくれなくて、いつも恐縮した感じで苦労したよ」

「確かにね。でもそれは章二が怖かっただけだったんだよね?」

「俺のせいかよ」

「そんなことありませんよ!村田さんは優しい人だと知っていましたよ!」


 注文したメニューがそれぞれの元に届き、食事が始まってからも、麻生を交えて、岩崎と三人は中学のころの思い出話に花を咲かせていた。いや、麻生と四人、と言ったほうがいいのかもしれない。見る限り楽しそうだった。本当に楽しかったのだろう。はしゃぐ姿はよく見るが、ただただ楽しそうに笑う様子はいつもと違って見えた。そんな様子を見ていて、漠然と思った。岩崎はなぜこいつらと同じ高校に行かなかったのだろう。何か目的でもあったのだろうか。







 そのまま話は盛り上がり、楽しい思い出話は永遠に尽きないかと思われた。そろそろ居心地が悪くなってきたころ、吉村が時計を見て声を上げた。


「あー、もうこんな時間か。俺、このあと予定あるんだ」

「そういえば、そんなこと言っていたね。そろそろ切り上げようか。どうする?岩崎」


 思い出したが、主催者は一応岩崎なのだ。中心で話していたのは、ほぼ内川と吉村だったのだが、体裁上は岩崎で間違いない。


「そうですね、今日は初対面ですし、この辺りでお開きにしましょうか」


 岩崎は俺たちのほうを見て、確認を取る。


「ああ。そうだな」 


 返事をしたのは麻生だけだった。俺は頷くだけ。姫に至ってはため息で応えた。どうやら疲れているらしい。ま、俺と姫は見ていただけだったが、それでも疲れる内容だった。どうにもテンションの高い会話だった。


「では、今日はこの辺りで」


 岩崎の締めの言葉によって、帰宅が決定した。会計を済ませると、駅に向かって歩き出す。それぞれ最寄り駅が違うため、駅で解散することになるようだ。


「今日は悪かったな」


 駅までの道中、集団は自然と二つに別れた。その組み合わせは、簡単に言ってよくしゃべるやつとあまりしゃべらないやつ。前を行くよくしゃべる連中は、相変わらず楽しそうで、十メートルくらい離れているのだが、その会話が聞き取れそうだった。そして俺たちはなかなか静かだったが、こいつが突然詫びを入れてきて、会話がスタートした。


「中学の話題で盛り上がりすぎた。二人はつまらなかっただろ」


 村田章二。こいつは気遣いが出来るやつらしい。だが、その気遣いは不要だ。


「いや、話を聞いているだけで、それなりに楽しめた。それに、盛り上がらないより、盛り上がったほうがいいに決まっている」

「話が解るやつで助かる。俺としては、君たちに嫌われたくない」


 俺はあまり他人を嫌いにならないぞ。それに、好き嫌いって言うのはそれなりに相手を知らなければ出来ないことだ。今日会ったばかりのやつを、好き嫌いで判断しようと思わない。ま、第一印象が大事なのは認めるが。


「とりあえず今日は会う機会を作ってくれて、ありがとう。二人の分も代わって礼を言おう」

「機会を作ったのは、あいつだ。礼ならあいつに言え」


 変なやつだ。大人びているというのか、落ち着いているというのか。俺の周りにはいないタイプだな。


「もちろん言うつもりだが、君たちにも言っておきたかったんだ。麻生君にも言っておいてくれ」


 麻生には自分で言わないのか。律儀なんだか違うんだか、解らないやつだな。それとも岩崎に気を使っているのか?とりあえず了承しておこうとして、口を開いたのだが、


「ずいぶん興味津々なのね。それも、」


 今まで一言も口を聞かなかった姫が、先んじて声を出した。


「私たちじゃなくて、岩崎先輩に」


 麻生は俺たちに興味があると言っていたが、姫は考え方が違うようだ。この無礼とも呼べる姫の言葉に、村田は楽しそうに笑いながら、


「そうだな。俺たちは岩崎が好きなんだ。岩崎に興味があるのは当然だろう」


 こともなげに言ってみせる村田。恥ずかしげもなく言う村田は、どことなく誇らしげだった。


「もちろん岩崎と仲のいい君たちにも興味はある。君たちは岩崎をどう思っているんだ?好きか、嫌いか」


 唐突だな。いきなりそんなことを聞くと、失礼に思われるぞ。俺と姫は顔を見合わせた。質問の意味が解らない。答える気にもならないし、明確な答えを持ち合わせていない。


「ノーコメントだな」

「私は嫌いじゃない」

「二人ともはっきりしないな」


 その答えから、いきなり雰囲気が豹変した。


「何を思って岩崎と付き合っているのか知らないが、悪意があるなら君たちと対立することになる」


 俺は対立するつもりも仲良くするつもりもない。挑発なのか威嚇なのか知らないが、俺は、気付かない振りをして無視するつもりだった。しかし、挑発が大好物であるところの姫は食いつかずにはいられない。


「ずいぶん偉そうな口を利くのね。この一年間放っておいたくせに、調子のいいこと言わないで。岩崎先輩からも連絡しなかったってことは、あなたたちは岩崎先輩にとって、もう過去なのよ」


 姫の言葉で、村田は立ち止まった。それに合わせて俺と姫も立ち止まる。険悪なムードが漂う。面倒なことになる前に、一応どちらにもフォローを入れておこう。やれやれ、どこに行ってもこういう役割な気がするな。


「誰とどういう風に付き合うかはあいつの勝手だ。俺たちが口論することじゃない。あいつが拒絶したなら、離れるべきなんだよ。俺たちも、あんたたちもな」


 しばらく無言でにらみ合う姫と村田。ほんの数十秒の間だったが、何となく溝が生まれた気がした。


 沈黙を切り裂いたのは村田だった。


「成瀬君の言うとおりだ。決めるのは岩崎だ。俺たちは岩崎が助けを求めてきたら、何でもやる覚悟はある。岩崎も俺たちが助けを求めたら、絶対助けてくれるだろう。それくらいの信頼関係は築いてきたつもりだ。過去になるつもりはない」

「お好きにどうぞ。私たちは同じ目的を持って行動しているの。ただ遊ぶのと、目的を持って行動するのでは、意思疎通の濃さが違うわ。信頼なんて曖昧なものだけで繋がっていくつもりはないわ」


 ヒートアップする二人を差し置いて、俺は一人完全に冷めていた。なぜここまで熱くなっているのだろうか。村田はともかく姫がここまで対抗する理由が解らん。そこまで付き合いも長くないし、仲良くもないだろう。理解できない。するつもりもないけど。俺が言いたいことはこれだけだ。


「二人とも、ほどほどにな」


 再び歩き出した俺たちは、終始無言だった。遅れていたこともあり、少し早いペースで歩いていたのだが、それでもなかなか長い時間だった。嫌なムードを左右から感じて、俺はげんなりしていた。


「遅かったな。何か問題でも?」


 駅に着いたとき、聞いてきたのは麻生だ。俺は、


「ちょっとな」


 答えるのも面倒だし、どうしてこんなことになってしまったのか、俺にも解らない。


「じゃあ、これで解散にしましょう。皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございました。またこんな機会を作りたいと思っているので、次回も奮ってご参加いただけると幸いです」


 岩崎の解散宣言で、俺たちは帰路に着くことになった。帰りの電車内でも、会話の内容は専ら中学時代の岩崎について、だった。終始恥ずかしそうにしていた岩崎だったが、その顔はどう見ても楽しそうだった。そんな岩崎を見て、姫が面白くなさそうにしていたことに気づいたのは、俺だけだろう。






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