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第二十一話 友情


 ここで終わらないのが、俺たちの運の悪さを象徴している。


 優希と別れて、三人になった帰り道。最寄り駅で、会いたくない連中と再会した。


「君たちは……」

「あ、あんたたち!」


 そこにいたのは、内川麻美と村田章二だった。探してみても、吉村の姿はない。


「よく平然と私たちの前に顔出せるわね。覚悟は出来ているんでしょうね」

「…………」


 すでに戦闘体勢に入る姫。どうにも血の気が多いやつだな。それと、本当に岩崎のことが気に入っているみたいだな。懐きすぎだ。


「まあ落ち着け」


 俺は姫の頭をぽんぽん叩き、なだめる。


「何すんのよ!」


 全く効果はなかった。むしろ逆効果だったようだが、俺は姫を無視して、連中に話しかけた。


「よう。元気なさそうだな。何かあったのか?」


 何となく想像はできるがな。


「ああ。まあいろいろとな」


 できるだけ明るく話しかけた俺とは正反対に、村田は静かに呟いた。


「何があったのか知らないが、岩崎を傷つけるようなマネ、二度としないでくれ。いや、それじゃ生ぬるい。岩崎に二度と近づかないでくれ。今度こんなことがあったら、俺は君たちを許さない」


 どこかで聞いたセリフを口にした麻生。事情は知っている、という意味と、言った言葉をそっくり返す、という意味をこめた二重の嫌味である。


「そ、それはどういう……」


 戸惑いを隠せない様子で、以前自分が口にした言葉であることに全く気付いていない村田。仕方ない。一から説明してやるか。ただし、完結にな。


「吉村の件、大体知っているぞ。これからどうするんだ?」

「!」

「よくも岩崎先輩を、麻薬なんて汚らわしい物に関わらせてくれたわね」

「知っていたのか」


 知っていたというより、たどり着いたというほうが正しいかな。


「何が友情だ!結局は岩崎を利用しただけじゃないか!」

「違う!岩崎との友情は本物だ。ただ今回は、俺たちも正気じゃなかったというか……」

「あんたも、やっていたんじゃないでしょうね」

「!」


 さっきから嫌味が強烈だな。ま、それくらい岩崎のことを大事に思っているのだろう。愛情の裏返しだと考えて、多めに見るが、これでは話が進まない。


「真実がどうとか、友情についての定義とか、今はどうでもいい。あんたたちがやったことをどう思っているか。これからどうするのか。これが重要だ」


 反省しているのか。未来に向けて、罪を償うのか。これが重要なのだ。過去に起こったことに対して、ひたすら後悔したところで何も変わらない。


「健太郎は、自首させたよ」


 しばらく黙っていた内川麻美が、気落ちした様子で呟いた。


「そうか」

「うん」

「岩崎にいろいろ言われてな、ようやく気付いたんだ。何をするべきかってな」


 これがあいつの決断だったらしい。


「岩崎は、君に言われて目が覚めた、と言っていた。最初は君の口車に乗せられているのだろうと疑っていたのだが、しばらく口論しているうちに解ったよ。これは岩崎の本心であり、心からの願いだってね」


 どことなく打ちのめされた様子の村田。何を言われたのか、見当つくはずがないが、心を揺さぶられたのだろう。自分の信じていたものが間違いだったと気付かされたように、呆然とした様子だった。


「岩崎は泣きながら訴えてくれたよ。このままではまっすぐ最悪な場所に向かっていると。ジリ貧だと。我々の関係も、友情ではなく共犯で結ばれてしまうと」

「恥ずかしい話だけど、岩崎の涙を見て、ようやく気付いたよ。ああ、私たちは相当岩崎に無理を言っていたんだなって。岩崎を追い込んでしまっていたんだなって。今まで体調不良になっている事も気付かなかった。これじゃあ本当の意味で友達失格だよね」


 岩崎は泣いていたという。この二人の顔にも、泣いたような痕跡が残っている。もしかしたら吉村も涙を流したのかもしれない。四人が四人とも涙を流したこの状況。しかも理由は犯罪がらみ。間違いなく喜ばしいエンディングではない。しかし、


「岩崎は、きっと最初から気付いていたんだね。私たちがやっていることは、よくないことだって。でも私たちはそんなこと気付かずに、岩崎に思いを押し付けてしまった。友情を盾にして、強制してしまった」

「嫌われてしまっても、仕方ないな。悲しいけど、俺たちは嫌われるだけのことはしてしまった。これ以上岩崎を縛るわけにはいかない」

「君たちにも迷惑かけたな。本当の友人は君たちで、岩崎の居場所は君たちのところがふさわしいようだ。これからも岩崎をよろしく頼む。幸せで楽しい学生生活を送らせてやってくれ。俺たちも影ながら見守らせてもらうよ」


 そもそも、これはエンディングではないのだ。


「他人に頼まないで、自分たちで幸せにしてやったらどうだ?」

「え?」


 こいつらはまだ友情を理解していないようだ。今回のことで、またしても違った捉え方をしてしまったようだ。


「本当の友人とか居場所とか、全部あいつが判断することだ。お前たちが勝手に決めることじゃないだろう」

「で、でも……」

「あいつが嫌いだと言ったのか?もう友達じゃないと、一度でも言ったか?」


 その場にいなかった俺は、想像するしかない。ただ、確信している。岩崎がそんなこと言うはずがない、と。


「あんたたちは、確かに友情を盾に、思いを押し付けてしまったかもしれない。だが、結果的に、あいつは精一杯協力してくれたのだろう。あんたたちの一方的な押し付けだけで、そこまでしてくれると思うか?」


 そんなわけないだろう。岩崎が内川と村田に協力して、吉村を守ろうとしたのは、間違いなく三人のことを大切に思っていたからだ。友達だと思っていたからだ。


「決して一方通行じゃない。両思いの友情だったはずだ」

「しかし……」


 反論があるわけじゃあるまい。ただ、すんなり信じていいものかと悩んでいるのだ。そんな、幸せな考えを頭から信じて、裏切られはしないだろうかと、恐れているのだ。本心は、涙となって瞳からこぼれている。岩崎を思って、涙を流せるなら、もう何も心配は要らないだろう。


「あんたの言うとおり、岩崎は優しいやつだ。こんなことで嫌いになるわけないだろう。この程度で絶縁されるようでは、本当の友情ではない。あんたらの友情は本物なんだろ?」

「ああ。もちろんだ」

「じゃあ心配いらないだろう」


 その言葉を最後に、俺は再び歩き始めた。俺は最初からあいつらに興味を持っていない。これからどういう関係になろうと、どうでもいいことだ。それは四人で決めること。これ以上無関係の俺が何と言おうと、余計なお世話だ。


「待ってくれ。成瀬」


 呼び止められてしまった。何だ?俺はもう何も言わないぞ。


「最後に聞かせてくれ。君は岩崎をどう思っているんだ?」


 またその質問か。しつこいぞ。一体どんな言葉を期待しているか知らないが、俺の考えは変わっていない。ノーコメントだ。だが、同じことを言ったのでは、訂正を要求されるかもしれない。ニュアンスを変えていこう。


「とても言葉では言い表せない」


 ので、言葉にはしない。つまりノーコメントだ。俺の考えが伝わったかどうか解らないが、村田は押し黙ってしまった。村田だけでなく、内川も麻生も姫も黙り込んでいる。


「ふむ」


 数秒後、村田が意味深に頷いた。理解できたか?


「想いとは、強ければ強いほど、言葉では表現できないというが、そういうことか」


 いや、待て。勘違いにもほどがあるぞ。


「悪くないかも」


 と、内川。こいつも理解できていないと思うのは、俺の勘違いではないだろう。


「確かにな。妹のように可愛がってきた岩崎だが、君になら惜しくない。岩崎も君の事を相当慕っていたみたいだし、我々も歓迎ざるを得ないな」


 ここまで来ると、何を言っているのか解らない。


「いやー、今の言葉、岩崎にも聞かせてあげたかったぜ」

「やめときなさい。こいつ、絶対違う意味で言っているから」


 麻生と姫まで、何やら言っている。こいつは勘だが、姫だけは俺の考えが理解できていそうだな。あとは軒並み勘違いしている。間違いない。


「ま、そういうことだ。じゃあな」


 麻生に関しては、あとで正す必要があるが、内川と村田に関しては勘違いしたままでも、別段不都合はないと思うので、放置することにした。どうでもいい。先ほども言ったが、俺はあいつらに興味ないのだ。あいつらがどんな解釈をしようと、あいつらの勝手だ。


 俺は適当に別れの挨拶をすると、止めた足を再び動かし始める。麻生が小走りで追いついてきて、家路についた。今日も疲れた。俺の日常はまだ来ない。





残り二話です。もう少しおつきあい下さい。

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